のけ者ミーツ嫌われ者(長めの回想) ①
ケイと初めて会話をしたのは、入学して四日目。三度目の闘幻授業のあとだ。
そのとき私は、給水所にいた。
試合に速攻で負けて、魔法の滝を眺めるともなく眺めていた。
そんな私の方を見ながら、クラスメイトの女子二人が、ひそひそ話をしていた。ひそひそ話のわりに、けっこうはっきり聞こえるくらいの声で。
「ね、ほらあいつ、スライム対スライムの人じゃん。うちらのクラスの。」
「あー、あの、底辺バトルの。あれすげー笑えたわ。にしても、スライムで手のひらサイズって、目もあてらんないよね。一生やられ役決定じゃん。ま、でかくったってスライムじゃあれだけど。」
「ちょっとー、悪いよ、聞こえてるってー。ははっ。」
おっしゃる通り、聞こえていた。てゆうか聞こえるようにしゃべってんでしょ、って感じだった。
それにしても、なんて愚かなやつらだ。そう私は思った。連中は、私の幻獣がスライムだと思っているようだった。スライムと、スライムに変化したドッペルとの区別もつかないなんて。
ムカついた私は、抗弁することにした。
当時は恐れ知らずで勇気があった…というわけじゃない。なけなしの勇気を振り絞ったのだ。ここで言い返さないと、きっと私はこの先ずっと馬鹿にされ続ける。灰色の学園生活を送るはめになる。そんな予感がしたのだ。
「あっ、あっ、あの…!」
自分のスカートをギュッと握り締め、私は声をかけた。
途端、にやついていた彼女らの顔が、急に不愛想なものに豹変した。「ああん?」、みたいな。その表情に一瞬ひるんだが、えーいもうヤケクソだと、私はそのまま言った。
「ま、ま、間違ってます、スライムじゃなく、ド、ドッペルゲンガーです…。」
「は?」
「だ、だから、私の幻獣、ス、スライムじゃなくて、ドッペル…。ドッペル、ですけど…。」
緊張で手汗をどくどく流しながら、彼女達の過ちを訂正した。
しかし二人は、怪訝そうに顔を見合わせるばかりだった。私の教えに感謝することなく。
「ねえ、こいつ今なんて?あたし『ほにゃほにゃほにゃーですけどー』ってしか聞こえなかったんだけど。」
「あたしも、『ほにゃほにゃほにゃーですけどー』って聞こえた。」
「だよね。」
「だからさ、『ほにゃほにゃほにゃーですけどー』って言ったんじゃね。」
「あー、聞き間違いじゃなかったわけね。」
「そそそ。そゆこと。そーゆーことだよ、きみぃ。もっと視野を広くもたないといかんのだよ、おわかり?」
「さーせん。」
「うむ、もっと精進したまえよ、ちみぃ。」
「おっす。わかりました、老師。」
「え、老師?あたし博士とか教授とか、そういうつもりでやってたんだけど。」
「そうなん?わかりにくっ。いいよもう、老師で。あんたはおじいちゃん拳法家だよ。」
「やだもー、せめておばあちゃんにしてよー!あはははっ!」
自分の顔が、みるみる真っ赤になっていくのがわかった。
滑稽だった。コミュニケーション大失敗。私の言葉は、声が小さすぎて、全く伝わっていなかったのだ。
でもだからって、そんな態度取ることないじゃん。こっち無視して、まるでその場にいない人みたいに軽んじて、二人で談笑し始めることないじゃん。
憤って唇噛みしめる私を一切かえりみず、二人はへらへら笑いながら部屋を出ていった。それこそ、その場にいない存在みたいに私をシカトして。その後ろ姿を、じっとにらみつけた。神様どうか今だけでいいから、視線で人を殺せる能力を授けてください、なんて思いながら。
「…なにあいつら。馬鹿じゃないの。あんたらの頭の中身こそ、脳味噌じゃなくてスライム入ってんじゃないの。転んで死ね。」
「ねー。」
私の大きめのひとりごとに、同意する声があった。
私は、あやうく「うわあっ」と悲鳴を上げるところだった。もう給水所の部屋にいるのは自分だけ。そう思って毒づいたのだ。
ちょうど死角になるところに、女の子が座っていた。だるそうに、長い髪を手櫛でときながら。
よく見れば彼女は、さっき闘ったスライム使い。私と底辺バトルを繰り広げた対戦相手だった。つまり、さっきの女達の悪口の被害者だ。私以外の、もう一人の。
だったら、あとでやつらにチクられることもないだろう。そう思い、私はちょっとホッとした。
「あ、ど、ども…。えへへ…。」
私は敵意がないことを示すために笑みを作り、会釈をした。
スライム使いは気だるげに立ち上がると、私の隣りに来た。並ぶと、頭一個分くらい身長が高かった。
「この学校さぁ、なーんか馬鹿ばっかだよねー。幼稚っつーかさー。いちいち相手にしないほうがいーよー?」
「そ、そうだね…。」
「てか、さっきの悪口めっちゃよかったー。なんだっけ、頭スライム?」
「あ、じゃなくて、脳味噌がスライムって…。」
「んー?」
私の声が小さくて聞こえなかったのだろう。私の口元に、スライム使いが耳を寄せた。
その何気ないような仕草に、ぐ、と胸が詰まる想いがした。さっきひどい仕打ちを受けた反動で、泣きそうになってしまったのだ。嬉しくて。ちゃんと声を聞きとってあげよう、そんな心遣いがたまらなくて。
「あ、頭の中に、脳じゃなくて、スライムが代わりに入ってるんじゃないのって…。だからまともに考える力ないんでしょって、そういう意味の…。」
「あー、そーそー、それ。おもろいねー、あんた。」
と言って、スライム使いはほほ笑んだ。
私は、またもや顔がみるみる熱くなってゆくのを感じた。でも今度のは、ちっとも悪い気分じゃなかった。なんだかこそばゆいような気分だった。
「ねー、あんたの」
何か言いかけたスライム使いが、不意に言葉を区切った。
部屋に、さっきの二人組とは別の男女グループが入ってきた。そのせいみたいだった。
入室した連中が、彼女の方を見て、何かひそひそ話して笑った。彼女と同じクラスらしかった。スライム使いは、入学してわずか数日で、みんなから馬鹿にされるポジションに追いやられてしまったらしかった。私とおんなじように。
「ねー、あの感じで魔法も運動もだめって、マジだったんだね。詐欺じゃん、詐欺。」
「超がっかりだよねー。強者ヅラしておもしろ枠って、おいおいって感じ。」
「いやいや、おもしろいはおもしろいから、いんじゃね?」
「はははっ。そりゃそうだわ。」
ゴミみたいなひそひそ話。それを連中は、わりとでかめの声で話した。ひそひそ話はひそひそ話せよ馬鹿、と私は思った。どいつもこいつも。さっきのやつらもこいつらも。
スライム使いは、ドアに向けて歩き出した。連中とは一緒にいたくなさそうだった。それはそうだろう。当然だ。
「い、行くの…。」
「ん。」
「じゃ、また…。」
小さく手を振った。
彼女はちょっと意外そうな顔をしたけど、同じように振り返してくれた。
この人と友達になりたい。切実にそう思った。
恋人にしたいだなんて大それた願いは、ハナから持っていなかった。色恋沙汰を抜きにしても、彼女にもっと近付きたいと願った。恋人だなんて贅沢は言わない。どんな形であれ、あのスライム使いに隣にいてほしい、傍にいたい。心からそう思った。じゃないと、きっと私は、この学園にはとてもいられやしない。
名前を聞いていなかったことに気付くのは、それから少しあとだった。
闘幻の授業が終わると、私は更衣室で彼女の姿を探した。
入学してしばらくは、ウェブスター先生の説教タイムがなかった。試合に勝った生徒も負けた生徒も、そろって下校していた。なので、着替えのときにスライム使いに再会できると考えたのだ。そしたら絶対に名前を聞こうと思っていた。
今になって冷静に考えると、別にそんなに焦る必要もなかった。その日に名前を聞けなくても、たぶん翌日になれば、また試合が組まれるだろう(そしてそれは実際そうだった)。そのときに、あらためて名乗りあえばいいだけの話だ。
でもそのとき私は、「今日中に名前を聞かないと縁が切れてしまう」なんて思っていた。絶対に見つけ出して聞き出そうと意気込んでいた。
しかし、一学年全員が一斉に着替えるとなると、更衣室はすし詰め状態だった。身を縮めて自分のロッカーにたどり着くのが精いっぱいで、とても人探しをする状況ではなかった。
結局あきらめて、おとなしく制服に着替え、バトル館を出た。
すると珍しく、幸運が私の元に舞い込んできた。
おりよく自分の前方に、くだんのスライム使いが歩いていたのだ。ゆるやかな坂道を、だらだらした足取りで上っていた。
私は坂をダッシュして、彼女に追いついた。
そして逃がしてはならじと、後ろから彼女の手を握った。
私にしては大胆な行動だが、焦っていたのだ。
ここが運命の分かれ道だと、けっこう本気で思っていた。「私が今握ったものは、同級生の手じゃない、運命だ!」なんてマジで信じていた。自分で言うのもなんだが、思い込みが激しいタイプなのである。
スライム使いは、一瞬びくっとしたが、振り返って「おや」という顔つきになった。
「あれー、さっきの娘じゃーん。どしたんー?」
「な、名前…。」
「ん-?」
「名前、教えてほしいなって、思って…!き、聞いてなかったから…!」
と言って、背の高い彼女の顔を見上げた。ちゃんと伝えなきゃと、自分なりのでっかい声を出して。
そんな青臭いセリフを言われるとは思わなかったのか、彼女は、照れたような表情になった。
その様子に、私も急に、自分の口にした言葉が照れくさくなった。それから、握っていた手を離した。
「あ、ご、ごめんね、手…。あ、ちなみ、ちなみに、私はクミン、です。クミン・ナイアローズって、そういう名前、です…。」
「あのさー。」
スライム使いは、顔を横に向け、髪を手でいじりながら言った。
「あーのー、なんつーの?ガッカリされる前に言っとくけどさー。」
「え、な、なに…?」
「あたしさぁ、クラスの馬鹿達から嫌われてるんだよねー。ぼっちっつーの?だから…」
「べ、別にガッカリとか…。だってそんなの、私も一緒だよ…?」
何がどうガッカリなのか、私にはわからなかった。この人がクラスで孤立しているだろうことは、すでに察していたことだ。
しかしそれからすぐ、彼女の言わんとすることに思い当たった。
彼女は背がすらりと高い。そのせいか、ちょっと頼りがいのありそうな雰囲気を持っている。きっと、私がいじめに対抗する手段として、彼女を欲していると思ったのだろう。でも、それは全然誤解だった。
「あ、ち、違くて、もっとあなたとおしゃべりできたら楽しいだろうなって、そう思っちゃって、だからあの…。」
言っている途中で、私は口をつぐんだ。あまりにもセリフが、さっきのに輪をかけて青臭くて、気恥ずかしくなってしまったのだ。熱くなってきた耳を、指の腹でごしごしこすった。その拍子にメガネがすれかけたので、慌てて手で押さえた。
すると彼女は、その様子がおかしかったのか、小さく笑った。
「…そっか。」
「あの、それで、名前…。」
「あー、うん。そーそー、名前ね。あたし、ケイ・バンクスってぇの。よろしくー。って、なんか恥ずいねー、こーゆーの。」
「ケイさん…。」
「いや、同級生に『さん』付けって。」
「じゃ、じゃあ…。」
というわけで、これが私とケイ・バンクス……ケイちゃんとの、最初の出会いだった。




