12
夕食の時間になり、ついにハンブリング公爵家の人間と挨拶することが出来た。
このルフィア村にやってきた貴族は三人。ハンブリング公爵であるブルーノ、跡継ぎのエルトン、その嫁であり先程出会ったディアドリーだ。
主に話をするのは爵位を持っていて一番高貴な身分のハンブリング公爵だ。
彼は眉間に深く皺を刻んで気難しい表情をしており、ずいぶんと貫禄がある。
年齢は成人した子供がいる程度なので、まだまだ老人というわけではないはずだが頭髪はすべて白く染まっている。
息子のエルトンの方は色素の薄い金髪をしているので、元からその色というわけではないだろう。
考えつつも食事をしながらリディアは朗らかな笑みを浮かべた。
「昼は畑の散策へと向かわれたと聞きましたわ。この村は、のどかで良い場所でしょう、ハンブリング公爵閣下」
「ああ、どこを見ても自然があふれておる。人工物が少ない田舎の土地ならではじゃな。わしの領地では見られん光景であろう」
「あら、嬉しい。わざわざこの土地まで来てもらった甲斐があったという物ね」
リディアはにっこり笑って、嫌味な言葉を適当に流した。わざわざ反応するまでもないご老体の戯言だ。
「まったくだ、こんなド田舎までやってきて実際に畑を見るなど、本来わしの仕事ではない。それもこれも、共同事業をいざ始めようというときにマグワートが不作でぐんと品質が落ちるなどというデタラメを真に受けた其方の責任だぞ」
にこりともしないハンブリング公爵はじっとりと嫌味を含んだ声で息子を横目で見た。
「しかし、父上、たしかにクラウディー伯爵家からの流通量が減ったタイミングでの情報で父上も真実かもしれないと言っていたではありませんか」
「それは、其方が情報を精査せずにわしの元へと持ってきたからであろう」
「では、父上はすべて私が悪いと?」
「そうは言っていないだろう。まったく最近の若いやつはすぐに結論を求めたがる」
半ば馬鹿にしたような言葉を言うハンブリング公爵に、エルトンは何とか反抗しようと険しい顔のままマグワートのジェノベーゼソースのかかったバゲットを口に入れた。
彼の横に並んでいるディアドリーは重たい表情で親子の言い合いを聞いているだけだった。
エルトンが咀嚼を終えて、今まさにハンブリング公爵に食って掛かろうというときに、リディアはお気に入りのグレープジュースをロイに注いでもらってから、適当に口を開いた。
「実は流通量が減ったのは、品質が下がらないようにではなく、品質を上げるためであったという事はご存じかしら」
リディアがそう告げると、言い合いを続けようとしていた二人は、リディアに視線を移し、そのまま続けた。
「毎年、安定して収穫できているとはいえ、農作物ですから不作の年が出てきてしまうのは仕方がない事。……作ったら作った分だけ売り払い、その売り上げを使ってまた作る。それだけのサイクルをしているだけでは、価格の調整やブランド力を作ることは出来ませんの」
あたかも始めからこの話をしようと考えていたかのようにリディアは毅然とした態度で続けた。
「流出量を減らして、需要に対する丁度いい供給の量を見つける。利益の出る価格帯、そして何より不測の事態に対応できるだけのたくわえを得て、より安定的に供給できるように努める……それがわたくしたちのプライドですわ。そういう点においては、ハンブリング公爵閣下もご理解があると考えていますのよ」
実際に流通量を減らしたのは、長期的に見てそういう段階だったからだ。
それをオーウェンを使って情報を得た、彼の友人のうちの誰かが、クラウディー伯爵家の信用を落とすために妨害を仕込んだ。
たしかに説得力のある情報だっただろう。
しかし、そんなことをしても所詮は嘘だ。こうして実際に問題ないと証明できる問題なので致命的な情報流出とは言えなかっただろう。
「……」
リディアの最後の言葉にハンブリング公爵は眉をピクリと動かし反応した。
それからエルトンを罵るのはやめ、ふんと鼻を鳴らして、リディアを鋭い視線で見つめた。
「わかったようなことを言うではないか、伯爵令嬢。最近の若者は本当に年上に対する敬意というものを知らぬのか。……酒の味も知らない小娘とわしを同じ宴会の席に座らせるなど、クラウディー伯爵も腑抜けたな」
「父上、あまり失礼なことは……」
「失礼なことがあるか、わしは見ただけで分かったぞ。其方の口にしている物は酒ではない。そんなものでわしが騙されるとでも思ったのか?」
……騙すつもりはないんだけれど、わかる人にはわかるものですね。
まあ、そういう事もあるのだろう。
酒造業の中でも、おもに蒸留酒を作ることを生業にしているハンブリング公爵家の人間だ。
国外にも輸出するだけの生産量を誇り、ウィスキーといえばハンブリング産が一番に出てくる。
……それにしても、気性が荒すぎると言いますか、誰にでもハンブリング公爵はこう尖った方なのかしら。
「其方の娶った娘も、わしの事を馬鹿にしているとしか思えん。我が家の酒に一口も口をつけず、何がハンブリング公爵家の女か。くだらん」
引っ込みがつかなくなったのか、もしくは日頃のうっぷんがたまっていたからなのか、ハンブリング公爵の怒りはディアドリーにまで飛び火して、静かに食事をしていた彼女はフォークを置いて視線を伏せた。
「わしの事を馬鹿にしておるのだろう。妻を亡くしたわしにさっさと現役を退かせてハンブリング公爵家を乗っ取るつもりじゃな。歴史のある蒸留技術を他領に売るのだろう!」
「父上、ディアドリーがアルコールを飲めないのはただの体質だとあれほど!」
「其方もあの娘の味方をするのか、この裏切り者め。よくもわしの息子をたぶらかしてくれたなこの売女め」
「父上!」
ものすごい方向にヒートアップしていく彼らを横目に、リディアは食事を続けていた。
ちらりとロイに視線を送ると彼はピンときた様子で、給仕をしている侍女に声をかけた。