63
ロイはもっと可愛くて、素直で思いやりがあるのだ。こんな下卑た欲望を相手にぶつけたりしない。
けれどもけなげなロイとどんなに比べても、目の前にいる相手はフレディーという望んでもいない男だということに変わりはない。
おもむろに唇を重ねようとしてくるフレディーにリディアは彼の額を真顔で押さえて拒絶した。
「俺は素直な女が好きだぞ? リディア」
拒絶してもぐいぐいとくる彼に、ため息が出てくる。こんな男はお呼びじゃない。
でもリディアの望んでいるロイはリディアを望んでくれないかもしれない、そう考えると少ししょんぼりした。
「なんだ可愛げのある表情をするじゃないか、そうだ君は俺に求められて大人しく従っていればいい子猫のようになッ」
……大人しく。
……。
わたくしが求めたらロイは大人しくなるかしら。子猫のように……。
頭の中で想像してみた。リンゴのように赤くなるだろうが、たしかに大人しくなりそうだ。
「そのうち自分からも求められるように躾けてやるッ」
決め顔で言う彼に、それは名案だとリディアは考えた。
というか、今まで何を悩んでいたのだろう。らしくもない。ロイが求めてこないのならば、リディアが彼を望んで求めて手に入れればいいだけだろう。
なんせ、別の男に言い寄られてもロイの事を考えてしまうほどリディアはロイの事が大好きなのだからそれでいいじゃないか。
……だってわたくし、ロイの事を愛していますもの。愛しているのだから望んでもいいはずですわ。
それにロイは、わたくしにいつだか言ってくれましたわ、弱みを見せても利用したりしないって。
納得のいく結論を思いついてリディアはにっこり微笑んだ。
その笑みはまるで女神のような優しさをはらんでいて、フレディーは思い切り勘違いをしたが、そのままリディアは至近距離にいる彼の前髪をひっつかんだ。
「え」
「そうと決まれば話は早いですわ~!!」
そのまま前髪を取り外してリディアはベンチから立ち上がりふわりと彼の金髪を風になびかせて空に飛ばした。
「な、なな、なっ、何しやがる!!」
怒鳴りつける彼はちゃんとハンサムだけれど、今までとは違って自信満々な様子ではなくなっていた。
必死に隠すように自らの額に手を当てていて、見え隠れしているのはとっても広い額だった。
リディアは知っていた。ベイリー男爵家の話を聞いてデネット侯爵家の事を調べる前からフレディーの弱点をすでに把握していた。
「返せっ、おふざけじゃ済まされないぞッ」
取り乱してリディアにつかみかかってこようとする彼にリディアは「あははっ、うふふっ」と笑みを浮かべて風の魔法で俊敏に動きながら彼の事を躱す。
実はフレディーが気持ちよくはてたと言っていた日、運んでいる最中にうっかり取れてしまったのを見て、彼がその広い額を気にしているのだと初めて知ったのだった。
別にまだ若いのだし、それほど変ではなかったがコンプレックスというのは誰にでもあるものだ。その時には丁寧にかつらを頭に戻しておいてあげたけれど今はその弱点がリディアの手のなかだ。
「俺をだましたのか! 卑劣な手段をとりやがって!」
だましてなんかいない、ちょっとばかり考え事をしていただけだ。勝手に盛り上がったのはそちらだろう。
ふわりと浮かせた金髪のかつらを手元にもってきて長い前髪の部分を鷲掴みにして持った。
「そんな風に乱暴に扱っていいものじゃない、今すぐに返せッ!!」
かつらの扱い方に彼は不満があった様子で、激昂して炎の魔法を手に出した。
その様子をリディアは見つめながら彼の方へと近づいた。
彼は、リディアやロイとは違って、魔法使いの称号を持っている力のある貴族だ。当然真っ向勝負ではリディアに勝ち目はない。
しかし、下調べの時にはすでに攻略法を思いついていたし、恐れるに足らない。
「さもなくば、この業火で君の顔をあぶって醜い化け物にしてやるぞッ!!」
「……」
「恐ろしいだろう! 君のように魔法を持っているだけで慢心せずに、研鑽を積み魔法を扱える俺のような人間には絶対に勝てない!」
「……」
「わかったらさっさと、それをよこせ!」
言いながらも片手で必死に額を覆い隠す彼にリディアは、真顔で彼の前髪を握りしめたまま見つめ返した。
「……ご自由にどうぞ……できる物ならですけれど」
それからたっぷりと間をおいて言った。彼はどうあってもこれを持っているリディアを燃やせない。そんなことはお見通しだった。
「あら、やらないんですの? な~んて、できませんわよねぇ~!!」
そしてあまりにわかりやすく苦い反応をする彼に、リディアは思い通り過ぎる展開に思わず楽しくなって彼に続けていった。
「だってこれ、貴方の地毛なんでしょう? そりゃあ燃やせませんわよ。貴方にとっては貴重なんですもの!!」
「ッ!!」
ぎりっと奥歯をかみしめる彼に今までの彼を重ねて、スッキリとする。
つまらないセリフでリディアを篭絡できると思っていた間抜けな男に一杯食わせてやったと思うと堪らなく楽しかった。
どちらかというとリディアは屈服させる方が好きだ、蔑ろにされるとイライラするし、愛情を受け取るだけなのも受け身なのも柄じゃない。
「……あはははっ、どうしたんですの大人しくなって、これがなければ先ほどのように気取ることもできないんですの?」
煽りたてるようにそういえば、彼はわかりやすく苦しげな顔をしながらも必死に額を守っていて、そのみょうちきりんな姿はおかしくて堪らない。
「それにねぇ、フレディー。わたくしを愛人にしようだなんてそんな戯言、よく言えましたわね」
今まで黙って聞いてやっていた分、リディアは存分に思っていたことを口にする。
「このわたくしをそんな風に扱えると思い込むだなんて、とんでもない思い上がりですわ」
イラついてはいたが、怒っているつもりはなかったリディアだったが、ついつい熱くなって、彼をにらみつけた。




