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リディアはエイミーの両肩に手を添えて怯えた目をしている彼女に、できる限り優しい顔をして話しかけた。
「いいこと、エイミー。今日この場だけ、わたくしは貴方の友人としての立場を主張できますわ。しかし、これ以降は王都に住んでいないわたくしは貴方の味方になれることは少ないですの。……だから、わたくしという名の盾がいるうちに自分の言いたいことをきちんと伝えて、オーガスト王子殿下と親交を深めるのですわ」
彼女はとてもオーガストを怖がっている様子だったが、これから王都に戻ればまた彼との生活が待っている。
しかし言いたいことも言えない間柄では、うっぷんはたまるし逃げ出したくなってしまう。
王室に入ったのだから今までの聖女という立場だけでなく、王族としての責務も伴ってそう簡単には息抜きもできない。
だからこそ自分が信じて結婚したからこそ、向き合うことが大事だ。たしかにオーガストはリディアから見ても食えない相手だ。
そう簡単に屈服させられないだろうが、エイミーだってやればできるはずだ。
なんせリディアの友人なのだし、彼女は、国の防衛の要だからと課せられる責務にきちんと応えていて社交界に参加すると、彼女への賞賛を耳にすることがある。
信じて彼女の事を見た。すでに夜遅く、こんな時間にはぐっすりと眠るのが肌にも頭にも良いのだが、彼らは、今日中にエイミーを連れ帰るということに固執している。
今この屋敷に留めておけるのは二、三時間といったところではないだろうか。
「わ、わかってますっ、わかってますし、私を誰だと思ってるんですか! 聖女ですよ、リディア!」
「その意気ですわ。さあ行きますわよ!」
「ちょ、っと、その前に!!」
彼女の手を取って庭園へと向かう廊下の扉を開けようとすると、エイミーはリディアを自分の方へと引き戻して止めた。
せっかくいい感じにまとまったのになんだもうとリディアが、彼女に視線を向けると、彼女はすぐに窓の外にすでに見える騎士団の人たちに指さした。
「なんでわざわざ私が嫌いなお酒を振る舞ったんですか!! 嫌がらせなの?!」
彼女は聖女らしい美しい純白のドレスを揺らして憤慨し、彼らをものすごい形相でにらみつけた。
窓の外には大忙しで騎士の人たちに給仕をしているロイの姿が見えて、リディアは自分以外に給仕しているロイの姿を見て、なんだか腑に落ちない気持ちになったが、それは置いておいて、興奮した様子のエイミーに言う。
「……そんなことする意味がないですわ。それに、貴方たち夫婦の問題を解決したいわたくしが引き留めるんですもの、彼らに楽しく過ごしてもらう最善の手段を選んだまでですのよ」
それに、本来、王子を接待するのであれば本邸の一番大きなホールを使って最高級のもてなしをする必要がある。
しかしそんなものはすぐには用意できないし、彼らも王都から馬で此処まで駆けてきてそんな格式ばった夜会には参加できる状況ではない。
必然的に庭園にテーブルセットを運んできて、ガーデンパーティーをする要領で宴会を開くことになったのだ。
これなら、気軽な雰囲気にもなるし、田舎なので有り余っている庭をふんだんに使うことが出来る。
料理は適当に保存が利くものをつまみに出してあり、リディアが騎士団と対話に向かった時からすでに料理人に注文していた軽いつまみが続々と到着している。
騎士団の彼らはまんざらでもない様子で、酒を楽しんでいて中には顔を赤くして酔っぱらっている物もいた。
それを見て顔を顰めるエイミーにリディアは、励ますように彼女の手を引いた。
「大丈夫よ。エイミー。たしかに貴方には忌避したくなるような出来事があった。けれどその記憶だけにとらわれて、物事を楽しめなくなるのはつまらないですわ」
「……リディアにもそういう事は、ありましたか?」
歩きながら扉を開ける。すでに機嫌よく酔っぱらい始めた気の良い騎士団の大人たちがドレスを纏った二人の少女の入場に指笛を吹いて歓迎した。
お酒は貴族の間でもコミュニケーションツールとして使われている。お酒を飲みながらの商談、カードゲームのお供にもお酒、相手を酔わせて気分を良くして主張を通すのなんて当たり前の事だ。
もちろん、無理に周りに合わせ無くてもいいが、お酒そのものを嫌悪していたら日々の生活が憂鬱になってしまうのは事実だ。
そんな日々を送ってほしくはないのでリディアは明るく言った。
「ありましたわよ。……でもね、たかが酒の席での戯言ですもの。わたくしは水に……いいえ、酒に流してやりましたわ!!」
「え、ん???」
「だから貴方も子供みたいに怯えてないで、さっさとお酒ぐらい飲んでみなさい飲まず嫌いは見苦しいですわ~!!」
言いながらもずんずん歩いた。エイミーと手をつないで、オーガストの為にだけ用意した上等なソファーとテーブルの置いてある場所へと向かう。
噴水のすぐそばにいくつものランタンが置かれて辺りは夜だと思えないほどに照らされている。
庭園で摘まれた花たちがテーブルに飾られていて、オーガストの周りは無駄に華やかだった。




