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父の親らしい真摯な提案に、リディアは顔をあげてにやりと笑みを浮かべた。
「……言質取りましたわよ、お父さま。ロイ」
「はい」
「丁度良かったわね、すぐ結婚できそうよ」
そう言って後ろに控えていた側近のロイに声を掛ける。彼から話をするようなことを言っていたが、面倒くさいのでその工程は飛ばしたっていいだろう。
もうすでにリディアの中ではロイとの結婚は決定事項だ。
「はい、助かります」
「良いのよ。面倒は少ないに限るわ」
まったく相談もせずに、突然結婚の話を両親にされたロイだったが、リディアが突飛な事はいつもの事なので難なく受け入れて、いつも通りににっこりと人好きする笑みを浮かべた。
「そういうわけで、わたくしロイと結婚しますわ」
あっけらかんとそう言い放ったリディアに、父と母は唖然としたまま固まった。
数秒待ってもそのままだったのでリディアはもう一度、重ねていった。
「わたくしの配偶者にロイ・ベイリーを選びますわ」
再度言うと、父も母も二人で顔を見合わせてそれからリディアではなくロイの方へと視線を向けた。
その視線は困惑というより心配の色を含んでいて、今度は父ではなく母がおっとりした優しい声でロイへと声をかけた。
「ロイ……あなた、リディアに気持ちがあったの?」
「はい、お慕いしております」
「てっきり、ベイリー男爵家の事業が安定したら実家に帰るものとばかり……」
「いえ、リディアお嬢様のお側に務めさせていただくのが私の望みです、奥様」
リディアは、はっきりとそう告げるロイに、声は平然としていてもやっぱりあの日のように赤くなっているのだろうと予想して彼を振り返ったが、何故か平然としていて、不思議な体質をしているのだなと思った。
「……?」
丁寧に笑みを浮かべるロイを見つめていると彼は、何か御用ですかと言うようにリディアを見つめて小首をかしげた。
その愛くるしい小動物のような仕草に、うんと一つ頷いてリディアは両親の方を向き直った。
両親はただ、何も言わずに静かに瞳だけで会話をしているようだった。
……きっと、家同士の関係や仕事の兼ね合いについて考えてるのね。
リディアはそんな風に考えたが、父と母の間には別の考えがぐるぐるとめぐっていた。
オーウェンと婚約する前からずっと同じように領地の管理や事業の勉強をさせていたロイとリディアだったが、まったくお互いに意識もしていなさそうだったからこそ、リディアには別の婚約者をあてがった。
きっと幼いころからそばにいさせたので姉弟のように思っているのだろう。
そう考えていた。たしかにロイが正式に家に入ってくれるのならば、申し分ない男性だ。
けれども、どう考えても彼らは恋人という関係性ではない。
彼らは言葉でこそ想っているなんて言うが、弟分のロイがリディアに丸め込まれて結婚を迫られている可能性が十二分にあった。
だからこそ、大人として愛し合うとはどういうことかという事を説明して考え直す時間を与えたかった。
そうするべきであるし、そうでなければ家族と離れて務めに来ているロイの保護者としての最低限の責務を果たせているとは言えない。
責任を果たさねばならないはずである。
そのはずなのだが……。
「すまない……ロイ」
「リディアのお願いだもの、仕方ないわ」
「あら、どうしてロイに謝るのかしら、わたくしたちただ想い合って結婚するのですわ」
父と母は、ロイの一時的な保護者の前に、リディアのお父さまとお母さまであった。
しかしとうのリディアはまったくその苦悩を知らずに「ね。ロイ」と同意を求めた。
それに、いつもの笑顔で元気に答える可愛いロイに、両親はどうしてここまで純朴に育ってしまったのだろうと良い事のはずなのに、なんだか申し訳なくなったのだった。