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魔法学園の朝

 転生して魔法学園に入学したとて、私はしょせんザコだった。



 このゴロワーズ魔法学園には、恐ろしいルールがある。

 教室に入るとき、大きな声で「おはようございます!」と挨拶しなくちゃいけないのだ。

 私はそれがいやだった。たまらなく苦痛だった。

 私は小心者なので、声がか細く小さい。勝手に震え声になる。それを、クラスのバカ達に真似される。「おおぉ、おふぁようござぃすぅ…。」とか、大げさに誇張されて。十六歳にもなって幼稚なやつらだ。死ね。遠巻きに見て「女子ってこえーなー」ってニヤニヤ謎の優越感に浸ってるアホ男子もろとも。滅べ。

 だから私は、クラスの誰よりも早く登校するようにしている。

 一番に教室に入れば、挨拶をしなくて済む。朝っぱらから殺意のカタマリみたいにならずに済む。あとはずっと、授業が始まるまで寝たふりをしていればいい。机に突っ伏して、じっとして。

 そうしているとたいてい、早起きしたせいで、いつも本当に寝てしまう。

 私にとって、ひとりぼっちの朝の時間が、一番心安らぐ時なのだ。教室は大嫌いだけど、朝だけは、すごく自分に近しい場所のように感じる。皆の前じゃ目も合わしてくれない人気者が、二人きりのときだけ笑いかけてくれるみたいな、そんな感じ。もちろんそんな経験なんてないけれど。


 今朝も私は、机で寝たふりをしている。

 いつも通り、寝たふりをしているうちに眠たくなってしまう。ひとりぼっちの教室で。世界の始まる前みたいに静かな教室で。


 眠るといつも、昔の夢を見る。

 昔と言っても、子供の頃じゃない。もっとずっとずっと昔。私が産まれる前より昔。私がクミン・ナイアローズじゃなかった頃の昔。

 つまり、前世。の夢。

 初めて前世の夢を見たのは、八歳の頃だ。思えばマヌケなきっかけだった。普通にコケて頭打って寝込んで、それから始まったのだ。

 寝込んでいるとき、あまりにもリアルな手触りの夢を見た。

 夢の中で私は、別の人間として生活を営んでいた。別の人間として日々を暮らし、別の人間として泣いたり怒ったりし、別の人間として妄想したり現実逃避したりしていた。目覚めてから、今とさっきとどちらが現実なのかすら怪しくなるほどだった。

 最初の数回は、「まあ変な夢も見るよね頭打ったんだし」とのんきに構えていた。

 しかしリアルな夢は、それからも途切れることなく毎夜続いた。

 一年経った頃、さすがに「こりゃどうもただの夢じゃないな、前世的なやつだな。」と判断するに至ったのだ。

 夢の中の私は、イトウミクという名前で、ニッポンという国にいた。

 そこが前世なのかどうか、実はよくわからない。すごい未来だとか、別次元の世界だとかの可能性もある。それくらい、今私が暮らしている国とは、文化やら何やらがかけ離れていた。

 その代表的な例として、ニッポンには魔法が存在しなかった。魔法は現実に存在しないもの、空想の産物として扱われていた。

 かといって、イトウミクが原始人みたいに、石と棒でウホウホ動物狩って暮らしていた、というわけじゃない。ちゃんと文明はあった。魔法の代わりに、カガクってのが発達していた。原理はよくわからないけど。

 そしてイトウミクは、魔法に憧れている女だった。

 彼女(というか、夢の中の私)がよく読む本には、この世界によく似た風景が描かれていた。その世界で華々しく活躍する自分を思い描いてうっとりするのが、イトウミクの日課だった。

 空想の中でイトウミクは、世界トップレベルの魔法学園に入学し、美貌と才能によって校内のアイドルになり、ライバル達を鮮やかな魔法で次々屈服させ、学園に渦巻く陰謀を天才的な閃きであばき解決し、とにかく強くて怖い悪の王様を打ち負かし、私を恋い慕う美少女と添い遂げるのだった。そういう自分を夢想し、日々うっとりしていた。

 うっとりしているうちに青春が終わり、うっとりしているうちに人生が過ぎ、うっとりしているうちに三十代なかばで死んだ。

 夢の中の私の一生は、実に夢見がちな生涯だった。

 イトウミクは、今の私と同じく同性愛者で、今の私と同じく地味で冴えないメガネの女で、今の私と同じく恋人も友達も一人もいなかった。


 チャイムの音で目を覚ます。

 なんで私学校にいるんだバイトどうしたと、一瞬あわてる。腰を浮かしかけてすぐに、自分がイトウミクじゃなく、クミン・ナイアローズであることを思い出す。

 さっきまで、倉庫の中で無限にシールを張り続ける仕事の夢を見ていた。夢は時系列では現れてくれない。勝手気ままなアトランダムだ。「パセリ食べれてえらいね」と褒められた六歳の夢のあと、ポテトチップスを肴に晩酌する三十二歳の夢を見たりする。今日は、就職できずにバイトを始めた二十代中頃の夢だった。

 夢の中でやっているときは気付かなかったが、果てしなく札を張る作業というのは、魔法の術式感がなくもない。だからなんだって話だけど。

 寝て起きると、からっぽだった教室はもう、私の嫌いな奴まみれになっている。

 チャイムが鳴っても、みんな席につかない。愚にもつかないおしゃべりに夢中だ。なんだか、話し相手のいない私への当てつけみたいに感じられる。被害妄想だとわかっちゃいるけど、やっぱりムカつく。いいさ、そのままはしゃぎ続けて先生にブチ切れられろ。やばめの体罰とか受けろ。

 メアリー達が、色彩魔法で髪色を変えて遊んでいる。男子グループ(入学して三カ月経つけど、いまだに男子の名前は覚えられない)が、画像投影魔法でいやらしいのを見てニヤついている。

 そういえば私は、イトウミクが憧れた世界にいるんだなぁと、今更のように気付く。

 イトウミクの夢想と私の現実との乖離が激しくてピンとこなかったが、とにかく私は、魔法の世界にいる。夢の中の私が夢見ていた、魔法学園に。

 イトウミクがこの私を見たら、どう思うだろうか。喜ぶだろうか。がっかりするだろうか。

 まあでも、がっかりの方だろう、きっと。絶望するに決まっている。「はるばる魔法の国くんだりしてまで、あたしゃこのザマかい」と。ごめんよイトウミク、私がふがいないばっかりに。転生してもザコはザコのままみたいだよ。

 ようやく先生がやってくる。「おら席につけー」の声で、あっさりざわめきが消える。私も、イトウミクに関する物思いから抜け出す。時空魔法の授業って宿題あったっけと、ぼんやり思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前世の記憶が影響しているのか、少なくとも私にはそう見えた、彼女は前世の人格を同化させてしまったのだ
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