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だいきらいなアイツ

 また負けた。

 勝敗はあっという間についた。開始直後にドッペルは、相手と同じスライムの姿に変身した。手乗りサイズのスライムが猪サイズに勝てる道理もなく、上にのしかかられてあっさり終わった。いつも通りである。

 召喚術を使うとのどが渇く。試合を終えた私は、館内にある給水所に行った。

 給水所には、魔法で小さい滝が流れている。その滝の水を、手ですくって飲む。

 背後でドアが開き、誰かが入ってきた。きっとあいつだろう。無視して振り向かず、また手を滝に差し入れる。


「…うわぁおっ!」


 驚いて、でかい声を出してしまう。さっき入ってきたやつに背後に立たれ、両ひざをカクンとされたのだ。


「あははっ。うわーお、だってー。うけるぅー。」


 振り向く。やっぱりそうだ。さっき闘った、実力ワースト2のスライム使い。背が高くて髪が長い、目つきも悪けりゃ性格も悪い最悪女。

 ケイ・バンクス。

 隣のクラスのこいつは、なぜか私を見かけるたびに絡んでくる。

 きっと、自分より下の存在を欲しているんだろう。そう思える相手が私だけなのだろう。他の友達といるところ見たことないし。お互いに話し相手はお互いだけ、という状況だ。

 つまりこいつが、校内で私に話しかけてくる唯一の人間だ。

 だからって別に、嬉しいともありがたいとも思わない。むしろほっといてくれ、と思う。この女は、私が嫌がることしか言わないのだ。困る姿を見て楽しんでいるのだ。いつも。


「クミンさぁー、まーたあたしに負けてんじゃん。そんなにあたしにボコられたいのー?ひょっとしてあんた、マゾなの?そうなんでしょー、ボコられて嬉しいんでしょー?」


 ねちっこい口調で、ケイがくだらないことを言う。ほくそ笑みつつ、こっちの反応をうかがっている。


「別に、やる気なかっただけだし…。闘幻なんて嫌いだし…。」


 目をそらしつつ言い返す。クラスメイトにはまともに挨拶もできないが、同レベルのこいつ相手になら反論もできる。そんな私の口元に、ケイが自分の耳を近づける。そうやって、私のぼそぼそ声を聞き漏らすまいとしているのだ。


「えー?やる気なかったぁー?うそばっか、本当はあたしにいじめてほしいんでしょー?」

「なんでそうなんの…。ぜ、全然違うし、ばかなんじゃないの…。」

「ほんとぉ?あやしーなー、うそなんじゃないの?ねえじゃあ、確かめてみていい?ねーえ?」


 ケイが、長い髪を手櫛でときながら言う。うっかりその仕草に、色気を感じてしまう。いけないいけない。嫌いな女に欲情するなんて、こんな癪に障る話もない。

 私は横を向き、もう話しかけんなと態度で示した。そうやって、ケイを意識からシャットアウトする。

 そういえば、イトウミクのいた世界にもサドマゾの概念はあった。人間の性欲のありようは、ところ変わっても同じなんだろうか。あるいはあの世界とこの世界は、ひょっとして…。

 なんて世界の謎について思いをはせていると、考えを強制的に中断させられた。

 ケイが、私の足を踏んづけてきたのだ。

 靴のつま先に、ケイの足の裏がのっかる。加減して踏まれているので、痛くはない。痛くはないが、屈辱感がすごい。ケイが顔を近付けて、にやにや笑う。


「あー、やっぱ喜んでる。やっぱマゾじゃーん。」

「よ、喜んでないよ、やめてよ…。」

「だってあんた、耳まっかじゃーん。足踏まれて興奮してんでしょー?マジでクミン変態だねー?」

「あ、赤くなんかなってない…。」


 ケイの指摘に、一応言い返す。

 が、顔が熱くなっていることは、自分でもわかっていた。

 でもそれは、足を踏まれているからじゃない。ケイが体をピタッとくっつけてくるからだ。

 なんせこちとら思春期だ。たとえ嫌いな女であっても、肉体の温もりや柔らかさを肌で感じると、問答無用でわーってなってしまうのだ。


「えー?なってるよ、ほら、まっか。耳たぶあっつー。」


 ケイが指先で、私の右耳をいじくる。体をすり寄せた状態のまま。足をやわやわと踏みつけながら。恥ずかしさやら興奮やらで、自分が更に上気していくのを感じる。そんな私の顔を、絡みつくような、じっとりした眼つきで見てくる。視線でほっぺたを舐めまわすみたいに。


「やめて、耳、くすぐらないでよ…。」

「耳ぃ?足踏まれるのはいーんだ?踏まれるのは気持ちいいんだ?へーえ?」

「足も…。」

「足も耳も気持ちいーんだ?やっぱり変態じゃーん。」

「ばか、ちが…あっ。」


 ちくっと痛みが走った。耳たぶに爪を立てられたのだ。思わず声が漏れる。その声に反応して、ケイが嬉しそうに微笑む。


「なに笑ってんの、ばか、ばか、最低…。」

「えー?いじめられて喜んじゃってるあんたの方が、人として最低でしょー?今度は噛んであげよっかー?」

「よ、喜んでなんか…。」

「クミンさぁー、魔法もろくにできない上に性格暗くて変態だなんて、マジでどうしようもないねー。超みじめじゃん。あははっ。あんたみたいなやつさあ、きっと一生誰にも相手にされずに死んでいくんだろーねー。かわいそうだから、あたしがずーっとずーっといじめてあげるねー。嬉しー?嬉しいよねー?」

「嬉しいわけ、ないじゃん…。わけわかんない…。」


 言いながら、だんだん泣きたい気分になってくる。なんだか本当に、自分がみじめでどうしようもない存在であるような気分になってくる。

 そういえばイトウミクは、正に誰にも相手にされない一生だった。でもこんな女にまとわりつかれるくらいなら、誰にも相手にされない方がマシだ。そうに決まっている。絶対に。


「…ていうか、あんたさぁ。」


 ケイの靴が、私の足の上からどいた。体をずらして、私の真後ろに回ってくる。両肩をがっしりと掴まれる。彼女の胸のふくらみが、私の背中にあたっている。自分の鼻息が荒くなっていることに気付き、慌てて自制する。


「な、なに…?」

「汗、かきすぎじゃない?すっごい臭いんだけどー?」

「……!」


 あまりの恥ずかしさに、頭の奥がカッと熱くなる。

 この女、次から次へと嫌なことを言ってくる。

 確かに私は汗っかきだ。正直、体臭は強めなほうだ。闘幻のあとだし、今なんかやたらと汗出るし、この距離なら確かににおうだろう。でもそれを指摘することないじゃん。十六歳の花の乙女に、体臭きついねって普通言う?性格悪すぎ。信じらんない。嫌い嫌い、だいっきらい。


「試合のあとなんだからしょうがないじゃん…。てか別に、臭くないし…。」

「えー?自分じゃ気付いてないのー?めっちゃにおうよ、ほらぁ…。」

「うわっ?」


 ぞくりと、体に悪寒が走る。

 うなじの辺りに、ケイの生温かい吐息を感じたのだ。私の首筋に顔を近付けて、体臭を嗅いでいるのだ。柔らかな体を密着させて、私の首筋で深呼吸している。恥ずかしさで、頭がどうにかなりそうになる。ひどい。なんでこいつ、こんな意地悪ばっかりしてくるんだ。しつこいしつこいしつこい。なんなんだ。私のこと好きなんか。


「ねー、超くさいじゃん。クミンさぁー、おとなしそうな顔してるくせにマゾの変態で、くっさい体臭巻き散らかすとかさぁー、自分で恥ずかしいと思わないのぉ?」

「やめてよ、なんでそんなこと言うの…。」


 羞恥と興奮のせいで、なんだか体に力が入らない。ケイの手を振りほどけない。どうしよう。それに、この部屋には鍵がかかっていない。いつ誰が入ってくるかわからないのだ。もしクラスメイトに、こんな姿を見られたりしたら。そう思うと、不安で胸がドキドキする。たまらない気分になる。


「えー?あたしは別に、ふつーにこの」


 ケイが、急に会話を止めた。それから、パッと体を離した。

 え、どうして、と思ったが、すぐに理由がわかった。ドアの向こうで、人の気配がしたのだ。


「あー、まーたシャドウに引っかかったよ。やってらんない。」

「でももうパターンわかってきたんじゃない?大会前に負けたのはラッキーだよ。」

「あー、かもね。負け試合の方が勉強になるっていうしね。」


 試合が終わったっぽい二人が、健全な会話を交わしながら部屋に入ってくる。

 ケイは、しれっと「あたしはなんにもしてませんよ、陰湿ないじめなんてしてませんよ」みたいなツラで、水をごくごく飲んでいる。数秒前まで私にネチネチまとわりついていたくせに。なんだそりゃ。切り替え早すぎでしょ。いや、人来ても構わず続行されてたとしても、それはそれで困るけど。でもなんかムカつく。やっぱ大嫌いだ、ケイ・バンクス。

 魔法の滝で、顔をバシャバシャ洗う。服のそでで水滴をぬぐう。

 自分が何に腹を立てているかもよくわからないまま、私は給水所をあとにした。

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