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それからロイはアイヴァンとイライザと合流して、デネット侯爵邸へと向かう馬車の中で、今日こそはと作戦を練っている彼らを眺めた。
「だから今日は、俺とロイがフレディーを引き留めている間にイライザが応接室から抜け出して当主の部屋にいるはずのデネット侯爵を探し出すって作戦にしようと思ってるんだ」
「昨日も言っていたけど、本当に実行するの?! 兄さんってたまにすごく適当なことがあるわよね」
「イライザ、そうは言っても他に作戦もなかったじゃないか」
「だってそれでもし見つかったとしてあたし、どうしたらいいの?」
彼らはおおよそ作戦とは言えないものを一生懸命に考えていて、そもそもこういった、交渉ごとに向いていない人種なのだと思う。
貴族間、領地間の揉め事は大体の場合、王族を挟んで解決することが多い。
しかし、そのやり方をとると王都に直接、関係貴族が出向かなければいけなくなり、手間がかかる。
だからこそ内々に処理するための直接の交渉という手段なのに、交渉をし始めてからすでに数か月続いている時点で王族に助けを求めるべきだった。
王族は権力も権威も持っている厄介な相手だがこういった時に、それぞれの権利を担保するために存在しているのだから、活用すればいい。
そういうことが出来るのに律儀に翻弄されるのは、純粋な人のよさからだろう。ここ一週間でロイは彼らについて少しは理解できるようになった。
馬車がガタゴトと音を立てて揺れる。珍しくこんな田舎の道で別の馬車とすれ違ったようだった。
「ええ~とまずは挨拶をして、それから今回の件について聞いてみて、知っているようだったら理由を聞いて知らないようだったら情報を伝えて、ついでにいつもワインを仕入れてくれていることのお礼と、今年のブドウの質についても触れて欲しい、収穫はすでに終わって仕込みに入っている段階で━━━━」
「突然やってきた来客が顔見知りでも、そんなに悠長に喋るわけがないでしょ?!」
「そうかな……弱ったな、でもとにかく彼を見つけたとしても失礼があってはいけないから、きちんと話をしたいんだよね」
「そんなこと言ったら、屋敷の中を勝手に探し回るのだって失礼でしょ?!」
ロイは彼らの会話を聞いて、この場にリディアがいたら、まずはすぐにアイヴァンを黙らせただろうと思う。
イライザは多少マシなツッコミを入れているけれど、それにしても、そもそも行きの馬車の中で話をすることじゃない。
大まかな作戦や情報の切り札などは出発する前から固めておくのが商談をうまくまとめるコツだとリディアは言っていたし、ロイもその方が効率的だと思う。
少なくともぎりぎりになって焦って考えた策より、ずっとその方がいい。
それよりも、ロイは今朝リディアに言われたことを参考に彼らの話を聞きながらも、ずっと言えなかった言葉を思い出す。
この一言さえ言い始めてしまえば、他の事は些末なことでしかない。そう思えるほどの言葉だ。
今までのロイだったら確実にここでまた迷っていただろうが、リディアの事を思うと自然と口にすることが出来る。
ベイリー男爵家に向かうときにリディアに言われた言葉。ロイは、二人を見極めるだけでいい。
ロイはリディアの大切な人間として自分自身を大切にしたい、そうするべきだとリディアには教わった。幼いころから彼女はそうだった。いつだってロイを慕って、考えて言葉を尽くしてくれる。
その優しさにロイは報いたい。
「そんなことより、伺いたいのですが。私を貴方方が捨てた理由を知りたいんです」
ロイは、いつも通りの声音で言った。幼いころは自分の気持ちを隠すのが苦手だったけれど今では大の得意だ。
今も少しばかり動揺している。しかし、これがずっとのどに詰まっていたロイの気がかりな事だった。
「え?」
「ん?」
「ですから、親を失った三兄弟の中で、なぜ私だけが家を出なければいけなかったかと問うているんです」
唐突な話題に目を見開いてアイヴァンとイライザはロイの方へと視線を向けた。
流石に話が突然すぎるし、突然話し出すにしては重過ぎる話題だろう。
そんなことは理解していたけれど、流されないように、ロイは続けていった。
隣同士に座っていてぽかんとしている彼らはロイよりも年上で、両親がいなくともすぐに仕事ができた。だからこそその場に残れたのかもしれない。
けれども、正直なところロイが稼ぎに出たとしても、大した稼ぎにはならないはずだ。それとも子供一人も育てられないほどに困窮していたのだろうか。
「その時、私はそれを拒絶したと記憶しています。けれど実際はクラウディー伯爵家にいて、捨てられたも同然だと思って生きてきました」
ロイの言葉以外には馬車がガタゴトと揺れる物音だけが響く。
「ではそれは何故なのでしょうか。わからないながらも考えました。聞けばよかったと貴方方は言うかもしれません、しかし、手紙でしかつながりのない私にそんな話を切り出せと言うのはあまりに酷な事ではありませんか?」
「……」
「……」
「はぐらかされたり貴方方の気分を害した結果、なんのつながりもなくなるのが怖かったんです。だから会えたなら、聞こうと考えていました」
そしてそのタイミングは丁度良くやってきた、それもリディアとの関係に悩んでいるときに。
彼らは、ロイが静かにきちんと説明するので、深刻そうな顔をして、どうしてこんな急にという言葉を飲みこんでロイの言葉を聞いてくれた。
だからこそ、ロイは最後まで口にすることが出来た。聞くことすら憚られていた言葉が堰を切ったようにすらすらと溢れてくる。
やはりリディアの言ったことは正しかった。やっとロイは行動を起こすことが出来た。
「私には何か欠陥があったのでしょうか。だから、捨てられたのですか? それは私が誰かの”家族”になるのに障害になるものなんでしょうか?」
それがわからない限りは、誰かを求めることも望むこともできない。だってロイは、大切なリディアにだけは嫌われたくないのだ。
でも同時に明確な答えを言われるのが怖かった。
聞いてしまえば後戻りが出来ないように感じて、聞けなかった。




