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マグワートの栽培加工を行っている場所は、元はルフィア村という小さな集落だった。
クラウディー伯爵家の領地として元から存在している村だったが、特になんの特徴もなく、しいて言うなら水の清らかな泉があることが特徴の自然豊かな場所だった。
しかし、村民の間でマグワートの利用方法や効能が伝えられており、五代前のクラウディー伯爵が栽培を事業にしたのが始まりと言われている。
事業を始めたばかりのころには、このルフィア村に別邸を建て住まいをうつし、あれこれと量産するために手を尽くしていた。
今では、体制も安定し、その別邸は共同事業を行う貴族たちとの交流の場として活用されている。
昔ながらの作りの装飾の少ない屋敷を見上げてリディアは久しぶりの外泊にワクワクしていた。
貴族として普段から至れり尽くせりな生活を送ってはいるが、こうして非日常感を味わえる田舎の屋敷に泊まるのは普段使いの屋敷にはない楽しみがある。
「ハンブリング公爵閣下との会食は、夕暮れすぎだし、泉に散策にでもいきませんこと、ロイ」
すぐ隣で荷物の搬入を確認していたロイにそう声をかける。すると彼は確認もそこそこに顔をあげて「良いですね」と同意する。
すでに秋に入っているとはいえ、まだまだ昼は過ごしやすい、こんなに天気のいい日に散歩は持ってこいだろう。
私の声を聴いてちゃっちゃと散策に必要な荷物を纏める彼を横目で見つつ、リディアは、このルフィアの屋敷の別棟を見た。
当然、交流の為の場所なので来客用のお屋敷がいくつか存在しており、ここだけ王都のようだった。
この屋敷たちを整備するのにも相当、予算を割いているがそれ以上にマグワートを使った事業は利益を上げている。
共同事業主であるハンブリング公爵はどの屋敷に泊まるのだろうかと一つ一つに視線を移していくととある屋敷の前に何やら丸い布の塊が見えた。
一瞬どこかから風でドレスが飛んできたのかもしれないと考えたが、もぞりとそれは動いて、ハッとして、すぐにリディアは声をあげた。
「人が倒れていますわ! すぐに救護を荷物は後で構いません!」
使用人が動きやすいように指示をして、自分自身も今日泊まる予定の屋敷の敷地から出て隣の屋敷の方へと向かった。
「リディアお嬢様、この方は……」
使用人たちがすぐに動けなくなっていた令嬢を支えてどこへ向かったらいいのかと視線を向けてくる。
流石にハンブリング公爵の利用している屋敷に入るわけには行かずに「わたくしたちの屋敷の方で治療しましょう」と指示をした。
気を引き締めるように厳しい顔をして、速足で使用人たちについていきながら、ロイの言葉に答えた。
「公爵家への嫁入りした……ディアドリー様と見受けられますわね」
「どうして使用人も付けずにあのようなところにいたのでしょうか……」
「とにかく、しばらく休ませて聞いてみるしかありませんわね」
素早く情報を共有し、忙しなくディアドリーの為に部屋を整える使用人たちに続いて、リディアとロイは使用人に混じって荷物を運んだり、水を汲んだりしながら彼女を介抱したのだった。
ディアドリーを寝室のうちの一つに寝かせてから、ロイとリディアは、一通りの滞在の為の準備をした。
それぞれの部屋を決めて、お気に入りの文房具を定位置につけ、使用人に休憩を出した。
今日この場所に来ると伝えてあったので、すでに屋敷にいて食事の支度を済ませていた使用人に心付けを渡し、これからの数日、期待していると伝えるのと同時に、早速ディアドリーの為にパン粥を作ってもらった。
ホカホカのパン粥と共にリディアとロイは二人して並んでディアドリーの眠っているベッドの隣に並んで座った。
彼女は青白い顔をしており、弱り切っているように見えてこのまま目が覚めない可能性を一応リディアは考えた。
「……ロイ、しばらく経ったけれど目が覚める気配もないし、やみくもに探すことになるけれどモグワート畑を散策しているハンブリング公爵閣下を探しに行った方がいいかもしれませんわ」
ディアドリーを見つめたままそう言うリディアに、ロイは軽く頷いて椅子を立った。
「わかりました。リディアお嬢様、それほど大きな村ではないので村民に聞いて回れば見つかるはずです」
気軽にそう言ってくれるロイに、リディアは申し訳ない気持ちになりつつも、同性の自分が彼女に付き添っている方が道理にかなっているとわかっている以上は頼むしかない。
ゆっくりするはずの新婚旅行がこんな唐突な事件に巻き込まれるとは考えてもみなかった。
なので謝罪の意を込めて立ち上がったロイの方へときちんと視線を向けた。
「ハンブリング公爵閣下はとても威厳のある方だから、すぐにわかると思いますわ!」
「ええ……というか、城での舞踏会で一度お顔を拝見したことがありますから問題ありません」
「じゃあお願いしますわね、ディアドリー様の状態を伝えて、戻ってくるように言ってくださいませ」
きちんとロイにお願いすると、彼は元気に「はいっ」と元気な返事を返した。
しかし突然ぐっと袖口を引かれて、私は危うく手にしていたホカホカのパン粥をこぼすところだった。
「やめてください!」
懇願するような声がして、驚きつつも彼女の方を見ると青い顔のまま体を起きあがらせて、呼吸を荒げながら見ているディアドリーの姿があった。