招かれざるエリー
闘幻大会から一週間が過ぎた。
あれから私は、ゴミ処理場でお弁当を食べるようになった。ケイちゃんと一緒に。つまらなかったお昼休みは、最高の時間になった。
それでも、多少不満がないでもなかった。
この一週間ケイちゃんは、いじめもおしおきも、全然してこなくなった。それがなんだか物足りなかった。
と言うとなんか、いじめられたがってるマゾみたいな言い草だけど、そうではない。遠慮されている感じが嫌なのだ。
ケイちゃんは、エスっ気強め少女だ。性格悪いんじゃなく、親愛表現がいじわるとして出力されてしまうタイプなのだ。そのことに私は気が付いた。だから変な気を回したりせず、ガンガンおしおきしてほしかったのだ。
ひょっとしたら、私が前ポロっと言った「これ以上おしおきしたら嫌いになる」というセリフを気にしているのかもしれない。
私のことを異性愛者だと勘違いしてた頃は、「貴様の好感度など知るかー」とばかりにガンガンいじめていた。でも同性愛者だとわかったら、好感度が気になっていじめもおしおきもできなくなった。ってことなのかもしれない。
そう推測した私は、先日、あの発言を取り消すことを言ってみた。なにげない会話の流れから、ごく自然に。
「今日は風が気持ちいいねー。気持ちいいで思い出したけど、前おしおきしたら嫌いになるって言ったけど、あれ嘘。あー風気持ちいー。」
それでもその日も結局、何もされないで終わった。あまりにさりげなく差し込んだから、聞き流されたかもしれない。
やっぱり、面と向かってはっきり言わなくちゃだめなのだ。
だから私は、今度のお弁当タイムに、そのことを伝えようと思った。
というわけで、今日の昼休み。
私はお弁当を取り出し、いそいそと教室から出た。ちょうど、隣のクラスからケイちゃんが出てくるところだった。
私は彼女に目配せし、先に行った。二人連れ立ってゴミ処理場に行くことはない。目立って秘密の場所がばれてしまっては嫌だからだ。行く途中で会っても、それぞれ一定の距離を保って移動する。お楽しみは二人っきりになってから、というわけだ。鼻歌でも歌いたい気分で、足取り軽く廊下を歩く。
が、そのとき、意外な人の意外なセリフが耳に入った。
「あっれ、ケイさんじゃーん!うっそ、ゴロ学(ゴロワーズ魔法学園)来てたのー?全然知んなかったー!」
振り向く。委員長の声だった。クラス委員のエリー・クロスビィ。彼女が、ケイちゃんに何やら気安く話しかけていた。
え、なになに。どゆこと。確かに委員長はフランクな性格だけど、一部の人(私とか)以外とは大概仲いいけど、ケイちゃんとも知り合いだったの?今のセリフからすると、中学時代のクラスメイトってこと?
驚きと若干のムカつきを覚えつつ、状況の推移を見守る。
「あー、エリー・クロスビィ…。」
「やーだ、なんでフルネーム?なんでフルネーム?いいけどさっ。そうでーす、エリー・クロスビィでーす。久しぶりだね、元気してたー?ケイ・バンクスは元気してたー?ちなみにエリー・クロスビィは超元気ですけど!」
「久しぶりっつーけどさぁ、別に合わなかったの半年ぐらいじゃん。」
「そりゃそうだけどさ、でもさ、でもさ、隣のクラスで…あ、隣のクラスだよね?1-2だよね?」
「まあねー。」
ガンガン話しかけてくる委員長に、ケイちゃんは、ちょっと迷惑そうな表情をしている。そのことに安堵する。安堵したあと、自分の独占欲の強さにちょっと嫌になる。なんで「他にも友達できそうでよかったね」と思えないかな、私は。
とはいえやっぱり、嫌いな人(委員長)とケイちゃんが、親しげにしているのはムカつく。
「だよね?だよね?1-2だよね?1-1と1-2でさ、半年顔合わせないってさ、逆に運命じゃね?ん、逆に?逆にってなに、なに言ってんだ私、あはははっ!」
「…はははー。」
いやいや、マジで何言ってんの。運命とか何言いだしちゃってんの。運命なわけないじゃん。ケイちゃんの運命の相手はこちらなんですけど?
てゆうか、なんか、ちょっと。なんかちょっとこう、妙な感じがする。うっすら、ただのクラスメイトじゃないような雰囲気が漂っているような。なんだろう、どういうことだろう。考えすぎだろうか。思い過ごしだろうか。どうか思い過ごしであれ。
二人の立ち話を聞いているうちに、どんどん不安になり、いらいらしてくる。
だったらとっとと立ち去ればいいのだが、それもできない。気になるのだ。気になりすぎるのだ。
かと言って、足を止めて聞き入るのも不自然なので、ゆっくり歩く。亀以下のスピードで。会話が聞こえるぐらいの距離から出ないように。
「つーかさぁ、別にうちら、特に仲良くなかったよねぇ?たいして話したこともなかったっつーかぁ。だからさー、顔合わせても、どっちも気付かなかったっつーだけじゃね?」
ケイちゃんが、けっこうでかめの声で言った。ひょっとして、私が耳をそばだてていることに気付いているのだろうか。気付いた上で、「安心して」と伝えようとしているのだろうか。だったら嬉しいのだけれど。
「あーうんうん、それあるかもね?けどさ私さ、実は中学んときずっとケイさんとお話したいって思ってたんだよねっ。ケイ・バンクスとお近づきになりたいって思ってたわけですよ、このエリー・クロスビィは、なーんて!」
「へー。変わってんねー。中学んときも今も、あたし嫌われ者だってのにさー。」
「そっ!私変わってんの!よく言われる!ははははっ!」
そんな娘の話なんか振り切っちゃいなよ、私との楽しいゴミ処理場タイムが待ってるんだからさー。と思うのだが、全然彼女らのトークは終わらない。延々と無駄話をし続けている。なんだよ。面白くない。
「てかさ、お昼一緒に食べない?みんなに紹介するしさっ。」
「あー、いい、いい。知んないグループに混じるとかー、マジで最悪。死んでもやだしー。」
「はっきり言う!はっきり言うなーケイさん!」
「つーかさぁ、もう行っていいー?あたし購買でパン買わなきゃだしさー。」
「あ、私も行く!パン買う!今日はパンと弁当ダブルで食べちゃう!いや食べ盛りか私!」
「ふふっ…。まー、食べ盛りではあるっしょー。」
なに、なんなん。なんなん、ケイちゃん。最初の方はぶっきらぼうだったのに、なんかだんだん打ち解けてきちゃってるじゃん。このわずかな時間で。ちょっと笑顔とか見せちゃってるじゃん。委員長のフランクさに好印象抱いちゃってるじゃん。なんだよ。もういいよ。
彼女達が購買の方に行くのを見届けたあと、私はひとりでゴミ処理場に行った。
いつもの場所に座った私は、早々とお弁当の包みを開いた。これは明確なルール違反だ。来るのはバラバラでも、いただきますは一緒にしようと約束しているのだ。
でも、いいやと思った。委員長なんかと仲良くしてるのが悪いんでしょ、そういう気持ちだった。苛立っていたせいか、あっという間に食べ終わってしまった。これでは消化にもよくないが、知ったことかという捨て鉢な気分だった。
「あれー?もー食べ終わってんのー?なにもー、ハラ減ってたーん?」
菓子パンと水を持って、やっとケイちゃんがやってきた。
私は横を向き、不機嫌であることを示す。われながら子供っぽい態度だと思いつつ。
「別に…。ケイちゃんがあんま遅いから、待ちきれなかっただけ。なんかずっと委員長とおしゃべりしてたし?待ってたらお昼休み終わっちゃうじゃんって。」
夢の中で三十六歳だったときもあるのに、もうちょい大人になれないのか私は。
そんなセルフつっこみが聞こえてくるが、でもどうしようもない。夢は夢、現実は現実だ。私とイトウミクは、あくまで別人なのだ。いやまあ、十六歳にしても幼い態度ではあるけど。
そんなふうにヤキモキしている私の顔を、ケイちゃんが「ふーん?」と言ってのぞき込んだ。にやにやしながら。
「えーなになにー、拗ねてんだー。あたしが他の女と話してたから、やきもちやいて拗ねちゃったんだー?」
「…ばか。」
「でもさー、クミンさー、約束破っちゃったねー?一緒に食べよーって言ってたのにさぁ?ひどいよねぇ?これってさぁ、あれだよねー?久しぶりに、あれやんなきゃだよねぇ…?」
「えっ。」
ん?なんかこれ、この感じの流れ、ひょっとして。
振り向くと、案の定。ケイちゃんの瞳に、情欲の炎が宿っていた。
「お、おしおき…?」
「わかってんじゃーん。あれぇ?ひょっとして、ずっと期待してたぁ?おしおきされたがってたぁ?そっかー。最近お預けくらわせちゃっててごめんねぇ?今日はたーっぷりいじめてあげるねぇ?」
「そ、そんなことない…。やだもん、おしおきなんて…。」
「えー?『やだもん』、だってー。何その言い方―、超ぶりっ子じゃーん。めっちゃ誘ってんじゃーん。しょうがないなー。こんなこともあろーかと、用意しといてよかったー、これ。」
と言ってケイちゃんは、菓子パンと水をその辺に置いた。それから、スカートのポケットから何かを取り出した。
歯ブラシ。そして、歯みがき粉だ。ミント感が強すぎて不評のやつ。
「じゃあ今からー、クミンをスーパーミント歯みがきの刑に処しまぁす。」
ケイちゃんが、私の隣に腰を下ろした。
そしておもむろに、私の頭をつかんだ。更に有無を言わさず、自分の太ももの上に導いた。
ひざまくら。
仰向け状態で、真下からケイちゃんの顔を見上げる恰好になった。
「え、こ、これ、歯みがき、こうやって、するの…?」
「んー?そうだよぉ?あれーどうしたん?もう目ぇうるうるしてんじゃーん。嬉しいのー?」
「こ、子供みたいでやだよ…。ママにされるみたい…。」
「やなのー?よかったー、やじゃなかったら、おしおきになんないもんねー?」
「うう…。」
ケイちゃんと会話しながらも、私はすでに上の空だった。張りのある太ももの感触が、体温が、私の思考能力をごっそり奪っていた。




