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大丈夫大丈夫私は絶対大丈夫…。

 ニッポンはどこにあるのだろうと、ときどき思う。

 前から不思議だった。文化も文明も全然違うのに、こことは全く異なる場所なのに、フレアー王国とニッポンは共通点だらけだ。

 太陽がある。月がある。一日が二十四時間で、一メートルが百センチ。好きな人にはキスをして、謝るときには頭を下げる。鳥は空を飛び犬はワンと鳴く。おんなじことだらけだ。

 ひょっとすると、フレアー王国とニッポンは、不思議な相関関係にあるのかもしれない。謎の力で繋がっていて、お互いに干渉しあっているのかもしれない。隠されている世界の真実。でもそんな壮大で神秘的な謎を解く役は、きっと私じゃない。特別に選ばれた人間、聖女とかそういうたぐいの人の役目だ。私みたいな普通オンナじゃなく。

 ちなみに、同性愛者に対する風当たりの度合も、ニッポンとフレアー王国は似たような感じだ。そこはもっと違っててもよかったのにな、と思う。



 家族で食卓を囲む時間になった。

 居間に行く。映像投影魔法装置(通称ソーチ)が、芸人さんのショーを映している。ごはん食べるときは、いっつもみんなでソーチを見ながら食べる。

 そういやここらへんもニッポンと同じじゃんと、ふと気づく。実家にいるときのイトウミクも、家族でごはんを食べるときはテレビを見ていた。そうすれば、無理して話をせずに済む。

 親との会話がちょっと鬱陶しいのは、ニッポンとフレアー王国だけではなく、きっと全人類共通事項だろう。知らんけど。

 晩ごはんの献立は、生魚の切り身に甘いシロップかけたやつと、紫色のヌードルだった。まあ、さすがに何もかもニッポンと同じってわけじゃない。

 紫ヌードルをちゅるちゅる啜る。美味。デリシャス。ついに自分のラブストーリーが始まったという高揚感からか、普段のごはんよりおいしく感じられる。


「クミンちゃん、なんだかご機嫌ね。学校でいいことあった?」


 ママが聞いてくる。どうやら、うかれ気分が顔に出ていたらしい。「靴嗅いでる女がいたから脅迫したんだー」なんて、本当のことを言うわけもいかないので、えへへと笑ってごまかす。

 なんとなしにソーチに目をやる。ふと、踊劇を放送している時間じゃんと思い出す。


「パパ―。ソーチ別の映像にしていい?踊劇スペシャル見たいー。」

「いいけど、それ今日だったか?明日じゃないか?」

「ありゃ、そーだった。じゃ、いーや。このまんまで。」

「おー。しっかしさ、なんかこの芸人、最近よく見るよなあ。きゃーきゃー言われてるけど、どこがおもしろいんだよ、こいつ。」


 奇声を発する芸人さんを見ながら、パパがありきたりなことをブツクサ言う。


「顔がいいから人気あるんだよ、きっと。」


 私もパパに負けじと(ってわけでもないが)、恐ろしくありきたりなことを言う。ありきたりな会話は大事だ。リラックスできる。食卓に緊張感なんていらない。

 なのに、なんかママが、妙に緊張感漂う顔つきをしていた。言いたいことがあるけど、言おうかどうか迷っている。そんな表情だ。なんだっての。


「…クミンちゃんのクラスにも、こんなふうにカッコいい男の子、いる?」


 そしてママが、嫌な質問をぶっこんできた。なるほどね。そのことを聞くいいタイミングだと思ったわけね。


「わっかんないやー。女の子にしか興味ないし、私。」

「…ああ、ねえ。そうねえ…。」


 私が同性愛者ってことは、すでに両親には伝えてある。

 聞かされたママは、一見理解ある素振りをしたけど、どうやら本心では納得していないらしい。若者特有の気の迷いであれ。そう願っているらしい。だからときどき、こうやって探りを入れてくる。

 パパが急に、どこがおもしろいのか不明な芸人さんを、食い入るように凝視し始めた。「俺は彼の演芸に夢中です、だから他には何にも聞こえません」、って言うみたいに。早くこの話題終われと願っているのだろう。彼は、こういう空気が苦手なのだ。家族間の深刻な話ってやつが。

 パパはどうも、「俺って家族とか父親とか向いてないんだよな」と思いつつ、父親をやっている節がある。イトウミクの記憶がなかったら、たぶん私は、この人のことが大嫌いだったろう。でも「あたし働くの向いてないかも」と愚痴っていた前世の記憶のおかげで、しょうがないよねと思えている。


 結局そのあとは無言でそそくさとごはんを食べ、自分の部屋へ引き上げた。


 学校帰りの華やいだ気分は、すっかり消え去っていた。メガネを外してベッドに横たわる。布団をひっかぶって目を閉じる。

 親が嫌いってわけじゃない。感謝してるし、愛してもいる。でもどうしようもなく、壁を感じてしまうときがある。私はひとりぼっちだ、学校でも、家でも。そう痛感するときがある。

 イトウミクに会いたい。ときどき思う。私を理解してくれるのは、きっとイトウミクだけだ。思ってから、あわてて打ち消す。「うそ、うそ。」と、わざわざ声に出して言う。理解者は前世の自分だけなんて、あまりにもみじめじゃないか。

 それから、布団をかぶっているうちに眠たくなり、少し寝た。



 今日の夢のイトウミクは、三十四歳だった。トラックに轢かれて死ぬちょっと前だ。

 三十四歳のイトウミクは、埼玉県の、特急も準急も止まらないような町に住んでいた。自転車でニ十分の工場で、カップラーメンの容器を作るパート労働をしていた。給料は、家賃と税金を払うとほとんど手元に残らなかった。休日に古本を一冊買って、それを丹念に読むのが一番の楽しみだった。

 友達も恋人もいない。でもそれは自分で選択した道だ。だから、不満なんてないはずだった。それなのに、夜ベッドに入って目を閉じると、暴力的なまでの不安に襲われた。不安で胸がふさがれるようだった。怖い、怖い、毎晩そうつぶやきながら眠った。

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 でも、何が?一体何を恐れている?社会?将来?老後?病気?貯金残高?そういったもの何もかも?

 いや、違う。確かにそうではあるけれど、問題の本質はもっと、根源的なものだ。

 本当は怖いんじゃない。

 イトウミクが真夜中に感じていたのは、本当は「怖い」じゃなく、「寂しい」だ。



 目を覚ます。

 自分が泣いていることに気付く。それから、顔を触って、自分が自分であることを確認する。自分がクミン・ナイアローズであることを確認する。よかった。私は私だ。イトウミクじゃない。

 イトウミクの人生が冴えなくてよかった。

 じゃないと私は、帰りたいと思っていたかもしれない。

 イトウミクの人生が充実したものであれば、「ニッポンに帰りたい」と日々願って暮らしていたかもしれない。今の自分の人生は偽物だ、夢の中の私が本物なのだ。きっとそんな風に思っていた。だから、彼女が泣いて眠るような人生で本当によかった。

 私はイトウミクとは違う。希望なんてどこを見渡しても一個もない、人生しくじったような女とは別の人間だ。大丈夫。私はイトウミクと違って、新たな一歩踏み出したんだ。これから何もかもうまくいく。ラブストーリーが始まる。そうに決まっている。

 それなのに、夢の中の小汚いアパートに郷愁を覚えるのは、一体なぜだろう。あの場所を思い出すたび「帰りたい」と胸がうずくのは、一体どういうことなのだろう。



 翌日、闘幻の授業にケイ・バンクスの姿はなかった。学校を休んだようだった。

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