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違和感に首をかしげていると、急いだ様子の足音が聞こえてきて自室の扉へと視線を移した。
同時にノックの音がして、入室の許可をすると部屋付きの侍女が焦った様子でリディアの元へとやってきた。
「お話し中申し訳ありません、リディア様、ロイ様。本邸の方に、リディア様のご友人だと名乗られる方がいらっしゃっています」
「!」
「ご応対のほどお願いいたします」
「わかったわ」
侍女は膝をついて座っているリディアよりも目線が高くならないようにしつつ丁寧にそう言った。
厄介事を持ってくるな、と怒られるのではないかと怯えている様子だったが、そんなことはない。リディアの頭の中にはとある一人の人物が思い浮かんでいた。
今まで両親にも内緒で付き合いを持っていた人なので、本邸の方の使用人に知られてしまったのは厄介だが、久しぶりの来訪にリディアは少しだけわくわくした。
「……エイミー様でしょうか?」
「多分ね! お父さまやお母さまがいない間、楽しい時間を過ごせそうですわ」
「はい、そうですね」
言いながら急いでヨモギオセンベイを口に詰め込んでごくごくと紅茶で飲みこみ、リディアは席を立った。
先ほどまでの甘酸っぱい雰囲気など消し飛んで、いつものやる気をめきめき出すリディアにロイは苦笑して、彼女の後をついていった。
本邸の方へと向かうと、勝手に屋敷の中に入れるわけにはいかなかったらしく、庭園でお茶をしている彼女の姿を見つけた。
声を掛けると彼女はくるりとすぐにこちらを向いて、ぱっと明るい表情をした。
「リディア!」
特徴的な艶のある赤毛をなびかせて聖女エイミーは、思い切りリディアに抱き着いた。
「っ、」
彼女は成人した立派な女性貴族であり、聖女らしい格式高い純白の美しいドレスを着ている。つまりはとても質量があり、子供のころのように飛びつかれては流石のリディアでも受け止められない。
「リディアお嬢様っ」
咄嗟に、後ろからついてきたロイが助太刀に入ろうとしたが、こんなことで折れる様なリディアではない。
魔法を使ってふわりと彼女の体を浮かせて衝撃を抑える。浮いてどこまでも飛んでいってしまわないようにぐっと抱きしめた。
「まったく、どうして貴方は聖女なのにそんなにおてんばなんですの?! 立派はレディーになったんですから少しは大人しくしてくださいませ!」
「あははっ、久しぶりのリディアだ。ずっと会いたかったんです」
「人の話を聞いていますの? はぁ、困った人ね」
「……相変わらずのご様子ですね」
「変わらなさすぎよ。もう子供じゃないんですから」
ロイが後ろからリディアに声をかけて「まぁまぁ」と優しく宥めた。
そんなリディアとロイのやり取りなどお構いなしにエイミーはリディアからぱっと離れて、今度は「ロイ!」と元気にロイの方へと視線を向ける。
「っ……」
その仕草にまさか子供の時のようにロイにまでとびかかって抱き着くのかと警戒したが、彼女はばっと両手を広げてからカチッと硬直した。
そのあとにすっと手を下げて、悲しそうに「久しぶりです」と手を差し出す。
「お久しぶりです。エイミー様……見違えるほど美しく成長されましたね」
「えへへ、ありがとう。ロイもとてもかっこよくなってます!」
「いえいえ、そんなことありませんよ」
「謙遜しないでくださいって、モテモテなんじゃないですか?」
「それを言ったらエイミー様こそ」
彼らはとっても朗らかな様子でお互いを褒め合って、リディアはその会話に参加せずにエイミーを見た。
彼女は変わったのは外見だけで、中身はまったく大人になっていないのかと思ったがロイに対する対応を見る限り、そういうわけではないらしく、一応、女の子としてわきまえてはいるらしかった。
あの天真爛漫で聞き分けのないエイミーがである。
時の流れとは様々なものを変化させるのだなと、リディアは壮大なことを考えたが、いつまでも本邸の前にいるわけにもいかない。
お互いの変わったところを褒め合っている彼らの会話をぶった切り、リディアは「来たんだったらさっさとわたくしの屋敷に案内しますわ」と言って彼らを連れて自分の屋敷の方へと戻るのだった。




