2話 集まった今のうちに
三郷楽阿たち三人の"同期"の課外活動こと"同活"は、ノベルゲーム作成に決まった。プログラミングができるラクア、三人それぞれ書きたい物語がある。それらを理由に一致団結した。
「俺、家からパソコン持ってくる。一人一台あった方が調べやすいだろ」
「そうね、ありがとう。でも気をつけて」
自己紹介しつつ"同活"は何にするか話し合うために集まった。だから今日のノルマはクリアしているが、武蔵浦春桜は離れた街に暮らしている。まだ時間はあるから、せっかく集まった今のうちに段階を進んでおきたいということで、しかし全員分のパソコンが必要になるのは想定外。持ってきていない。
ここはラクアの同級生、水天宮千城の家。彼の家は徒歩圏内で、すぐにパソコンを手配できる。彼は一旦自宅に戻るべくチシロの部屋を出て、その直後に閃いた。彼女の隣の部屋をノックしてみた。
「ワタル、パソコン貸してくれね?」
チシロの同い年の兄、水天宮渡。彼から借りれば、手配すべきはあと一台。重量が減って楽になるし、サクラたちを待たせている間も使えるから一石二鳥だ。そんな提案をすると、ゆっくりと扉が開く。
「パソコン? お前に?」
「いや、俺は自分のを取ってくる。今日だけサクラに貸して……」
ラクアは思い留まった。やっぱり借りなくていい。自分が二台持ってきて、片方をサクラにあげるのがベストに思えた。
「ああ、やっぱいいや。とりあえず俺一旦帰るんで二人のことよろしく」
「ちょっと待った」
ワタルは手をラクアに向け特殊能力を使う。手から発した磁力が彼のウォレットチェーンを捉えた。ラクアは引っ張られワタルに部屋へ連れ込まれた。
「貴様何するつもりだ」
「何って俺らの"同活"で調べ物を」
「チシロに変なこと吹き込んでいないか?」
問い詰められるラクアの脳裏を過るチシロの目的。兄妹が結ばれるストーリーをノベルゲームで実現する。詳しくはまだ聞いていないが十中八九モデルは彼女とワタルだろう。勝手にモデルにするのは十分変なこと。なんて勘の鋭い奴だとラクアは焦るも、ごまかしに走った。
「いや何も?」
「そうか、ならいい。ところで良いなあ、女子だらけで」
ラクアは"同期"で男子は自分一人なことをワタルに冷やかされた。事実だが、決して狙ったものではない。
「うるさい。たまたまだ。能力者になった時期が被ったのがたまたま女子しかいなかっただけ」
特殊能力が覚醒するタイミングは人それぞれ。そもそも目覚めていない人が大多数だ。半年前に能力者になったワタルも、よく知っているはずだ。狙ってハーレムを作れるものではないと。
「それに俺はそういう仲になる気はねえ」
「知ってるよ。本命はア」
「黙れ。俺も能力者になった。今までみたいにおちょくられると思ったら大間違いだぜ」
小学生の頃から好きな女子の名前を言われる前にラクアは忠告した。あんまりからかうようなら、新しい力で強引に黙らせにいくと。ワタルは臆さなかったものの、からかったことには謝った。
「じゃ行ってきます」
嘘ついてごめんとラクアは内心だけ謝罪し、しらをきって外に出た。こんなことなら自転車で来ればよかったと後悔しつつも、現実はリセットできない。ただ些細なことだと割り切り、走って家を目指した。
自室に戻ってきたラクアはノートパソコンと充電器、そしてマウスを二セット揃えて、片方は鞄に、もう片方は袋に詰めた。重い思いをしなくて楽な、自転車で運んだ。さっき通った道を、さっきより速く駆け抜けた。
「お待たせ。といいつつ立ち上げるまで待ってて。あ、これサクラにあげる」
「え? いいの?」
ラクアはパソコンを指差してサクラに告げる。今日貸すパソコンはそのままあげるから、そのつもりで使ってくれて構わないと伝える。
「この島に引っ越してきたばかりなら、パソコンを持っていないと思って」
「確かに持ってないけど……悪いよ、こんな高いの」
「まあ高いけど、こっちはもう使わないし」
新しいのがあるから使わないが、まだ使える。それでも処分するつもりだったから、サクラのような人に譲る方が無駄がない。値段は気にせず受け取ってくれて構わないとラクアは捉えている。
「ただ荷物になるから……今日が無理なら持ち帰るけど」
「ううん、大丈夫。もしかしてそのための紙袋?」
「ああ、これも返さなくていいから」
サクラは自分の鞄に入らなくても持ち帰れるようにラクアが用意したと気づく。彼は頷き、その袋も要らないと伝えた。
「ありがとう。大事にするねっ」
笑顔で受け取るサクラに、たじろぐラクア。そんな彼にチシロは冷たい視線を向ける。昔から好きな人がいるのにそっちのけで、"同期"とはいえ会って間もない少女にアピールする彼が気に入らない。
「大人しくしてたか?」
「うん。色々調べたよ」
サクラにパソコンをあげるにあたりアカウント追加の作業がある。ラクアはその作業と並行してチシロに進捗を尋ねた。彼が往復する間に、自分のパソコンでサクラと一緒に調べている。だから堂々と答えた。
「必要なものはパソコンとソフトウェア。無料だって」
「無料なんだ」
文章を入力すればストーリーができて、簡単なプログラミングでゲームが動く。それはラクアがいるうちに分かったことだが、それだけで動くプログラムが内蔵されたツールは、無料でインストールできることがさっき分かった。これにはラクアも驚いた。
「このサイト。実際これで作った人のブログと、その人が応募したコンテスト」
「へえ、結構メジャーなんだな」
それだけ利用者がいるツールなら心配ないとラクアは判断し、一案として受け入れた。そしてチシロはブログに書かれたURLをクリックし、ノベルゲームコンテストのホームページを開く。そこには数々の作品が公開されていた。
「それソース載ってる?」
「ソース? ケチャップなら見たよホラ」
「ホラゲじゃねえか」
チシロはラクアが何のことを指しているか分からなかったものの、色と形状が似たものなら見たと言って、ホラーゲームを選択する。そのパッケージには血塗れの人がいて、その血をケチャップで例えた。
突然の怖い画像にラクアはビビった。いきなりなんてもの見せやがるんだとイラッとしたが、誤解を招いたのは自分の説明不足だと気づく。
「ああ、悪い。ソースってのはプログラムのことで……おっ、あるな」
ラクアが求めているのは公開プログラム。それがあれば、一から調べる必要がない。これまで作ったゲームも、先駆者のを流用して楽をした。
「これなら手間省ける」
「というか色んなジャンルがあるのね」
ホラーゲームがあること自体にサクラは注目していた。自分たちが作ろうとしたのは人と人が紡ぐ物語。あのとき違う選択をしていたら存在したかもしれない未来をゲームの中で実現する。
だがこれまでの作品は、そういった物語重視のものばかりではない。さっきのホラーや、怒った大人から逃げるギャグみたいなものもある。それらも選択してゴールを目指すゲームだ。
「でもどうやって作ったらいいんだろ」
「参考書がほしいよね。それか解説動画」
完成形を知っても過程が分からなくては作れない。教材が必要だが、それを調べるためにパソコンがある。ちょうどラクアの準備が終わったところだ。
「できた。サクラ、IDとパスワード決めて。そしたら使える。チシロ、Wi-Fi繋いで」
サクラにあげるパソコンは彼女が操作するフェーズになり、その間にラクアは自分のパソコンでネットを使えるようにするべくチシロに頼んだ。彼女にパスワードを入力してもらったら、アカウント追加を済ませたサクラの端末にも同じように接続してもらい、準備完了だ。
「とりあえず各自調べてみようぜ。何か見つけたら言ってくれ。ところでさっきのブログ、なんて検索したら出た?」
「えっとね……」
チシロはブラウザバックしてキーワードをラクアに伝えた。必要なものはパソコンとソフトウェア。前者は人数分用意したから、後は後者。何が必要か、どう使うのか、各々手探りで調べ始めた。誰かが見つければいい。けれども大きく脱線しないように、さっき一緒に見ていたツールに関連することを調べる約束をして取り掛かった。
「お、動画あったよ」
「音出してもいいぜ、俺は」
「私も」
ツール名で検索したら一ユーザーが投稿した使い方説明の動画がいくつもヒットした。別に音を出されても気が散らないラクアはイヤホン無しで流してもいいと呟き、同じく動画を漁っていたチシロも賛同した。
結果、サクラと二人で別々の解説動画が同時に流れ、ラクアの集中力を削り出した。一度に違う話が聞こえてくるのは鬱陶しい。彼は無言でイヤホンを耳栓代わりに装着し、自分の作業に集中した。
三十分後、三人の情報収集を整理した。
「背景やBGMは写真とかフリー素材を使えて、絵はAIが描いてくれる」
「凄いよね、特徴を並べれば綺麗に描いてくれるって。見て私作ったの」
「フユキでしょ! 似てる似てる」
ゲームといえばイラストや音楽だ。その熟練度も重要だが、ある程度は補える。もちろん加工や編集の手間はかかるが、初心者にも優しい。
チシロもサクラも、途中から音楽探しやAIでのキャラクター作成に夢中になっていた。サクラはかつての自分のつもりで出力させた絵は妹と勘違いされ落ち込んだ。
「割と楽に弄れるな。文章もイラストも」
一方ラクアは早速ツールをインストールして、サンプルゲームを動かしてみた。画面に表示される文章はプログラム内に日本語で書かれていて、キーボードで打ち直して保存するだけですぐ反映される。キャラクターや背景の位置も、それらを設定する位置を表す数値を変えればズレるし、ひらがなを入れたらバグらずにそこには数値を入れるよう分かりやすい警告が表示される。ぬるぽに頭を悩ませることは無さそうで安心した。
「私もやりたい」
「うわぁ、本格的だ。確かにボタンとかたくさん必要だよね」
一時停止やセーブ、会話の早送りに音量調整。あらゆる機能のボタンが画面の縁に並んでいる。サンプルゲームながら飾りではなく、ちゃんと動作する。これもプログラムで設定しているので、消したり見た目を変えたりとカスタマイズできる。
「音量……声って入れられるのかな」
「音源を作って嵌め込む感じだな。さすがにそこまで用意されてないっぽいけど、頑張ればできる」
サンプルゲームにキャラクターボイスや音楽は実装されていない。だが編集すれば実装できる。動画ファイルを用意して、ファイル名をプログラムで参照すると実装できる。そこはラクアの腕の見せ所だ。
「問題はシナリオだな。良い解説動画あった?」
「うんあった。パート分けされてる丁寧なやつ」
チシロとサクラが発見した解説は、単発ではなくフェーズごとに分割された動画だった。始め方、キャラクター作成、ストーリー、そしてルート分岐。一作品に必要な要素を、順番に説明しているのが動画のサムネイルから分かる。この投稿者も、かつてラクアたちと同様にノベルゲームを作成し、試行錯誤で得たノウハウを後の世代向けに紹介してくれたのだ。
「へえ。でも一気見したら時間かかるな」
「それは帰ってからでもいいんじゃない? あ、サクラの家でも観られる?」
「うん、大丈夫」
「じゃあパソコンの設定を先にやろう」
動画は各々の自宅でも視聴できる。気に入った箇所があればタイトルとタイムスタンプを伝えれば共有できる。そこでラクアが提案したのは、一緒にいる今の方がやりやすいこと。すなわちパソコンの設定だ。確かに必要なツールはノベルゲーム用ソフトウェアだけだが、併用すると便利なツールもある。さっき彼がやったことを二人の端末に設定するには、対面の方が楽だ。
「そうね。お邪魔します」
「わ、私も」
チシロはパソコンごと移動しラクアの隣に座った。彼の画面が見えて彼からも自分の画面が見える位置で教わりたい。動機はそれ以上でもそれ以下でもない。するとサクラは恥ずかしがりながらも空いている方の隣へ移動した。
ラクアは動揺した。言い出しっぺは自分とはいえ、女子に密着されるとは想定外。チシロとは幼い頃から一緒にいたが、成長して昔と雰囲気が変わったせいかドキドキする。サクラはこんな近寄るのが初めてなせいか、緊張して体にひんやりした感覚が走った。
「両手に花だね」
「うるさい、俺は先生だ」
ラクアは自分にも言い聞かせるように、教えるために近づいたことを強調し煩悩を払い、ノベルゲーム作成するための環境構築を始めた。ツールのインストールに、各種サイトのブックマーク。二人同時に、同じ設定を行った。