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ロイは、出された食事を黙々と口にしていた。
初対面の挨拶にもかかわらずリディアに対して礼儀を欠いた彼らにロイは正直、嫌悪感すら持っていた。
なんせ、あのリディアに無礼を働いたのである。ロイの妻であり大切な人である彼女にだ。
確かに、急についてくることにはなったが、それでも無礼を働いていい相手ではない。
兄のアイヴァン、姉のイライザに対して思う所は沢山あるが、リディアに馬車の中で言われたように、ロイの目的は見極めることだ。
彼らを盲目的に信じて子供っぽい愛情を欲しているわけではない。リディアが示してくれたようにロイの心の重心は間違いなく彼女にある。
彼らはそのリディアとの関係の為の礎でしかない。いざとなれば見捨ててもいいとまで考えていた。
しかし同じ卓で食事をしている彼らからは、焦ったような気まずいようなそんな雰囲気を感じるだけで、弁明をするわけでもロイにすり寄ってくるわけでもなかった。
彼らの考えることはいつも謎が深くてよくわからない。
兄妹だけれど離れて暮らして長いという特殊な環境ゆえの難解さなのかロイだけが人間的に合わないからなのかもロイ自身には判断がつかなかった。
いずれにせよ、ここは家長であるアイヴァンが話題を振るまで待つのが無難だろうと考えて、瑞々しいグリーンサラダを口に運ぶ。
……リディアお嬢様は家族水入らずの邪魔をする気はないから一人で食事をとるそうですし、ここからは別行動が増えてしまいますね。
ロイがこの件に関して一任してほしいと言ったからには、きっとそれに伴う行動もしないといけない。そうなると、いつものように側にいられる時間がぐんと減ってしまう。
寂しいけれど自分自身が望んだことなのだから、わがままは言っていられない。彼女を待たせる分だけ奮闘するほかないだろう。
「……ロイ、先ほどはすまなかったよ。リディア様を不快に思わせるようなことをしてしまって」
「いえ、リディアお嬢様が気にしないと仰ったんです。私はそのことについてこれ以上言及するつもりはありませんし、お嬢様と同じように気にしません」
「そ、そうかぁ」
兄のアイヴァンはロイのきっぱりした答えに、変に気の抜けた声を返して会話が終わる。
しかし、隣に座っているイライザに小突かれて「わかってるよ」などと小声でやり取りをしてから、ロイによく似た笑みを浮かべて、温かな声で言った。
「改めて久しぶりだね、ロイ。随分と大きくなって……父さんによく似てるよ。ね、そうだろイライザ」
「ええ、そうね父さんにそっくり。あたしなんて、母さんみたいにおしとやかじゃないって村の皆によく言われるのに、いいなぁ」
「……そうですか。離れて暮らしていたのに、血縁というのは不思議なものですね」
「! ああ、やっぱり離れていても俺ら兄妹ちゃんと血が繋がっているんだね」
ロイが同意すると、アイヴァンは少し驚きながらも喜んで、嬉しそうにはにかんで笑った。
しかし、ロイ自身はどうにも今のこの会話が不思議でならなくて、違和感が酷い。
自分にもこんな風に会話をする相手がいたのだなという嬉しい気持ちになるのに、なんだか苦しかった。
目の前にいる彼らには親近感を持ってしかるべきはずなのに、どうにもその親しいものに対する態度が気色悪く感じてしまう。
「父さんと母さんがいなくなってい随分苦しい思いをしたけど、こうやってみんな健康でそろえたから結果オーライね」
「だね。ロイには素敵な妻もできたことだし……一応、おめでとうと言わせてほしい、何もしてやれない家族だけど……俺ら……君のことを大切にしてるんだ」
イライザは両手をぱちんと合わせてにっこり微笑む、少し気丈な雰囲気がリディアに似ていて、いざというときには頼りになる人なのかもしれないと思う。
一方、アイヴァンは男性にしては気弱な雰囲気があり、ロイによく似ている。そんなロイを父に似ていると表現したのだから、父親とはとても優しげな人物だったのだろう。
しかし、ロイの中にその記憶はない、もうずっと前の事で肖像画の一枚も持っていなかったから忘れてしまった。
「ありがとうございます。嬉しいですアイヴァン様、イライザ様」
「……」
「……」
彼らの言葉にロイは出来る限りいつも通りに返した。しかし、距離感が彼らとはずれてしまって、上手く喜んでいるとは伝わらない。




