野望のために
「リリク・マルク・アリオン・エリオン……はあっ!」
呪文を唱え、魔力の込められた札を引き剝がす。
激痛。
凄まじい痛みを感じた。すかさず自分の肉体を、鏡で確認する。
やった、成功だ。激痛と引き換えに、望んでいた肉体を手に入れたのだ。
私は無事、脇の完全脱毛を成功させた。
粘着札を両脇に貼りつけ、呪文を唱え、一気に引き剥がす。これぞフレアー王国に古くから伝わる、完全脱毛魔法である。おかげで両脇ともつるつるだ。素晴らしい。
これできっと、ケイちゃんに「好きだ」と言ってもらえる。私はグッと、自室でこぶしを握った。
フレアー王国は、夏季シーズンに突入した。
私は、チャンスだと思った。ケイちゃんを、めろめろに魅了するチャンス。
ゴロワーズ学園はこの季節になると、着ていい制服が一種類増える。それを着れば、彼女を夢中にさせられると思ったのだ。
ノースリーブ。
それが、夏季限定の制服だった。
これは私の勝手な憶測だけれど、たぶんケイちゃんは、女子の脇の下とかに興奮するタイプだ。根拠はないけど、絶対にそうだ。間違いない。なので、いっちょノースリーブで悩殺してやるぜと思い立ったのである。
好きと言わせたいから、相手の性欲に訴えかける。方法としては間違っているかもしれない。邪道な手段かもしれない。
だけど、四の五の言っている場合ではないのだ。事態は切迫しているのだ。
というのも、近ごろケイちゃんにまとわりついている女がいるのだ。
それは何を隠そう、委員長である。われら1―1のクラス委員、エリーである。
彼女は私が推測した通り、ケイちゃんの中学時代のクラスメイトだった。廊下で再会して以来、二人はちょいちょい親しげに話すようになった。
最初は一方的に、委員長がフランクに話しかけていた。しかし次第に、日を追うにしたがって、ケイちゃんも打ち解けた態度になっていった。
仕方ないと言えば仕方ない。かわいくて気さくな娘になつかれたら、そりゃ心許しもするだろう。でも私は、仕方ないねで済ませられなかった。きー悔しい、と思った。
でも思っただけで、これまで特に何もしなかった。
なんかするべきなのでは。そう思い直したのがついこのあいだだ。
だってそうだろう。これでもし委員長が同性愛者だったりなんかしたら、最悪の事態になりかねない。異性愛者だったとしても、ケイちゃんが「こいつエリーと会ったあとで見たら、純情乙女っていうか、ただの地味メガネだな」と冷静さを取り戻しかねない。
なので、つるつるの脇の下をもってして、ケイちゃんをトリコにしてくれようと企んだのだ。これで好きと言わせられるなら、お小遣いが半分吹き飛ぶ脱毛お札セットも安いものだ。
それに、ぼちぼち私達の仲を進展させたい、という気持ちもあった。
友達以上恋人未満。そんな関係から、もう一歩先に行きたかった。
はっきり言えば、私はケイちゃんと、恋人同士になりたかった。
更に贅沢を言えば、向こうから告白されたかった。向こうから「好きです、付き合ってください」と言われて、それに応える形で交際を始めたかった。
結局私はまだ、前世の記憶に縛られているのだろう。
誰からも好きだと言ってもらえなかったイトウミク、彼女のその無念を、自分のことのように覚えている。だから、好きな人に好きだと言ってほしい。向こうの方から求められたい。
でもそれは、やっぱりわがままなのだろうか。
翌日の昼休み。
私は羽織っていた上着を教室に置いて、ゴミ処理場に向かった。
ケイちゃんはすでに来ていた。いつもの場所に座って脚を組み、髪を手櫛でといていた。私を見つけると、小さくほほ笑んだ。
私は早速、大きく手を振って挨拶し、脇の下をチラ見せした。ケイちゃんが「おっ」という表情をした…ような気がした。好調な滑り出しだ。
ほくそ笑みつつ、隣に腰を下ろす。よし、ここは一気呵成に攻めるぞ。
「あっつくなってきたね、ケイちゃん。なんか私最近ちょっと、食欲落ちてきたかも。夏ばてかな?うーん…。」
お弁当を横に置き、両手を組み合わせて、うーんと大きく伸びをする。片脇チラ見せからの両脇ガン見せ。どうだ参ったか。私に惚れ直したか。
「あのさー、クミンさー。」
「なに?」
「袖なしの制服ってぇ、やめた方がいいよー?教室とか校内とか、冷却魔法かかってんだからさぁ、授業中とか絶対寒いじゃーん。」
などと真っ当なことを言いつつ、ケイちゃんの目は、脇に釘付けになっていた。
ほおを紅潮させて、私の脇を穴があくほど凝視していた。パンの袋開ける手をピタリと止めて。
作戦大成功。やっぱりケイちゃんは、女の子の脇の下が大好きだった。
「だ、大丈夫だよ、授業中は上着羽織ってるし。」
「いやーもー、駄目だってこんなーん、もーさぁ…。」
「ケ、ケイちゃん?」
「やーもー、マジでさー、こんなんさぁ…。うわーこんなん、もうさぁ…。」
「……。」
「あ。」
会話ができないので、いったん腕を下ろした。興奮させ過ぎるのも考えものだ。
脇が見えなくなると、ケイちゃんはつまらなそうにパンをかじり始めた。予想以上のくいつきに戸惑ったけど、でもいい感じだ。これはもう、好きと言われるのも時間の問題だろう。
それから他愛もない話をしつつ、二人とも食事を終えた。さて、作戦再開だ。もっともっとめろめろにしてやんよ。
「ね、ケイちゃん。お願いがあるんだけど。」
「んー?」
「脇のにおい、嗅いでくれないかな…。」
「ぐほっ。」
お茶をごくごく飲んでいたケイちゃんが、むせた。きっと喜んでいる証拠だろう。
「私汗っかきなんだけど、自分のにおいって自分じゃわからなくて。周りに迷惑かけてるんじゃないかって不安で。どう、かな。」
「は、はぁーっ?!なななっ、なんであたしが、そんなことしなくちゃいけないわけー?!全然意味わかんないんだけどー?!」
「あ、嫌なら別に…」
「嫌とは言ってない。」
「うん。」
ケイちゃんは素直じゃないので、なかなか本音を言ってくれなかった。やりたいとかしたいとか、そういう欲求を自分からはっきり言うのが嫌なのだろう。弱みを見せるのと同義だと思っているのだろう。だからたぶん、「好き」と伝えることも。
「えっと、やってくれるってことで、いいんだよね…?」
「だ、だってさー、しょーがないじゃーん?どうせあれでしょ?あのー、ほら。あたしが断ったら、靴嗅いでたことばらそーってんでしょー?だったらやんなきゃしょうがないじゃーん!」
「へっ?あー、うん。そうそう。」
素直に「ぜひやりたい」と言えないケイちゃんは、変な言い訳をしてきた。
まあ確かに、脇嗅ぎというのはあからさまな変態行為だ。頼まれたからやります、だけでは、正当化の言い訳としては弱いだろう。私は彼女の話に乗って、もう少し背中を押してあげることにした。
「そうそう、実はドッペルは、一度見たものは記憶できるから…。言うこと聞いてくれないなら、ばらしちゃうかも、なーんて…。」
「ほらやっぱりー、あーじゃーしょがない、しょうがないなー。あたしは脇なんて嗅ぎたくないんだけどー、脅迫されちゃったらしょうがな…。」
ケイちゃんが、ぴたりと口を閉じた。言葉を失ったみたいに、無言でこちらを凝視していた。
諸々めんどくさくなった私が、「いいから早く嗅いでよ」とばかりに、ひじを持ち上げたからだ。
ケイちゃんが、持っていたお茶を横に置いた。
そして、脱毛してつるつるになった私の脇に、そっと顔を近付けた。




