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ハンブリング公爵が屋敷に戻ってから、使いを出しハンブリング公爵家の使用人に彼女を迎えに来てもらった。
ディアドリーを迎えに来たのはきちんと彼女の事を考えている侍女であり、その侍女はしきりに出血を気にし、体を冷やさないようにと上着を何枚もディアドリーに重ねて帰っていった。
……普段から神経質な侍女というわけではないのでしょうね。
リディアは彼女たちのやり取りを見て、持っていた違和感に理由を見つけることが出来た。
それから夕食の時間までに畑の方へと向かって、村の総括をしているダンカンという男と面会をした。
「お嬢様、いやぁ、いつぶりですかね。こんなに立派なレディになられて!」
遠い親戚のような事をいうダンカンは優しげに顔をほころばせていて、リディアも懐かしい彼にいつもよりも自然と笑みを深めて返した。
「貴方も見ない間に随分と貫禄がでたわね。とてもそれらしく見えますわ」
「いやぁ、お恥ずかしい。貫禄というか腹の肉がついただけでさぁ」
前に会った時には舐められそうな若い男性だったのに、今ではダンカンは鍛え上げられた肉体に、外仕事で焼かれた小麦色の肌がたくましい貫禄ある男性だ。
確か恰幅もあるが不健康というほどではない。こちらに来るたびに遊んでくれた彼がきちんと村長を務められている様子で安心できた。
「そんなことありませんわ。ダンカン、貴方に惚れたという女性が現れる日も近いわね」
そんな風に彼を誉めるととても気恥ずかしそうにダンカンは首元に手をやって「ありがとうございます」と口にした。
そしてそのあたりで久しぶりの再会の会話を終えて、リディアは彼に手紙で頼んでいたことを確認するのだった。
「それで、マグワートの魔草の実験は、ある程度進んでますの?」
「はい、そりゃぁもちろん。お嬢様の頼みですから……ルシンダ。研究結果のまとめを持ってきてくれ」
「は、はい!」
新しく入ったばかりなのか、若い女性が慌てて役場の応接室を出て書類を手に持って戻ってくる。それを丁寧にロイが受け取りリディアに受け渡した。
「ただなぁ、研究は進めたが結果は期待してたのと違う方向になっちまったらしい」
気まずそうに言う彼に、リディアは意外に思った。
マグワートは皮膚病にも風邪にも効果があると言われている人に対して有用なハーブのはずだ。それが魔草となった途端に別の一面を見せるだなんて。
……あら、それはそれでとっても面白いわね。
「良いのよ、予想した事実しか知れないなんて、研究する意味がないのと同義だわ。予想外の事実があった方がずっと価値がある」
「はぁ~、さすがお嬢様、俺らにはまったく想像もつかねぇ言葉でさぁ」
意図せずリディアが喜んでいる様子にダンカンは大事な領主のお嬢様が満足したならそれでいいかと楽観的に捉えた。
「それから、そこのルシンダ! 少しお願いがあるの、わたくしの使用人ではなくこの村の人間に頼みたい事がありますの」
「は、はい! なんなりと!」
ダンカンのそばで自分の役目は終わったとぼうっとしていたルシンダは、リディアに声をかけられて驚きから普段より大きな声で返事をした。
領主のお嬢様のリディアは、今日も何か企んでいる様子で、その傍らには側近のロイがニコニコしながら突っ立っていた。
しかし、新婚旅行で来たらしいのだから新郎にかまってやらなければならないだろうに、この場にもいない新郎は、リディアについていけるのだろうかとダンカンは少し心配に思ったのだった。