1話 ノベルゲームとの出会い
人生にはいくつもの選択がある。そして選択した後になってふと思う。もしあのとき、違う選択をしていたらと。けれどもそれは願ってもやり直せない。現実とは過去に戻れない世界だ。けれどもゲームは違う。現実にできないリトライ、リセットを可能にする。
「あー、また負けた」
もうじき中学三年生になる三郷楽阿は、この春休みにテレビゲームをしている。目的はモンスターを育成して敵キャラクターに勝利することで、今の敗因は判断ミスだ。攻撃、回復、そして交代などの選択が敗北を招いた。すぐにゲーム機の電源を切って、何事もなかったかのように再挑戦する。何が駄目だったかを把握して、今度は違う計画で挑んだ。
これはズルではない。ゲーム内のキャラクターは、プレイヤーのことが見えない。攻略サイトを見ようと改造しようと、一切言及せずにゲームに設定された通りの行動をする。だってゲームなのだから。
それに誰も見ていない。自分しか知らないことだから気にするものではない。
「よっしゃ勝ったわ」
失敗から学んだベストルートで挑んだ結果、ラクアは敵に勝利した。そしてゲームは、さも初見で勝利したかのようにストーリーが進む。負けた事実をなかったことにして、勝ったときの物語へ進んでいく。未来を知るために。
目的を達成したラクアだが指を止める。本当に知りたい未来はゲームではなく現実。過去の自分が違う選択をした先の、存在したかもしれない現実なのだ。
ラクアが小学校六年生だったときのことを振り返る。卒業式の帰り、下駄箱に手紙を発見した。自分のではない。長年片想いをして、違う中学に進学するクラスメイトの美南哀月の下駄箱に。
それは手に取るまでもなくラブレターと確信した。なにせラクア自身、そうしようと考えたことがある。直接渡すのが恥ずかしくても、ロッカーや引き出しの中なら本人にだけ気づいてもらえる。取っ手のない下駄箱だと、こうして他人に見られるわけだが。
そしてなぜ卒業式に渡すのか。それはどうせ最後だから、フられても気まずくならないためだ。ラクア自身もそう思って準備した。けれども最後なのに告白しても返事がもらえるはずはないと決めつけて書いてこなかったわけだが。
そしてラクアは、何もせず帰った。上履き袋を持って、履き慣れない靴で最後の通学路を歩く。誰が入れたのか確かめることも、持ち出すことも、自分も書いて一緒に入れることも、アイリが来るのを待つことも、思いついては引き返そうと迷ったものの、やっぱり真っ直ぐ歩いて帰った。
それからどうなったのかは知らない。本人に聞けば分かることだが、ラクアは中学生になってから、別の中学に行ったアイリとは一度も会話していない。会ったことはあった。引っ越してはいないから、地元のスーパーで小さい頃からお気に入りの飴を買っているのを見かけた。ただ、疎遠になった事実は変わらない。
もしもあの日、思いついたことの一つでも実行していたら、今みたいな後悔をしていない違った未来にいたかもしれない。
そんな未練タラタラで諦観した日々を送るラクアは、ノベルゲームとの出会いによって運命が変わる。現実と同じように選択して物語が進む、選択の数だけの物語があるビデオゲーム。それも既存のものではなく、彼と仲間たちで作るオリジナルのゲームで。
「今日の交流会のテーマは、これ! "同活"」
「わーい! 待ってましたっ。ほらラクアも」
武蔵浦春桜が発言と同時に掲げたフリップボードには、同期活動の四文字が書かれていた。同と活は赤字で強調されている。すると水天宮千城がノって拍手をする。ラクアも空気に合わせ、拍手をした。
"同活"とは、この島の専門用語。まずこの島には特殊能力者が現れる。ラクアたちの代で初めて発見されたのは中学二年、つまり去年の四月。それから徐々に覚醒する生徒が現れて、今や三十四人。ただ同学年生徒が五万人なので比率でいえば限りなく低い。
そこで同学年の能力者同士、学校や地域の垣根を越えて交流しようという風潮が生まれた。お互いに性質や性格を知っておいた方がトラブル対処がスムーズになるなどのメリットがある。
チシロ、ラクア、そしてサクラは中学三年、といってもまだ始業式前だが、その四月に能力者と測定された"同期"にあたる。先月までにも同じように"同期"で括られたグループがあり、交流の一環としてそのメンバーでの課外活動を始めた。"同期"の課外活動、それが"同活"で、ラクアたちはこれから始める。何をするか考えることが、チシロの家に集合しての交流会なのだ。ちなみになぜ彼女の家なのかというと、彼女とラクアは同級生で家が近く、サクラがいきなり男子の家に上がるのは不安にさせてしまうと判断したからだ。
「その名の通り、私たちの"同活"は何にしようかなってのを決められたらいいなって……だから自己紹介をしつつ意見を集めたいと思います」
何をするか考えるにあたり、まずはお互いを知るところから。"同期"といっても特殊能力者になってからの関係であり、それまで見ず知らずの仲がほとんどだ。ラクアとチシロは幼馴染だが、それはレアケース。だとしても能力者としては、まだ理解し合っていない。そして二人とサクラは知り合ったばかりで性質も性格もちょっとしか知らない。グループチャットでの自己紹介と、能力測定器に登録された情報を見た程度だ。
「その前に、他がどんな"同活"やってるか話すと……フユキたちは雷雪を作る実験」
「フユキって私たちの前の"同期"だよね? ライセンスって何の?」
「雷雪。こう書くの」
チシロとはBランク仲間の広小路冬雪は、先月に能力者と測定された一人。つまりラクアたちより一ヶ月早く"同活"も始めている。チシロが聞き間違えた雷雪は、そのまま雷と雪のことだ。サクラは再びフリップに書いて伝えた。
「雷と雪を同時に発生させようとしてるの」
「迷惑だなオイ」
初耳だったラクアは思わずツッコんだ。確かに特殊能力者には、そういった属性を操る人もいる。何なら彼自身もせっかくなら派手な力が欲しかったと惜しんでいる。とはいえ荒らすために使おうとは思わないので、フユキたちの"同活"を真似したいとは思わない。
しかし単なる興味本位や迷惑行為でないと知るサクラは補足して誤解を防ぎにいく。
「目的は意外としっかりしてて、雷は夏に、雪は冬に起こるものだから、同時に見られるのって凄く珍しいのよ。だから条件を研究してみようってことで」
「確かに……というかそもそも雪が滅多に降らねえけど」
「あ、そうなんだ」
言われてみれば、とラクアは納得した。発生する時期が違うから、同時に見ることは少ない。この島で雪が珍しいと聞いてサクラは反応しつつも話を続けた。
「あと、仲良くなるためだって。雷使いのカナタと、雪使いのフユキが」
「……まあ偶然揃ったメンバーだしな」
本当の目的は研究を通じて"同期"として仲良くすること。サクラはAランク仲間で発案者の京橋慧練からそう聞いていた。"同期"はなりたくてなれるものではないから、相性が悪いこともある。それでも後々協力するときが来たときに備えて、拗れたままではいられない。
「もっと前の人たちのは、ここに書いてあるわ。よかったら自己紹介の参考に」
「そっか。前と被ったら駄目だよね」
サクラはスマホから画像を送信する。そこには他の"同期"たちがどんなメンバーでどんな"同活"をしているかが目次のように羅列されていた。せっかく思いついてもすでに使われたテーマでは却下だから、考える前に見て損はない。
「じゃあ五十音順でチシロから。能力と好きなものとか……あと、何やりたいかを話して」
「はいっ。私は水天宮千城。ワタルは同い年の兄で、能力は鉄の体になること」
「ワタル……ああ、確か最初のSランクの」
チシロは腕を鉄を変えて、能力を実演した。すぐ元に戻す。
特殊能力には階級と序列がある。この学年では現状Sランクが最高で、チシロの兄の水天宮渡はその一人目。むしろワタルの覚醒が、従来の最高階級Aランクに収まらない圧倒的な評価によりSランク枠を生み出した。サクラはワタルの存在を友達から聞いていたから、チシロが彼の妹と聞いて、関係は覚えたが彼女は彼女だと釘を刺す。
「でもチシロ、あなたはあなた。ワタル妹って見方はしないよ」
兄経由ではなくチシロ本人として見る。サクラにも妹がいるからこそ、上のきょうだいのオマケとは思ってほしくなく、個性を大事にしてほしいと願うのだ。
「ごめんね、遮って。続きどうぞ」
「えっと……好きなものはワタルで、夢はワタルと結婚すること」
「ちょっと待って! えっ」
「チシロ。これが普通の反応だ」
チシロがそういう自己紹介をする予感はしていたラクアは、溜め息をつきつつ、サクラの戸惑う感性は正しいと呼びかける。
「えっと……実の兄妹じゃないの? 同じ苗字だけど」
「本物の妹よ。私小さい頃から大好き」
血縁関係のない義理きょうだいならそういう感情を抱くことは否定しない。けれども違う。チシロはずっと一緒にいる実の兄に、幼い頃から恋心を抱いている。
サクラはラクアに視線を移し助けを求めるが、彼はお手上げと云わんばかりにゆっくり首を横に振る。
「というかもしかして双子? 名前呼びだけど」
「ううん。ワタルは八月生まれで私は三月三十一日」
兄を呼び捨てにする、二人は同学年ということから、双子の兄妹かとサクラは推測したが、違う。チシロは早産で同じ学年に間に合った。そんな真実を聞いたサクラは、チシロが実の兄を呼び捨てにする生々しさに畏怖した。
「ほら、同学年なのにお兄ちゃん呼びだと変な目で見らるだからさ。双子っぽく名前で呼んでるわけで」
「え」
「チシロ、自己紹介の続き。"同活"で何かやってみたいのあるか?」
年子妊娠だとか再婚きょうだいだとか、レッテルを貼られないために双子のように呼び合っているのだとラクアはフォローする。これ以上深追いするとサクラが混乱しかねない。彼は話を戻すよう呼びかけた。
「言ったよ。私ワタルと結婚を」
「はいっ、ありがとう。次は俺」
できるものか。できるとして自分たちが巻き込まれてたまるか、とラクアはチシロの口を手で塞いで強制終了し、自分の自己紹介に移る。
「俺は三郷楽阿。チシロとは同級生で、能力は触れた相手をクタクタにする」
「ああ、それで……」
抵抗するチシロがあっという間にヨロヨロになったのを見たサクラは、ラクアの能力によるものと知って納得した。そして本題の、何をしたいかに耳を傾ける。
「夢はゲームクリエイターで、今も自分でゲーム作ったりして」
「作れるの!? 凄い!」
ゲーム作りの本を読んだのをきっかけに始めた趣味にサクラは興味を示した。他の"同活"と被ってない、自分でも頑張っている趣味なので、褒めてもらえてラクアは嬉しかった。
「だから、俺としては皆でゲーム作ってみたいと……以上、最後、サクラ」
「もー、ハードル上げてくれたなあ。私ラクアの案に賛成だけど」
自己紹介しないわけにいかないので、五十音順で最後のサクラは始める。
「私は武蔵浦春桜。能力は桜の風を起こすこと。空も飛べるけど、ここでやると散らかしちゃうから」
サクラは人の家に招かれたとき、風で体を浮かせたせいで玄関を荒らしてしまった。その反省からチシロの部屋では実演しない。代わりに軽く風を起こし桜の花びらの渦を見せた。
「そのまま空に飛ばされてたんだよね。大変だったでしょ」
「ま、まあね。でも無事に帰ってこられたし」
先月フユキと逸れたという話をチシロたちは能力者の同級生経由で耳にしていた。一ヶ月経って再会できてめでたしめでたしだが、問題はこれからだ。
「そうだ、これからもここにいるのか?」
「うん。フユキと一緒にこの島で暮らす。だからよろしくね、二人とも」
再会したら元の街に帰る手もあるわけで、そしたらサクラとはもう会えない。だがそんな心配は要らず、当面ここで暮らすから"同期"でいられると答える。
「私はトリックアートに興味があるんだ。実際と違うように見えさせることができたら……いなくなった人に、また会えることができるかもって。でも」
会えない人に会わせてあげたい。そんな願いをサクラは抱えている。けれどもそんな自分だけの、暗くて曖昧な目的より、ラクアの楽しそうな目的を推したい。
「私、ラクアと一緒にゲーム作りたい。チシロはどう?」
「ゲームか……私できるかな」
「そういえば私も……じゃあまず、どんなのがあるか調べてみようか」
チシロもサクラも未経験だ。やる気があってもラクアの力になれるか分からない。そこで今からは、そんな自分たちでも作れて面白そうなゲームがないか、ネットで探し始めた。
「ラクアはどんなの作ったの?」
「リバーシとか迷路とか……本に作り方載ってるやつ」
「ああ、こういうの?」
その本もネットで発見した。面白そうとは思いつつも、作りたい意欲は沸かない。なぜならそれはもう世に出ているゲームだからだ。
「せっかくなら新しいの作ってみたいけど」
「無いよね……あったとしてもそんなの私たちには無理だろうし」
ゲーム作りを諦めようとしたとき、サクラはとあるジャンルに目をつけた。
「ねえ、これどう? ノベルゲーム」
「俺は知らない。作ったことないけど……」
それはパソコンで作るゲーム。ゲームを動かすプログラムは用意してあり、文章や絵などを自分たちで追加する。複雑な知識がなくても、独自性のあるストーリーを書けば、新しい作品を生み出せる。三人が求めていたゲームがここにあった。
「……これなら俺たちでも作れそう」
「どう? チシロ。このゲームならお兄さんと結婚だってできる」
「確かに。これがヒットしたら法律変えられるかも」
それは無理だとサクラとラクアは思いつつも、現実でできないことをゲームで叶えようとする考え方はアリだと思った。
「でもさ、三人しかいないよ」
「まあやってみようよ。後から人増えた"同期"もあるし、何とかなるかも」
「そうだな。それにいつまでにってわけでもないし」
ネックは人手が足りるかどうか。だがそれは気にすることではない。"同活"は自由。いつまでやってもいいし、終わったら次を始めればいい。それに今は三人でも、今月中に能力者が現れたらメンバーが増える。そんなケースが過去の"同期"にもあった。
「よし、じゃあ私たちの"同活"はノベルゲームを作ることに決定。さっそく色々調べてみましょう」
自己紹介のついでに決まったので時間に余裕がある。ネットや書店で情報収集だ。こうしてラクアたちの活動が始まりを告げた。