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ロイは出発の日に、如何にも性格の悪い傲慢で高飛車な貴族令嬢ですと言う顔つきで馬車に荷物を積み込むリディアと顔を合わせた。
「あらロイ、奇遇ですわね。わたくし、ベイリー男爵家の危機を聞きつけてこのクラウディー伯爵家を代表してはせ参じることにしましたの」
彼女はぐっと目をほめてにっこりとほほ笑み、隙の無い所作で扇を広げた。
どうやら彼女はロイの事を警戒しているらしかった。
この状態のリディアに反論したり文句をつけたりすると、言葉を十倍返しにされて、その理屈を理解するのに苦労するので何も言わないに限る。
「さようでございますか。では、同乗しても構いませんか?」
ロイが手配したのは貨物用の馬車にちょっとばかり座席がついている平民が乗るようなものだったが、いつの間にかクラウディー伯爵家の紋章が入った上等なものに変化していた。
「……構わなくてよ。一緒にベイリー男爵家の問題を解決しましょうね」
「はい」
丁寧にそう口にする彼女にロイは、何がそんなに彼女を警戒させる羽目になったのか思考を巡らせた。
馬車に乗り込んで出発する間まで悠長に考えて、いつもの通りに彼女にお茶とお茶菓子を準備してから、様子をうかがってみる。
するとリディアもロイの様子をうかがうようにこちらを見ていた。
しかし、リディアにうかがったうえで隙があれば食らい尽くしてやろうと言うような謎のぎらつきを感じて、ぞくりと背筋が寒くなる。
これはよっぽどロイの事を警戒しているらしい。しかしながら、ロイは割とのんきだった。
……私の家族の問題ですし、リディアお嬢様のお手を煩わせるほどの事ではないと判断したので、何も言わずに処理してこようと思いましたが、それが気に障ったのでしょうか?
今までにこうして実家に呼び出されたことも無かったし、頼られたこともなかった。
しかし、結婚して間もなくの呼び出しなので、何か妙なお願い事をされたり変に金銭を要求されたりするようなことになっては厄介だ。
実の家族とは言え、こう長年会っていなければ他人も同然だ。そんな彼らのいる場所に大切なリディアを連れて行って嫌な思いをさせたくはない。
そういう、意思表示のつもりだったが、ムキになってついてきたということはどこかで妙な勘違いをされたのだろう。
……決してリディアお嬢様に不快な思いをさせるつもりはなかったんです。私自身、家族の事は消化できていない問題もありますから。
その部分のせいで彼女に対して踏み込めないのではないかと考える部分があった。だからこそ、今回はきちんと向き合うために、家族の元へと向かう決意をした。
この選択は間違っていないと思う。
「……リディアお嬢様、一つだけよろしいでしょうか」
ロイがリディアに聞くと彼女はギラギラとした目をこちらに向けつつ、ペロリと唇をなめてロイの方を見た。
「なに?」
「今回の件、同行いただけたことには感謝しております。しかし、私に一任していただけないでしょうか?」
リディアがいれば問題はたちまち解決するだろう。しかしそれでは、ロイの問題のケリをつける前に事が済んでしまう。
だからこそ時間を稼ぐために、ロイは彼らときちんと向き合ってトラブルを処理するために動きたいと思う。
その真剣な瞳をリディアは見据えて、意外にもすんなりと了承された。
「構いませんわ。ロイのお願いですもの。……ただ、帰るときは一緒よ。同じ馬車に乗って同じ道のりを二人で帰りますわ。それが絶対条件ですの」
「?……はい。一人の移動は退屈ですもんね」
ロイはリディアがそれにこだわる理由が本当はよくわからなかったが、それでも笑みを浮かべて肯定した。
するとリディアの視線は少しだけ柔らかいものになって「約束できるのならいいんですわ」と今日一番の嬉しそうな笑みをした。
案外この人はわかりやすいなと、ロイは少し笑って、そしてこれから会う家族に思いをはせた。
「それにしても、ロイの兄妹に会うのはいつ以来かしら。昔のこと過ぎて顔も思い出せませんわ」
「それは……私もです……私の事なんて会っても思いだせなかったりするんでしょうか」
軽く言うリディアに、ロイは少し気分が暗くなりながらもそう返した。なんせ十年ぶりの再開になる。
ベイリー男爵家は十年前に、父であるベイリー男爵と、母である男爵夫人を事故で同時に失い、長兄が爵位を継承した。
そしてクラウディー伯爵家に支援を受けながらも、傾いた家を立て直すためにワインの酒造業に力をいれた。
始めたばかりの時は風あたりも強くて大変だったが、今では長年の努力の甲斐があってそれなりに利益を上げている。
そうなるまでの苦労はそれなりに理解しているし、彼らは貴族だというのに倹約していて、王宮の舞踏会にもめったに参加していない。
必然的に勤めに出した末弟のところへと顔を出す事もできないのは理解している。
けれどもどうしても、あまりにもかけ離れた家族という存在がロイの中でぐるぐるととぐろを巻いて悲しみの影を落としていた。
「あら、存在を忘れているなんてことあるはずないですわ。だってロイのような優秀な弟そういないはずですもの」
しかし、ロイの言葉にリディアは当たり前のように返した。
「そうでしょうか」
「ええ、そうよ。だってロイはわたくしの立派な夫で、大切な側近だもの、そんな重要人物忘れる様では、時代の波に押し流されてしまいますわ」
「……」
よくわからない不思議なことを言うリディアに、ロイは目を丸くして続きを聞きたくなって首を傾げた。
それに彼女はしたり顔でロイに続けたのだった。
「あのね、ロイ。貴方たまにそうして家族の事について卑屈になるけれど、そんなに家族の事なんて重要かしら。誰からどう思われていても貴方は貴方」
温かくしっとりとした優しい手がロイの手を取って、包むように重ねられた。
「重要視されてないかもしれない、自分は軽んじられているかもしれない、そんな風に感じる相手を貴方はどうして重要視するんですの。自分を大切にしてくれない相手を大切にして傷ついて、ロイが可哀想ですわ」
「……私がですか」
「ええ、だってロイはとっても有能で、察しが良くて、わたくしの相棒ですの。そんなロイをロイが貶めるなんて許しませんのよっ」
ロイを大切にするためにロイを叱りつけるという何ともなぞの理論は、リディアの中では正常に機能しているらしく、当たり前の顔をしてリディアはつづけた。
「でもね、それほど気にしてしまうということは、逆に言えば貴方は大切にしたいと思っているという事だわ」
「そうですね」
「ええ! だからこそいい機会だから、はっきりと聞いてきなさい。そしていうべきだわ。貴方たちが大切だって、話はそれからよ。行動も起こしてもいないのに自分の価値を貶めて、ロイを虐めないで、わたくしの……大切な人なのよ」
……大切な人ですか。
彼女の言葉を心の中で復唱して、少しだけ勇気が出た。それに自分のやるべきことが分かった気がした。
漠然とした自分の中の黒い影が、明確な目的になった気がする。
……それにもし悲しい事を言われても、平気ですね。だって、私の心はリディアお嬢様にありますから。
彼女がロイをそう評価してくれる限りは、ロイは苦しくならずに済む。やっぱりこういう所は自分にないリディアのとっても好感の持てる部分だと思う。
見習いたいと思うけれどもそれと同時に、自分にないからこそ惹かれるのかもしれないと思うのだった。




