脱出
試合は瞬殺だった。
言うまでもなく、こちらが瞬殺された側だ。秒でキルされた。昨日考えた作戦もまるで意味をなさなかった。
私の考えてきた作戦は、名付けて一心同体作戦。
スライムは複数そろうと、合体強化することができる。そういう能力を持っている。
なので、私のドッペルゲンガーをスライムに変化させて、ケイのスライムと合体させる。そのスーパースライムで、敵を蹴散らそうともくろんだのだ。
まあようするに、「合体強化」という響きに、過度な期待をしていたのである。
スライム二匹が合体したところで、たいして強くなるはずもない。そんなことにも気付かぬアホな私だった。
合体してやや大きくなったスライムは、対戦相手のグールとスケルトンにボコボコにされて即負けた。
これにて、私達の闘幻大会は終わった。底辺からの大逆転ドラマなんて、結局夢物語だった。
でもそんなこと、もうどうだっていいのだ。
廊下を、ケイと二人でゆっくり歩く。自分の試合が終わったから、観覧席での応援に戻らなきゃいけない。そんなことをしている場合じゃないのに。もっとケイと一緒にいたいのに。その気持ちから、自然とのんびりだらだらした足取りになる。
隣のケイも、おんなじようにだらだら歩いている。同じ気持ちなのかなと見上げると、タイミングよくケイもこちらを見た。視線が合った瞬間、彼女の目もとが優しげに和らぐ。
「…作戦、ぜーんぜんダメだったじゃーん。」
笑いながら、肩をトンとぶつけてくる。試合に負けたのに上機嫌だ。
「てっへへー。」
おどけて言って、肩をぶつけ返す。身長差のせいで、頭をこすりつけるような感じになる。
「なにー、てへへーって。てへへーじゃないでしょー?反省してるー?ふふっ。」
「でーへーへー。」
「ちょっとぉー。聞いてんのぉー?しょーがないなー。」
うふうふへらへら笑いながら、きゃっきゃと肩をぶっつけ合う。自分で言うのもなんだが、とうてい敗者の態度じゃない。ウェブスター先生や真面目な生徒が見たら、怒りを禁じえないだろう。へらへらすんなとブチ切れるだろう。
でも、止められなかった。にやつく口元が抑えられなかった。くっだらないやりとりを、ずっとずっと続けていたかった。
しょうもないやりとりがこんなに楽しいものだなんて、今まで知らなかった。
同級生が教室でつまんない冗談言って笑いあっていたのとか、ずっと内心馬鹿にしていたけど、今ならわかる。はたから聞けばしょうもなくても、当人達は楽しくて仕方ないのだ。会話よりも、状況自体が。一緒にいたい人と一緒にいるって状況自体が。
「ねぇあのさー、ちょっと聞くけどさー、応援とかしたいー?」
「ん?別にしたくないけど。」
「あたしもー。じゃあさー、二人で大会ふけちゃわない?バトル館抜け出しちゃおうよー。」
急に、ケイがすごい提案をしてきた。すごいめちゃくちゃ魅力的な提案を。
うんうんうんうんと、二つ返事で頷きまくる。そんなん、提案に乗らない理由がない。先生にばれたら怒られるだろうけど、冴えない私がいなくなっても、どうせ気付きやしないだろう。
「よっしゃ、決ぃまりー。」
「うん…あれっ、でもそういえば、出入り口に先生いたような…。」
「へーきへーき、ついてきてー。こっちー。」
と言うと、ケイは用具室に入っていった。さも用事ありますみたいな顔で入っていくので、誰もとがめる人はいない。
用具室には、ぎり体が通るくらいの小窓があった。そこから私達はバトル館の外に出た。至極あっさりと、バトル館から脱出成功だ。
「す、すごいね、こんな抜け道知ってるなんて…。」
「んー?そりゃー、サボる気満々だったしねー。一カ月前から、あちこち調べてたっつーかぁ。まー、一カ月前はさぁ、クミンと一緒にサボるなんて思ってなかったけどぉ?」
と言って、ケイがほほ笑んだ。くすぐったいような嬉しさが、ふつふつと湧き上がってくる。
「そ、それで、このあとどうするの…?外、出ちゃう…?」
「外―?外にゃ出ないってー。たぶん校門で先生見張ってるしー?大会終わるまでどっか隠れてさー、くっちゃべって時間つぶそー?いーよね、それで?」
「うん、いい。超いいと思う…。」
「おっけー、じゃ、ついてきてー。いい隠れ場所あんだー。」
てれてれ歩くケイの後ろをくっついていく。
当たり前だけど、誰ともすれ違わない。バトル館以外には誰もいない。明かりの消えた校舎。無人の校庭。当たり前なのに、なんだか不思議な感じだ。
不意に後方のバトル館で、わっと歓声が上がった。何かすごいプレイが行われたのだろう。壁を隔てた向こう側の、遠くにあるようなざわめき。私達とはもう関係ないざわめき。それを後ろに置きっぱなしにして、二人きりで無人の道を歩いていく。
「ね、なんかさ…。」
「んー?」
「なんか私達、世界から追い出された二人、って感じしない…?こんなふうに遠くでみんなの声がして、こんなふうに誰もいない学校歩いてると…。」
そう言うと、ケイは小さく笑って「いいねー」とつぶやいた。
「いいねー、って?」
「だから、そーゆー発想、クミンっぽくていいなーって。ロマンチックでさー。」
「ロマ…。えー私、そんなんじゃないよ。すっごいリアリストだし…。」
「はーいはい。」
どうやらケイの中での私は、夢見るロマンチスト乙女であるようだ。ひどい誤解だ。そりゃ確かに私は、思い込みも強いし空想癖もある。読んだ本に影響されて、しょっちゅうどうでもいいことでポワンと妄想の翼を広げる。でも基本的には、地に足がついた冷徹なリアリストなのだ。いやまあ、リアリストであることの具体例はちょっと出せないけど。
そうこうしているうちに、ケイは第二体育館の裏手に入っていった。
体育館の裏は、石畳の敷かれた教室半分くらいの広場になっている。その真ん中には、大きな魔法陣が描かれている。
「はーい、到着ー。ここがあたしの隠れ家でーす。」
と彼女が言うここは、焼却処理用魔法陣領域だ。
ようは、ゴミ捨て場だ。
掃除の時間にゴミ箱をここに持ち込み、魔法陣の中に空ける。すると、魔法陣から、生物以外を焼き尽くす炎が噴出する。ニッポン風に言えば、焼却炉みたいな場所だ。
段になっているところに、ケイが慣れた感じで腰を下ろした。私もそれに倣って、横に座る。
「掃除の時間以外はさー、けっこー穴場なんだよね、ここー。授業さぼったときとか、昼休みんときとか、ずっとここにいんの、あたし。」
「え、そうなの。あの、じゃあ…。」
「意外とゴミ臭もないしさー。ずっと日陰で涼しいし、けっこー快適なんだよねー。」
「あ、じゃあ、じゃあ、私も今度から、ここでお弁当食べていい…?」
そう聞くと、ケイは「その言葉を待っていた」とばかりに深く頷いた。
それから彼女は、陰に隠すように置かれているゴミ…なんか入ってるビニール袋を手に取った。
「でさー。あたし最初っからさぼる気だったから、隠しアイテム置いといたんだよねー朝。」
袋の口を開ける。そこには、ゴミではなく、ドリンクと沢山のお菓子が入っていた。
「わー。よりどりみどり。」
「どれがいーい?」
「じゃあ、ホゲロンボビロン。」
「はーい、ホゲボビー。うまいよねー、これ。名前は変だけど。あ、ゴミは魔法陣に捨てちゃ駄目だかんねー。」
「火ぃ出るの?掃除の時間じゃないのに。」
「わかんないけど、出ないかもだけど、出たらさぼってんのばれそーじゃん。…っしょ、と。」
ケイが、スナック菓子の袋を開ける。香ばしい匂いがプンと広がる。二人のあいだに、パーティ開けしたホゲロンボビロン(という名のお菓子)が置かれる。場所はゴミ処理場だけど、なんだかピクニックみたいだ。ケイが、「どうぞどうぞ」というジェスチャーをした。私が「ありがたき幸せ」と大げさに感謝すると、けらけら笑ってくれた。
ああ、もう、なんかすっごい楽しい。お互いたいして面白いこと言ってないのに、なんだかとても愉快な気持ちだ。ずっとへらへら笑っていられるような、そんな気分。
聞きたいことがあったけど、もういいや、と思った。聞かなくてもわかる気がした。彼女の気持ちが、わかる気がした。きっとこれは、うぬぼれでも妄想でもない。冷徹なリアリストである私にも、確信を持って言える。ケイ…、ケイちゃんは、きっと…。
「……ケイ、ちゃん。」
「なにー?」
「んーん、呼んでみただけ。」
「なーんだそりゃ。うりゃっ。」
と言って彼女は、ホゲロンボビロンを一個つまみ、私の口に放り込んだ。
そうだ、焦って聞き出す必要なんてない。靴嗅ぎの真相。あのとき「好きになってもなんにもなんない」って言ったわけ。いつか教えてくれればいい。タイミングはいくらでもある。
私とケイちゃんのハッピーな時間は、この先も、きっとずっと続くはずなのだから。
それはそれとして、応援ポイコットしたことは先生にバッチリばれたし、翌日めちゃくちゃ怒られた。




