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「━━━━だからね、わたくし思いますの。人を愛することって弱みを見せるのと同じ行為ですのよ」
「はい?」
「だからね、愛することって望むことですの。でも、望みを簡単に他人に見せたらつけこまれて操られて損をしますわ、もちろん自分の得ばかりを考えている人間も悪いですけど」
「はい……?」
「他人を愛している人間は、総じて愛してほしいというの望みを持っているんですの、愛していると言うということは愛してほしいという、自分の一番の望み……弱点をさらしているのと他なりませんわ」
リディアは急に愛について語り始めた。ロイはそれを聞きながら、首をかしげて何が言いたいのかを考えた。
「わたくし、そんな無謀なことは出来ませんわ。オーガスト王子殿下のように自分が損をするかもしれない事を声を大にして約束するなんてできませんのよ」
「……」
「愛しているなんて言って、それを逆手に取られて利用されるなんて御免ですのよ。だからわたくしはそんなことできませんの……悲しい事に」
……悲しいんですか? ……なんだか難しい話ですね。
やっぱり、考えてみてもリディアが何を言いたいのかロイにはいまいちわからない。しかし、何とか最後の言葉からどんなことが言いたいのか考えた。
そのうちにリディアは最後のワインを喉に流し込んで、グラスを空にする。それからちらりとロイの方を見た。
……注いでほしそうな顔ですね。まぁ、それを察して最後の一杯を延長すると明日、リディアお嬢様に怒られるのでやりませんけどね。
ロイは、あまりその媚びるような目を見ていると甘やかしたくなってしまうので早々に目を離して、彼女の話について考えた。
悲しい事に、ということはそれを言えない事を、コンプレックスに思っているのかもしれない。
たしかにオーガストの潔いい告白は素晴らしいと思ったし、かっこいいものだった。
それを自身と比べているとはリディアにしては珍しい事この上ないが、そういう事もあるのかもしれない。
……しかし不思議ですね。私は特にそうして欲しいとは思いませんし、リディアお嬢様の性分を理解しているつもりです。では、私以外の誰かに言う予定があるんでしょうか?
その可能性も、こうして常にともにいるとあるとは思えない。だとするとロイに向かってそうした方がいいのではと思っていてくれている可能性が高い。
しかし、そんなことは必要ないと端から否定すると、面倒な事態になるかもしれないので、ロイは別の方向からリディアに聞いてみた。
自分にそう言おうとしてくれていると当たり前に考えているような発言で恥ずかしくて顔が熱くなってしまうが、膝を折って彼女の前にひざまずいて見上げながら聞いてみた。
「……貴方様は、私の事利用するのですか?」
「……しませんの」
「では、自身がしない事をどうして他人がやる前提で話しているんですか」
あえてロイ自身がリディアを利用するわけがないということは言わなかった。
しかし、その矛盾にはリディア自身も気がついていて、自分はやらないのに他人がそうするかもしれないからと何もできずにいたら、何もできなくなってしまうという事を改めて認識した。
というか、リディアはなんでも自分でとにかくやってみるし言ってみるのに、愛していると言えないだなんて変な話だ。
「……」
「他にそうできない理由でもあるんですか?」
そう聞いてみると、彼女は目を見開いて、ロイを見下ろして言った。
「それは……でもロイは、わたくしに先に愛していると言っていませんわ、わたくし利用しませんのに」
……????
ロイはしばらく考えてもその意味が分からなかった。なんせ好きだと伝えているし、きちんと好意も示しているつもりだ。首をかしげると、リディアは酔いからか、羞恥からか少しだけ赤くなっていた。
「愛しているは、望むことなんですのよ」
……つまり私に、貴方様を望めと……。
そう考えてハッとした。意味は一応理解できた気がする。
「……喋り過ぎましたわ。ロイ、酔っぱらいの戯言ですわ。聞き流してくださいませ」
しかし一瞬考えただけで、次の瞬間にはリディアはふいっと顔を逸らして立ち上がりベットに上がっていく。布団に入るリディアにロイは声をかけられずに部屋を出た。
様々な思いがせめぎ合っていて、それから自室に戻っても眠れなかった。望めと言われてから、色々な形の彼女に対する欲求を思い浮かべたが、どれも実現しようという気が出ない。
それは、もしかすると自分自身の問題があるのかもしれないと思う、引っかかるのは家族という物についてだ。
リディアに夫婦になってほしいという願いは突き通すことが出来た。しかし、それ以上をロイはどうするのが正解かわからない。
おのずと正しいと思えなくて彼女に望めない。それがリディアにとって愛していると言っていないのと同意義であるならば、できるようにしなければ、と思う。
しかし、彼女は酔っている様子だったし、それほど思い悩んでいない可能性もあり、それを真に受けて、オーガストのように事をせいで嫌われるようなことはしたくない。
考えれば考えるほど難しい問題だった。
これにて友人編完結です。楽しく読んでいただけたでしょうか?
少々休憩をはさみましてロイ編に進みます。今しばらくお待ちください。




