表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

いじめっ娘が私の靴のにおい嗅いでた

 信じらんない。

 心の中で叫んだ。

 信じらんない。信じらんない。信じらんない。信じらんない。

 ケイが、私の靴のにおいを嗅いでいる。

 うっとりとした表情で。恍惚の表情で。


 それを見て私は、自分のほおが、ポッと赤らむのを感じた。


 いや、ポッじゃないだろ、私。キモいと思うべきところだろ、ここは。

 そうだ、目の前で行われているのは、あからさまな変態行為だ。怖気おぞけを振るうのが、本来取るべきリアクションなのだ。

 いやでも、だって。だってだってだって。そりゃあキモいはキモいよ?だけど私に変態行為するって、つまりそれ、私が好きってこと?好きだからいじめてきたってこと?だからその、なんというか、私と同じ同性愛者で、なおかつ私が好きっていう、そういう?そういうあれですの?え、そんなそんな、え、マジで?マジなのですか?信じらんないって、そんな、最高すぎる展開。私が女の子に好かれるなんて。ケイに好かれるなんて。信じらんない、え、なにこれ、夢?私の願望が生み出した夢なの?淫夢なの?いや淫夢ではないよ、靴を嗅がれる淫夢ってなんだよ!

 頭が混乱する。いろんな感情がぐちゃぐちゃに混じりあって、それでも…。

 それでも私は、今やるべきことを思い出した。

 ドッペルゲンガーの頭をポンと叩く。コピーをしろという合図だ。

 思っていた展開と違ったが、それでも計画は変更しない。犯行現場の記録を取り、彼女を脅迫する計画を、取りやめたりはしない。

 そうだ、私はこれで、ケイとの関係性を一変させるのだ。そして、冴えない学園生活を打ち破るのだ。

 だから私は、今から彼女を脅す。

 脅迫する。

 きっと私とおんなじ同性愛者で、わかんないけど、たぶん私のことが好きなケイを。私とおんなじように、冴えなくて性格悪くて嫌われ者で、本当はどこか仲間みたいに思っていたケイを。


「みっ!」


 ドッペルが、鳴いた。

 ケイの肩が、びくりと大きく跳ね上がった。

 引きつった顔で、こちらを振り返る。目が合う。


「ぁ、う……!」


 ケイが見ている前で、ドッペルがみるみるうちに、彼女そっくりに変身した。コピー成功。対象ケイ・バンクス。装備品は他人の靴。技はにおい嗅ぎ。

 手のひらサイズのケイが、靴嗅いでうっとりして、という動作を繰り返す。

 ケイが青ざめた顔で、私と、コピーされた小さな自分をみつめる。声も出ない、という様子だ。

 更衣室の中に入った。

 ドッペルを持ち上げ、ドアの横に置く。後ろ手で、ドアの鍵をかける。


「き…」

「そんなわけないじゃん!」


 こちらが何か言う間に、ケイが声を荒げた。大声で否定した。まだなんにも言ってないのに。


「はあ?はあ?そんわけないじゃん!違うし、これはあの、あの、あの、あれだし!じっ、自分の!自分の靴だと!自分の靴だって、思って!」


 いつものねちっこい口調ではなく、もつれるような早口で言う。まるで意味をなしていない言い訳を。指が白くなるくらい、私の靴を握りしめながら。

 支離滅裂な言い訳。だけど、私がひとこと「そうだったんだ」と言えば、きっとこの場は丸く収まるだろう。でも、そんなことはしない。しないと決めたのだ。


「だからこれは、だから…!」

「…着替えるから、そこどいて。」


 目を見ずに告げる。精いっぱい冷たく言い放ったつもりだけど、声が震えてしまったので迫力不足だ。それでもケイは、よろめくように後ろにのいた。

 開けっ放しになっているロッカーから、制服を取り出す。無言で、トレーニングウェアから制服に着替える。横で、ケイがやきもきしているのがわかる。

 着替え終わる。片っぽだけの靴を、床に放り投げるみたいに置く。もう片方はケイの手の中だ。手のひらを差し出し、「返して」というジェスチャーをする。ケイはそれに応じず、唇を噛んで、私の靴をひしと胸に抱きかかえている。まるで、それを渡せば何もかもおしまい、というみたいに。

 私はもぎ取るように、靴を彼女から奪い返した。

 大事そうに抱えていたわりに、ケイは意外とあっさり手放した。初めてだった。こんなふうに、他人に対して乱暴にふるまう私も。私に抵抗しないケイも。なんだか変な感じだ。

 靴を履き替える。ロッカーをパタンと閉じる。

 ロッカーに片手を突いたまま、その場に立ち尽くす。次のセリフを言うべきか、このに及んで迷っていた。自分のへたれっぷりがつくづく嫌になる。

 メガネを外して、ロッカーにおでこをぴたりと押し当てる。冷たい。


「……いっこ言うこと聞いてくれたら、ドッペルの変身、解くけど。」


 でこをロッカーに付けたまま、ついに言った。ケイの方を見ずに。やけくそみたいに。

 ケイの返答はない。沈黙している。

 聞こえなかったのかなと思った頃、


「…脅迫しようってわけ、あたしを。」


 ケイが、吐息のような小さな声で言った。

 セリフ自体は気丈な感じだったが、声は震えていた。

 ケイはそれきり、イエスともノーとも言わない。加えて何か、効果的な脅しの文句を吐かねば。そう思うのだけれど、何も思い浮かばない。

 同じ態勢のまま、結局ただただ黙り込む。お互い無言の時が過ぎる。おでこを押し当てたロッカーは、すっかりぬるくなっていた。


「……で?」

「え?」

「何をすればいいのよ、あたしは…。」


 感情を押し殺したような声で、ケイが聞いてきた。

 時、来たれり。

 私はケイに向き直り、そして、言った。ケイにやってほしいと思っていたことを。他人を脅迫してまで、果たしたかった欲望を。


「ペアになって。」

「……は?」

「闘幻で私とペアになって、大会に出てほしい…。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ