説明ばっかしてる章
クラス委員にいけないことする妄想をしていたら、チャイムぎりぎりになってしまった。
慌ててバトル館に行く。入口横の更衣室に駆け込み、トレーニングウェアと運動靴に着替える。それとほぼ同時にチャイムが鳴る。まずい。ロッカーに鍵をかけている暇もない。靴をかかと履きにして、あたふたと皆のいる控室に滑り込む。先生は来ていない。ギリギリセーフだ。
五分経っても、闘幻担当のウェブスター先生は来なかった。代わりに、普段あまり見かけない先生がのそのそやってきた。
「えー、というわけでー、ウェブスター先生はお休みだがー、前期大会ももうすぐなわけであるからー、各自気を抜かぬようにー、お願いしまーす、っと。」
代理のコリンズ先生が、間延びした口調で話す。めんどくさそうな喋り方が、おごそかなバトル館の雰囲気とチグハグで、ちょっと笑いそうになる。
ウェブスター先生は、今日はお休みだった。朝の連絡事項というのはそれだったのだろう。怒られなくてよかったと、ホッと胸をなでおろす。てゆうかこんなことなら、ちゃんとロッカーに鍵かけとくんだった。
バトル館には六面のバトルフィールドがあり、それを取り囲むように観覧席が設けられている。そこに移動し、練習試合の順番を待つ。
闘幻はやりたくないけど、バトル館の神聖な雰囲気は嫌いじゃない。白い円柱だとか美しい女神像だとか結界で守られたバトルフィールドだとか、イトウミクが愛読していたお話の舞台そのままだ。あとは私が無能じゃなければ完璧なのだが。
ちなみに召喚術は、バトル館以外では使えない。幻獣召喚は高等魔術で、本来は学生風情に使えるしろものではないのだ。この建物の魔法建築の効果で、この館にいるあいだだけ魔力が上昇するのである。
滞りなく授業が進む。
クラスメイトの操るハーピーやマンティコラが、激闘を繰り広げている。私はあくびをかみ殺して、それを眺める。
他人の試合を見学するのもトレーニングのうちだけど、正直身が入らない。レベルが低すぎて、参考にならないのだ。
言うまでもなく、私のレベルが、である。
みんなの試合を見てわかるのは、「あー私にゃとうてい真似できないやー」ってことだけだ。目の覚めるような攻撃や斬新な戦法を見て学んだところで、自分の試合に活かせやしない。
そもそも私は魔力が超低いので、戦術を覚えたところで仕方ないのだ。
召喚する幻獣は、自由に選べるわけじゃない。最初に呼び出したやつが、ずっと固定のパートナーになる。それを術者の魔力で、強化や進化させてゆくという寸法だ。
私の相棒となる幻獣は、ドッペルゲンガー。
見た相手そっくりに、装備もそのままに変身し、見た技や見た呪文をそっくりコピーできる。そういう幻獣だ。何やら曲者感があるけど、いざ戦わせるとてんで弱い。
というのも、私の操るドッペルちゃんは、めちゃくちゃ小さいのだ。手のひらサイズなのだ。私の魔力が低すぎるせいで。魔力で強化してあげられないせいで。
変身しても大きさは変わらない。オークを見たら手のひらサイズのオークに、スライムを見たら手のひらサイズのスライムに変身する。ペシッと叩かれたらそれで終わりである。
ちなみに、「叩かれたらそれで終わり」と言っても、別に死ぬわけじゃない。バトル館に設置してある摩訶不思議なクリスタルのおかげで、幻獣も術者もダメージを負うことはないのだ。「致命傷相当のダメージを受けたはず」と判断されると、ブザーが鳴って敗北が言い渡される、という安全な仕組みになっている。
この安心安全クリスタル、イトウミクが読んでいる本ならきっと、悪者の手によって破壊されるだろう。中盤あたりで。そして暴走する幻獣達を、主人公が圧倒的なオーラで全ていさめるのだ。イトウミクはよくそういう本を読んでいたし、そういう妄想をしていた。ピンチに陥る学園、それをヒーローのように救う私。
でももし本当に現実でそうなっても、私にできることは何ひとつないだろう。パニックに陥って大騒ぎして、主人公的な人物に「邪魔だよ」と押しのけられるのが関の山だ。悪者が登場しないことをただ願うばかりである。
退屈なので、超どうでもいいことばかり考えてしまう。
ぼんやりしていると自然に、ぶっ殺すルームの妄想の続きを始めてしまう。授業中にも関わらず、私は人知れず、サディスティックな空想にふけりだした。
そんなこんなで数十分。
妄想の中でクラス委員にあんなことやこんなことして、最終的には私なしでは生きていけぬような体にしたところで、コリンズ先生に名前を呼ばれた。私の闘う番である。ため息をつき、バトルフィールドに赴く。
所定の位置に立つ。
十メートルほど先にいる対戦相手は、いつものスライム使いだ。学年ワースト2の実力の持ち主である。ワースト1が誰であるかは、言わぬが花でしょう。
闘幻は、同じレベルの相手と試合するシステムになっている。
自分の相棒的存在を戦わせるって行為は、気持ちが入り込みやすい。なので、一方的にボコボコにされたりすると、心に傷を負いかねない。そこまでいかないにしても、その後の人間関係にひびが入ったりする。そういう事態を防ぐための配慮だそうだ。
お優しいことではあるが、その配慮にも関わらず、私はいつも一方的にボコスカにされていた。実力学年ワースト2の女に、毎度毎度完膚なきまでに叩きのめされていた。システムを考えた人に、申し訳ない限りである。
ちなみに、ワースト3やワースト4と試合することはほとんどない。毎回と言っていいくらい、ワースト2の女と頻繁に戦っている。彼女と私の二人の魔力が、学年の中でも(下の方に)抜きんでているのだ。
「はーい、じゃあー、敬拝!」
コリンズ先生が号令をかける。女神像に向かって、礼の意を示すポーズを取る。対戦相手に向き直り、また同じように、敬拝。
それから、二人同時に召喚の呪文を唱えた。
「リリク・マルク・アリオン・エリオン……無より出でて滅ぶもの、エリオン、真名の盟約果たすべし、エリオン、裁きの光全知の御星、エリオン、我らの冒涜許したもう、エリオン……、リリク・マルク・アリオン・エリオン……リリク・マルク・アリオン・エリオン……。」
詠唱の「エリオン」の箇所で、人差し指と中指で宙に三角を描く。正三角形は聖なる形。描くたびごとに、幻獣界への扉が開く。
足元に、光のラインが引かれる。魔法陣。陣の中で、影のような、煙のようなものが揺らめく。その影が、人の形をかたどってゆく。
そして幻獣が召喚された。
鼻も口もない、赤い目が一つ付いただけの、白くてぶよぶよした生き物。
私の相棒、ドッペルゲンガーだ。
変身前はこんなふうに、一つ目の胎児のような姿かたちをしている。気味が悪いと、正直思う。しかし心のどこかで、私にふさわしいと納得している。何者にもなれていない、小さく未熟な化け物。あるいは私は、この不気味な幻獣に感情移入しているのかもしれない。
相手を見る。緑色のぬらぬらした球体が、彼女の足元に控えている。猪ほどの大きさのスライムだ。
召喚を終えた私達を見て、先生がこくりと頷く。
「始めっ。」
闘いが始まった。