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彼のすぐそばには、あの時に彼の意思をすぐにくみ取って発言をした、エメラインというできる女性騎士が控えていた。
彼女はリディアにとってのロイと同じようなものなのだろう。つまりは腹心というやつだ。
……彼女がいなければ、オーガスト王子殿下に謝罪の一つもさせられたというのに……。
リディアは、いまだに突然やってきて剣を差し向けた彼の事を許してはいなかった。
この場を使って、うまくエイミーと和解させて、ついでに王子の信頼まで得てやると闘志をめらめらと燃やしていたが、ぐっと腕を強く惹かれて、半ば抱き着かれるような姿勢になってしまい、リディアは突然の事に間抜けな声をあげそうになった。
……この期に及んで、まだお酒なんか飲みたくないなんていうのではありませんわよね?
リディアはエイミーに若干、呆れた気持ちになって振り向くと、彼女はとても気難しそうな顔をしていて、リディアに見せる子供っぽい雰囲気は感じなかった。
あどけない彼女の顔は不機嫌に歪められ、世の中のすべてを煩わしく思っているような憂鬱さを醸し出していて、なにか過去に壮大なトラウマのある少女のようだった。
「……」
……こんな顔も、社交界での儀式のときに傍から見たことはありましたわね。
リディアとエイミーの関係は公にしていないし、身分差もある。
なので、よそで見るときはいつだって儀式の壇上の上にいる遠い彼女を眺めるだけだった。
だからこそ普段の彼女の行動はわからない。リディアはてっきり皆に対してずけずけと物を言ったり、ゼロ距離で抱き着いたりするのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
彼女が硬い表情をしているのを見てから、ソファーからこちらを見ていたオーガストに視線を移す。
すると、彼は「どうかしたか」と不愛想に言った。
「いえ、お待たせしましたわ。……あら、貴方は飲まれないんですの? ハンブリング公爵家とも共同事業をしているので大変良い酒を用意できてますわ」
「結構、護衛の任務中ですので、お気になさらず」
「……護衛……ですの?」
「はい」
すぐそばについて立っているし、きっとオーガストの護衛なのだろう。
騎士団である前に彼の護衛として雇われているらしい。普段は騎士団として任務をこなしそれ以外でもプライベートな護衛業もこなすとはなかなかのハードスケジュールだ。
そんな仕事をこなしている彼女だが、鎧を外したその姿はこれまた美しいきりりとした顔つきの女性である。
こんな女性が彼を守るのかと唖然としてオーガストにやっぱり視線を向ければ「どうかしたか」と彼は不愛想にまた言った。
「いえ、別に。ロイ、わたくしたちにもオーガスト王子殿下と同じものを」
彼の鋭い視線に首をかしげながらもロイに声をかけた。
忙しく給仕をしていた彼だったが、リディアが出てくるとすぐにリディアの元へとやってきて要求に元気に「はいっ」と答えた。
その様子を見て、リディアはそのつもりだろうとわかっていたがロイに一応言った。
「ねぇ、ロイ。わたくし以外の人間の世話を焼かないでくださる? お願いよ」
「はい……? わかりました」
リディアとしては気が散るからそう言ったつもりだったが、ロイは少し驚いて、それからちょっとだけいつもより嬉しそうに、お酒の準備をしたのだった。
オーガストが飲んでいたのは父の秘蔵のヴィンテージワインだ。
それを彼は少し口をつけただけで、あまり進んでいない様子だったが、グラスが届いてリディアたちの分も注がれると、共に酒に口をつけた。
それからリディアの腕にしがみついて、まったくはなさないエイミーに視線を向ける。
彼は頑なに目を合わせないし話もしないエイミーに、眉間の皺を濃くしていく。
「……」
「……」
彼らはお互いに対話という物をする気がないらしく、こんなことではオーガストはエイミーに恐れられて当然だし、エイミーは彼の事を知れるはずもない。
「一つ伺うけれど、エメライン様、この二人いつもこうですの?」
リディアは少し考えて、エメラインに話を振った。
彼女は自分に話を振られるとは思っていなかった様子で、少し驚いてから、腑に落ちない様子のままリディアの問いに答えた。
「……そう、ですね。エイミー様は基本的に、神職者以外とは言葉を交わしませんので」
……??
「それに、オーガスト殿下も男性にすら怖がられるような風貌をしていますから必要に迫られたとき以外は、交流していない……と思います」
言われてオーガストに視線を向けてみると、たしかに明るい場所で見たら、顔に大きな傷もあるし、まだ若いのに無駄に貫禄があって眼光が鋭い。
エイミーはプライドが高いが決して豪胆というわけではない。繊細なところもそれなりにあるし、心の耐久値は普通の女性ぐらいだろう。
いや、もしかすると普通の女性よりもずっと傷つきやすいかもしれない。
……神職者以外と話をしないってそれは、エイミーが聖女ゆえに、というより、普通に……。
「エイミー、貴方それ人見知りっていうのよ?」
リディアはあんまりに友人が子供っぽくて呆れた声でそういった。
すると彼女はリディアに向けては頬を膨らまして「違いますっ!」と声を大にして言うのに、オーガストに視線を向けるとまた気難しい顔で黙りこんだ。
「何が違いますの。聖女である前に貴方、一介の貴族ですのよ、だからこそ聖職者のように完全に女神の教えに従って断酒する必要もなく、結婚だってできるのに……親とは話をするのでしょう?」
たしなめるように聞きつつ、リディアはこちらに注目している騎士団の驚いた様子を観察した。
彼らは本当にエイミーが喋ったぞ、という感じで驚いている。
まったく言葉を発さないまま、聖女の仕事をしていたというのならば、エメラインがリディアを通して話をすれば今後の仕事もスムーズになるかもしれないと提案したのも間違っていないかもしれない。
それにこうして鎧を外していると、案外みんな普通の貴族らしい人たちばかりで威圧感もない。
もしかすると社交界で交流したことがある人も混じっているかもしれない。
そう思うほどにリディアにとっては慣れた人々だ。
コクリとうなずく彼女に、やっぱりただの人見知りかとリディアはため息をついた。
きっと周りに彼女に文句を言える人間がいないのだろう。リディアだって本当はエイミーに指示などできる身分ではないが、相手の為を想って言う説教に身分は関係ないだろう。
「……」
さてなんと説得しようかと考えていると、エイミーはリディアの呆れた顔を見て、渋々お酒に手を伸ばして、ゆっくりとグラスを傾けた。




