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「さあ、皆待ってるわ。エイミー、また会いましょう」
「うん。またね。リディア、ロイ」
彼女は夜に映える純白のドレスを翻して彼らの元へと戻る。
辺りはまだまだ暗く、夜が明けるまでにはしばらく時間がかかりそうだった。
しかし、エイミーが手を組んで目をつむると、騎士団を囲むように淡い光が生まれて次第に強くなっていく。
彼女一人が女神の力を使う所は、今までも何度も見たことがあるが、大規模な魔法は初めてだった。
エイミーを中心に光が強くなっていき、彼女は祈りのポーズをとったまま微動だにしていないのに、髪がさらさらと揺れてふわっと持ち上がる。
すると一層魔力の光が強くなり、瞬きの間に騎士団全員、跡形もなく消えていた。
庭園に残ったのは、彼らと開いた宴会の為のテーブルセットと開いた酒瓶だけだった。
……やはり、すさまじい力ですね。
消えた騎士団を思いながらロイは少し怖くなる。
エイミーの持つ力は、転移の術だ。
彼女は時空の女神の聖女で、魔力が続く限り、どこへでも何度でも、転移をすることが出来る。
それは彼女一人でも可能だし、大勢でも、物でもなんでも転移することが出来る。
そしてそれは、国内に留まらない。しかし、エイミー曰く一度訪れたことがある辺りでないと座標が定まらないらしい。
そしてその座標を定めることに失敗すると、意図しない場所に転移してしまい、リディアと出会った日のような事になる。
しかし大人になった今はそういう事も減り、国内ならばどの場所にもあの程度の騎士団ならば転移させることができるらしい。
それこそ彼女がこの国の防衛の要だと言われる所以だ。戦争になった時にどこから攻められても必ず迎え撃つことが出来るし、その力があるというだけで抑止力になる。
だからこそ彼女は常に管理され、魔法を使える状態でいるために自由に振る舞うことができない。
しかし本当にどうしようもなく追い詰められた時には、転移の術を使って教会を飛び出してリディアの元へと来ていた。
今回は随分と早い帰還になったが、オーガストがいれば第二王子として彼女を激務から少しは守ってくれるだろう。
なんだかんだと言ってエイミーの事を大切にしている様子だったし。
……それよりもあらかたの片づけをしておかなければならないですね。後は屋敷の備蓄の発注と使用人たちの為に休暇を調整しなければ。
ロイは、そう頭を切り替えて、最後の一仕事として片づけを始める使用人たちに続こうとした。
「皆、今日はわたくしの不手際で、無理をさせてしまったわね……怖い思いもさせて……」
しかし、騎士団が去った場所から動かずにリディアが言う。珍しく落ち込んでいる様子の声で、使用人たちもロイも止まって彼女を見た。
もし、謝罪をするならば、先ほどエイミーに彼女が言ったように、是非感謝をしてほしい、と使用人たちがリディアをどれほど慕っているか知っているロイは言おうと思った。
オーウェンの横暴から新しく入った侍女を守ったり、家族のいる者に家族手当を出してやったり、色々と配慮しているリディアを屋敷の皆は好いていた。
そんな彼女が多少の無茶をお願いしてきたぐらいでは、誰も文句を言わない。
そう励まそうと思った。しかし、リディアは表情をくるりと一変させて、気丈な笑みを浮かべて拳を握った。
「その分、今日の宴会代は第二王子あてにきちんと請求しますわ!! 名前もきちんと呼ばせたし覚えがないとは言わせませんのよ~!! 皆もボーナス楽しみにしておいて!!」
彼女のたくましい言葉に全員が唖然としてそれから、くすくす笑って侍女たちが声をかけた。
「流石です~!! お嬢様!」
「期待しています!!」
「頑張ってくださいねー!」
良い返事が返ってきてリディアは楽しそうに笑った。実際問題、王族はしょっちゅう城で大規模な舞踏会を主催しているのだ。宴会代ぐらい安いものだろう。
それにリディアが失敗するとも思えなかったので、ロイも「楽しみにしてまーす」と適当に言って、外に置いておいてはまずいものだけ片付けて、リディアと部屋へと戻った。
そのころには日が昇ってきていて、疲れ切ったクラウディー伯爵邸の人間はすっかり眠ってしまい、静かな朝を迎えたのだった。




