恋やぶれて(仮)
二人で先生のところに行き、ペアでの大会エントリーを申請した。
受理されたあと、ドッペルの変身を解いた。
それから挨拶もせずに別れた。
先生と話すとき以外、ずっと無言だった。何を言ったらいいかわからなかった。
そりゃそうだろう。ただでさえコミュニケーションへたくそなのに、状況が特殊過ぎなのだ。靴を嗅いでいた女と、それをネタに脅迫した女(靴の持ち主)。このいびつな関係性で気さくに話すことなど、フレンドリーの代名詞であるミッキーマウスでも不可能だろう。まあそもそもミッキーは、靴嗅いだ嗅がれたって状況に陥らないだろうけど。
ケイが、何を考えていたかはわからない。
明日はちゃんと話せたらいいなと思う。
せっかく欲望丸出しのお願いをあきらめ、無難で穏当なお願いにしたのだから。
ペアになってくれ、というお願いは本心からのものだ。
本心だけど、でも正直、普通に「脅してエロいことしたろかな」という気持ちもあった。
ていうか、ギリギリまでどっちを言うか迷っていた。
最低なのは承知の上だ。だけどそれは、まぎれもない本音なのだ。女の子同士でエッチする。それこそが私の長年の夢なのだから。
私の夢であり、イトウミクの願いだった。
妄想の中でしか性行為したことのない我々(私とイトウミク)の、前世から続く宿願だった。
イトウミクは、人生で一度だけ告白をしたことがある。
ちょうど今の私と同じ、十六歳の頃の話だ。高校一年生、青春まっさかりの時の話だ。
相手は、クラスメイトのハヤミさん。明るくて気さくで誰にでも優しくて、隣の席というだけでイトウミクにも話しかけてくれた。
ほとんどの同級生から無視されているイトウミクは、あっさりハヤミさんに恋をした。まあ、簡単な女である。いくら孤独だったからって、話しかけられただけで惚れるなんて、ずいぶんチョロい。きっと優しさに飢えていたんだろう。
当然ハヤミさんは、男子にももてていた。私やイトウミクとは全く違う人種だった。ニッポン風に言えば、一軍女子。
なぜそんな高嶺の花に、告白なんてしてしまったのか。
それは、「ハヤミさんは同性愛者」という噂を聞いたからだ。
彼女は、どんな男に言い寄られても、けっしてお付き合いしなかった。ふられた連中の顔ぶれには、他の女子に人気のある男も含まれていた。そのうち、まことしやかに「ハヤミさんは女子にしか興味がない」という噂が流れるようになった。
その噂を小耳にはさんだとき、イトウミクは色めき立った。
たまたま好きになった娘が、同性愛者かもしれない。こんな幸運はない。そう思った。神の思し召しだとすら感じた。これは運命だ、このチャンスを逃したら私は一生後悔する。そのように思い込み、告白を決意するに至ったのだ。
それに、例えふられるにしても、ハヤミさんなら馬鹿にしたりはしないだろう。私の告白を嘲笑したりはしないだろう。そんな算段もあった。
そして実行した。三学期の終業式の日に。
結果は、もちろん玉砕した。
ハヤミさんは、ふるときも優しく接してくれた。
悲しくてつい「ごめんね、女に告られるなんて気持ち悪かったよね」と自嘲したイトウミクに、「そんなことない、恋愛に性別は関係ないよ。女の子同士が恋するの、全然変じゃない」と断言してくれた。ああ、なんてお手本のような建前なんだろう、でもこんなふうに本気で胸張って建前を言えるところが好きなのだ、この人に告白して本当によかった。イトウミクはそんなことを思い、自分をふったハヤミさんに、逆に感謝したりもした。
その考えが見当違いであることを知ったのは、二年後の卒業式のときだ。
卒業式の放課後。イトウミクは、空き教室から学校の裏庭を眺めていた。その裏庭には桜が一本立っていて、花びらをひらひら舞い落としていた。告白にうってつけな素敵スポット。それを二階の窓からこっそり眺めていた。
ここで告白するベタなやつが、何人いるか数えてやろう。そう目論んでいたのだ。
そういう悪趣味なことをあえてやって、「自分は普通とは違う、特別な感性を持った人間なんだ」と悦に浸りたかったのである。その発想自体が、普通でありきたりで凡庸な考えだとは気付かずに。
しかし、意外と誰も来なかった。おそらくあまりにもベタなスポットすぎて、みんな敬遠したのだろう。まあ確かに、告白場所が他人とかち合ってしまったら、興ざめの感が否めない。
結果的に穴場となった桜の樹の下。
イトウミクは、ただ静かに、風に舞う花びらを眺めるだけだった。
これじゃあ単に、卒業式で桜見て感傷に浸っているやつだよ。ばかばかしいや、もう帰ろう。と思いかけたとき、ようやく、ベタを恐れぬ勇敢な告白者がやってきた。
大きなリボンを頭につけた、栗色の髪の女の子。
幼い顔立ちだが、同学年の子だ。廊下で何回か見たことがある。確か、アカサキとか呼ばれていた気がする。
イトウミクがそんなことを思っていると、やがて、待ち合わせ相手が現れた。
その姿を見て、イトウミクは息を呑んだ。
ハヤミさんだった。