のけ者ミーツ嫌われ者(長めの回想) ③
「じゃ、おねがいしますっ。」
叩かれるために、私はサッと気を付けして、頭を下げた。
しかしケイは、そんな私を見て「は?」と不満げな声を漏らした。
「なぁに、それー。ふざけてんのー?」
「え?ふ、ふざけてないけど。」
「あんたさー、ちゃんと謝る気あんのぉ?これって、いけないことした罰でしょー?おしおきでしょー?おしおきって言ったら、おしり叩きに決まってんじゃーん。」
「そ、そう…?」
頭を叩かれるだろうと想定していた私は、え、と思った。
おしり叩きなんて、子供みたいで恥ずかしかった。頭をはたかれた方がずっとよかった。
「いやなのぉ?じゃーやめるー?いいよー、あたし、別にどっちでもー。」
「いっ、いやじゃない、いやじゃないよ、ごめん…。」
このままでは、せっかくつかんだ仲直りのチャンスを逃してしまう。そう思った私は、彼女の要求を全面的に受け入れようと思い直した。よく考えたら、叩く場所が上でも下でも、たいして変わりはしない。でも…。
「……。」
私は下唇をちょっと噛みつつ、後ろを向いた。おずおずと、ためらいながら。
今から私は、おしりを叩かれるんだ。そのための準備をしているんだ。そう思うと、「後ろを向く」というだけの動作が、屈辱的な行為のように感じられた。
背中を向けると、目の前には白い壁。無機質なそれを見ていると、なんだか不安な気分になった。祈るように両手を胸の前で組み、首だけ回してケイと視線を合わせた。
「はい、じゃ…。私に、おしおきしてください…。」
みつめながら言うと、彼女は体を小さく震わせた。
小鼻が少し膨らんだように見えた。
それから急に、私の右手首をギュッとつかんだ。
「ねえ、なにそれー。あんたさぁ、ほんとに反省してるー?全然おしおきされるポーズじゃないじゃーん。」
「えっ、ご、ごめん、知らなくて…。でも、おしおきのポーズって…?」
「知んないのー?しょーがないなぁ、ほらっ。」
ちょっと乱暴に、ケイが私の手首を引っ張った。そして、私の目の前にあった壁に、強引に手を突かせた。
「ほら、そっちの手も壁に突いてよ。両手でさ…。そう、で、腰ちょっと上げて、背中曲げないで…。そうそう、いいじゃーん。」
ケイが手首を離し、私の背後に回った。
中腰になって、背筋をのけぞらせ、両手を壁に。
彼女の言う通りにすると、自然と、おしりをぐっと突き出す格好になった。
取った体勢を自覚して、私は、顔が上気していくのを感じた。
恥ずかしかった。なんだか、卑猥なポーズを取らされているような気がした。おしりをぶってと、おねだりしているみたいな。
「…あははっ。超にあうー。めっちゃおしおきされたがってるじゃーん。なーんか、やらしいしぃ。学校でしていいポーズじゃないよ、それー。」
私の羞恥心を煽るようなことを、ケイが言った。
それから不意に、太ももに、何か硬いものが当たった。本のかど。なぶるように、私の脚にグリグリこすりつけてきた。
いやだ。なにこれ。思ってたのと違う。こんなつもりじゃなかったのに。
そういう思いがあふれ、少し胸が苦しくなった。
おしおきは自分から提案したことなのに、なんだかやるせない気持ちになってきて、ちょっと目に涙が溜まってきた。
心細くなった私は、そのままの姿勢で、頭だけ振り向いて尋ねた。
「ケイちゃん…ケイちゃん…。ね、本当にこんな格好で、おしり、叩くの…?」
再び、ケイと目が合った。
数分前の他人の目つきとまるで違う、熱っぽい眼差しをしていた。
彼女の唇が、にぃっと、微笑の形を作った。感情を抑えきれないというような、じっとりした微笑だった。
「えー?いやなのぉ?だって、クミンが自分で言ったんじゃーん。」
「そうだけど…。じゃ、じゃあ、早く済ませて…。誰もこないうちに…。」
観念して、私は言った。人通りが少ないとはいえ、廊下は廊下だ。いつ誰が来るともしれない。こんなことをしている姿を見られたら。先生やクラスメイトなんかに見られたりしたら。そう思うと、胸の奥がぎゅっとなった。
それなのに、ケイはなかなかぶってくれなかった。焦らすように、本のかどを太ももに擦りつけるだけだった。
「ねえ、なにしてるの…?はやく、はやく…。」
「なんでぇー?別に、急ぐ理由ないじゃーん。」
「は、恥ずかしい、から…。」
「ふぅーん?じゃーあー、お願いしてよ。お、ね、が、い。私をぶってーって。その甘ったるぅい声で、口にだして言ってみー?」
「そんなこと…。」
私は首を横に振った。セリフ自体はさっき言ったのとほとんど同じだけど、このポーズでそれを口に出すと、なんだか変態みたいでいやだった。
その様子を見て、ますますケイは嬉しそうに笑った。きっとこうやって私のいやがることをして、陰口の憂さを晴らしているのだ。そう思った。
「いやなのー?じゃーあー、ふふっ、ずーっとこのままだけど?いいのー?こんな馬鹿みたいな恰好してるとこ、みんなに見られちゃうかもねー?そしたらさぁ、教室中クミンの話題でもちきりになっちゃうねー?明日から人気者になっちゃうねー?」
「やだ…。言う、言うから…。」
恥ずかしい、早く終わらせてほしい。そう思った私は、彼女の望むように答えた。
「お、お願いします、ぶってください…。ケイちゃんの本で、私のおしり、思いきりぶったたいてください……あっ!」
乾いた音が、廊下に響いた。
本が、私のおしりの肉をひっぱたいた音だ。
体の奥が、じん、と熱くなった。
痛みよりも、羞恥のせいだ。痛みはほとんどなかった、むしろ心地良い程度の刺激だった。
私のおしりが、楽器みたいに大きな音を鳴らした。そのことが恥ずかしく、私を切ないような気持ちにさせた。
二発目がくるだろうと思って、私は体を固くした。
でも、ケイは満足したように横を向いた。これでおしまいらしかった。
……もう終わりなの?
声には出さず、私は不満を漏らした。
なんだか、もの足りない気分だった。一発だけじゃなく、たくさんぶっていいのに、と思った。まあ、それほど深く反省していたということだ。もっと悔い改めたかった。もっと精進したかった。そういうことだ。
反省したい。悔い改めたい。もっと、もっと。
それでもケイは、二発目をくれなかった。本当に終わりのようだった。仕方なく両手を壁から離し、上体を起こした。
「…じゃあ、これで許してくれるんだよね?ケイちゃん…。」
おしりを押さえながら、私は聞いた。
「あったり前じゃーん、許す許すー。でもさぁ、気ぃつけなよー?クミンがなんか悪いことしたら、またあたしがおしおきすっからねー?」
ケイが答えた。自分のほおに、本の表紙をそっと押し当てながら。余韻を楽しむように、目を閉じて。
ちょどそのとき、昼休みの終わるチャイムが鳴った。
よかった。何はともあれ、これで仲直りだ。以前のような関係に戻れる。そう私は安堵した。
しかし、そうじゃなかった。
私達の友情は、陰口を聞かれた時点で、やっぱりひび割れてしまったのだ。
表面では友好的に取り繕っても、根本的なところでは、まったく元には戻らなかった。ひび割れっぱなしのままだった。
確かにそれからもケイは、私に構ってきてくれた。
でもそれは、友情からのものではなかった。
なんだかんだイチャモンをつけて、私におしおきをするためだった。
きっと、本叩きで味をしめてしまったのだ。いじめの快感に。
いじめて、ストレス解消するのにうってつけの相手。私は以後そう見られるようになってしまった。
あるいは、ストレス解消じゃないのかもしれない。復讐だったのかもしれない。陰口を一緒になって笑ってたという裏切りが、彼女はやっぱり、ずっと許せなかったのかもしれない。「ケイのことだなんて知らなかった」という、私の言葉を信じ切れず。
だから、私達が本当に友達だったのは、たった一カ月だけだ。
その日以降ケイは、私を友達として見ることはなかった。いじめて憂さを晴らすための人形。そのようにしか見てくれなかった。
私はそのことを、薄々気付いていたけど、見て見ぬふりを決め込んでいた。
気付きたくなかった。本心ではわかっていても、認めないようにしていた。
それを否が応でも認めさせられたのは、歯みがき事件のせいだ。
二人でトイレの中に入って、彼女に歯みがきをしてもらったとき、そのことに気付いてしまったのだ。




