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問題の解決にリディアが参戦してから事が動くのは早かった。
デネット侯爵と直接話をするまでもなく、川の水量を下げる原因となっていた土砂や倒木の撤去が行われた。
その背景には、ベイリー男爵家に流れるはずだった水が別の川へと合流し、その影響で氾濫が起きて領民に被害が出ている周辺貴族の存在があったからだ。
周辺貴族と手を組み、デネット侯爵家から損害の賠償を勝ち取りあっという間にリディアとロイはクラウディー伯爵家に帰る日がやってきた。
もちろん、かぶっていた猫は脱ぎ捨てたので、アイヴァンやイライザのリディアに対する評価はがらりと変わったし、リディア自身もそれでいいと思っていたので何の躊躇もなく彼らと接した。
甘いと思った部分は素直に甘いといったし、もっと突き詰めるべきところは指摘してベイリー男爵家のあり方について議論した。
いくらフレディーの嫌がらせのせいで今回の事があるといっても、先に起こったのは土砂災害の方で、その処置を面倒くさがってデネット侯爵がフレディーに対応のすべてを任せたのが元凶なのだ。
そういう状況はいくらでもこれから出てくるだろうし、外堀を埋めたり、相手をはめるぐらいの事をしなければ、この先もベイリー男爵家が損をする事が多くなる。
そうならないように、ぜひともこれからも美味しいワインを作ってほしいし、なによりロイの兄妹なのだから苦労はしないでほしい。
そう考えてあれこれと彼らに指摘をしたが、あいにく、言い方が厳しかったようで二人には多少苦手意識を持たれてしまったがそれもやむなしだ。
「ロイ、これはベイリー産のワインに合うように作られたチーズで、スライスすればサラミにもよく合うからね」
「それと、父さんが使っていた昔の品があって高価なものだから送るを控えていたけれど、この際だから持っていってっ」
「はい、兄さん、姉さん」
「それから君は変な柄のハンカチを愛用しているから、きちんとしたものを用意させたよ、ロイ」
「それとロイのお気に入りのグレープジュース沢山積んでおいたから」
リディアは馬車の中からロイに最後に沢山贈り物をして身を案じているアイヴァンとイライザの事を見ていた。
彼らは、ロイがしょっちゅう実家にグレープジュースを頼むのでロイのお気に入りだと勘違いしているみたいだが、そんなことは無い。それはリディアのお気に入りだ。
しかし、勘違いをただす必要もないだろう。元々あれはロイの為に作られたものなのだからそういう風に思っていた方がずっと彼らもモチベーションが上がるはずだ。
「ありがとうございます。大変助かります」
ロイは、彼らの言葉に堅苦しくそう返したが、ロイの顔を見ればちゃんと心の底から嬉しいと思って受け取っていることがわかって、最初に来た時に言っていたような家族に対する卑屈な考えはなくなっている様子だった。
「体に気をつけてね。伯爵家の仕事も大変だろうけど、無理せずに頑張って」
「何かあったらすぐに帰ってきていいのよ。今なら、あたしたちもロイを養えるだけの力があるんだから」
「はい……ありがとうございます」
婿に行った弟にそう簡単にいつでも帰宅していいなんて言うのは、正直良くないと思うし、リディアは返すつもりもない。返すとしても期限付きだ。二日ぐらいの。
そんな心の狭い事を考えながら、口には出さずに彼らを見ていると「それでは、お世話になりました」と言って馬車の中にロイが戻ってきて向かいに座った。
家族とのわだかまりが解消した後でも彼は少しドライで、別れをあまり寂しいとは思ってなさそうだった。
もういいのかと視線を送るのと同時に今度はリディアに声がかかった。
「リディア様」
呼ばれて視線を向けると、二人はロイの向けるのと同じように親しみの籠った瞳でリディアを見ていて、アイヴァンが続けていった。
「……ロイをどうかよろしくお願いします」
「リディア様もまた、いつでもいらしてください」
イライザもあんなにリディアのありとあらゆる指摘と理屈に苦しんでいた様子だったのに、そんな風に口にした。少し茶化したくなる気持ちもあったが、二人の言葉にリディアは真剣に返した。
「ええ、了解しましたわ」
一言でまとめて返すと彼らは、頷いて笑みを浮かべ一歩下がる。御者が馬車の扉を閉めてガタゴトと動き出した。向かうは我が家、クラウディー伯爵邸だ。
早く帰りたいという気持ちもあるけれど、それと同時に、こののどかな場所が名残惜しいような気もしていた。




