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ハンブリング公爵は約束をしていた時間通りに応接室に現れず、リディアは待ちぼうけを喰らった。
三十分ほどして現れたと思ったら、仏頂面を極めたような顔をしていて、態度からして威圧感が感じられるし、昨日リディアが言ったことはまったくもって響いている様子はない。
ディアドリーも変わらず怯えているようだった。
エルトンに散々言われて仕方なくやってきた様子の彼は、リディアに変わらず鋭い視線を送っていた。
その瞳を挑発的にリディアは見返して、リディアとハンブリング公爵はにらみ合いながら時間を過ごして会合を始めてから五分ほど無言の時間が続いた。
そうすると、ハンブリング公爵の方が先に、口を開いて視線を外す。ひねくれ者らしい嫌味な声だった。
「新しい酒の話はエルトンとすればいい。わしのようなおいぼれは邪魔であろう。勝手に新しい物でもなんでも作れ。昔のやり方を忘れて後悔してもわしは知らんぞ」
……そんな話、昨日はまったくしていなかったはずですのに。
リディアはまた妙な方向に被害妄想を働かせて、見放したようなことを言うハンブリング公爵にため息が出そうだった。しかし、ぐっとこらえて、彼の言い分を聞く。
昨日の今日で考え直しているのならリディアだって強硬策に出たりしない。
「このわしを呼び出して、其方はいったい何様のつもりだ。こんな事業はハンブリング公爵家の名前を使ってやるのではないぞ、わしが許さん」
「……父上、我々とマグワートの唯一の生産力を持っているクラウディー伯爵家は対等です、お互いに利があるからとこの話を受け入れたのは父上ではないですか」
「フンッ、だから何だ。わしは若者がわしをなめてかかってくるのが気に食わん。なんでも好きにやればいいだろう、それで失敗でもなんでもすればいい」
…………。
リディアは堪えることも、できることにはできたが嫌味すぎて、流石にカチンと来て、考えていたよりもずっと早いタイミングで、口火を切った。
「はぁ、うるさいご老体ね。お話になりませんわ」
「なんじゃと!」
「お話にならないといいましたの!」
リディアの言葉に反応して声を大にして言うハンブリング公爵に、同じだけの声量で返した。
怒鳴った分だけ怒鳴り返されるだなんて考えていなかったハンブリング公爵は、リディアの令嬢らしからぬ大きな声に若干たじろいだ。
がしかし、すぐにカッと目を見開いて興奮した獣のように怒りをあらわにした。
「やはり、わしを馬鹿にしておったのか、この女!」
「逆にわたくしが尊敬できるようなことを公爵閣下はいつしましたのッ? こちらがきちんともてなしているのに、ひねた態度で台無しにする人間のどこを好きになれと~??」
首をひねって笑みを浮かべて、リディアはハンブリング公爵を煽りまくった。
「このっ~」
青筋を浮かべて顔を真っ赤にするハンブリング公爵にリディアは、さらに続けた。
「昔からの技術も功績も大変すばらしいのに、若者をこき下ろして自分のプライドの高さを守ろうとするのか意味が分かりませんわ。 いい加減にしてくださいませ。体の弱い女性にまでお酒を飲ませようとしたり見ていて気分が悪いですよ」
つらつらと罵るリディアに、エルトンとディアドリーは瞳を瞬いて、拳を握ってぶるぶると震えさせるハンブリング公爵の方へと視線を移した。
「も、もういい! 其方、このわしに暴言を吐いた事を後悔させてやる! ただでは済まさんからなッ」
怒気を含んだ声で言い放ち乱暴にソファーを立った。
それを制止するように後ろからエルトンが「父上」と同じように立ち上がって手を伸ばし、ディアドリーも「待ってください、お義父さま」と引きとめるように声をかける。
ずんずんと歩き出して、彼は応接室の扉を思い切り押した。
……たしかに後から権力を使って、クラウディー伯爵家に圧力をかけられたら厄介ですわ。
この様子だと相手にしない貴族も多そうですけれど、それ以前にとても立場あるお方ですもの。
ただ、それは従うものが大勢いる場だけでの話だ。
ガチャン、ガチャンッと扉を何度も押し開こうとするが、その扉はリディアの指示があるまで動かない。
「あら~。そう言えば会合が終わるまでの間、屋敷の模様替えをしているのでしたわ。何か大きな家具が置かれているのかもしれませんね。ほんの一時間程度の事だもの、大目に見てくださいね」
「そんなものっ」
リディアの言葉に、胸元から魔法道具を出してハンブリング公爵は起動しようと魔力を込めた。
しかし、リディアは、持っている風の魔法を使って、ふわりとその手にしている魔法道具を奪い取る。
「嫌ですわ。こんな場所で魔法を使って何もかも吹き飛ばすつもりですの? そんなことをしては領地侵略の罪になりますの。ほら、冷静になってくださいませ」
「こんなことをしてただで済むと思ってるのかッ! わしを誰だと思っている! 公爵だぞ!」
「知っていますよ。……さあ、席についてくださいませ。お仕事の話をしましょう」
彼はこの部屋に入った時からすでにリディアの掌の上なのだ。悪態をつくだけついて、文句を言うだけ言って逃げられるなんて、そんな都合の良い話があるわけない。