第六打 現実を認めよう?
シャフレの瞳からは、自然と涙が溢れ出ていた。
ここが打ちっぱなし練習場であり、公衆の面前であることを忘れるほどに、目の前のプロコーチの言葉に衝撃を受けていたのだ。
「もう……どうにもならない……の……?」
縋り付くのようなその声は、か細く震えていた。上目遣いに男を見つめ、庇護欲を刺激し、何とかこのコーチが死に物狂いで動くように、シャフレは咄嗟に振る舞った。
自分の世界を護るのに、手段など選んでいられなかったのだ。
「そうですねぇ……ダブルペリアのコンペで優勝の確率を少しでも上げる方法は、二つほどはありますよ」
「本当に!?」
先程と特に変わらない様子の古鳥は、シャフレの様子に戸惑いながらも、希望を彼女に示した。
「まぁ、あくまでも僕の経験則で、コンペに参加する方のレベルによりますが、体感的にスコアが九十以上から百くらいのスコア帯の方が、上位に入るイメージです。ですので、その辺りにスコアを持っていくことで、確率は上がりますね」
「それは、どうして?」
ショックにより、シャフレは他所行きの振る舞いが砕けていた。
「ダブルペリアの性質上、隠しホールで大叩きすることで、ハンディキャップを稼ぐことが出来ますが、上級者はそもそもそこまで大叩きしませんからね。百を切るか切らないかというレベルの方は、わりと大叩きするホールがありますから、ハマると強いです。シャフレさんは、スコアはどれくらいでラウンドされます?」
「そうね……大体百五十くらいかしら」
「でしたら、先ずはスコア目標としては、百二十六を目指して練習したいですね」
「でも優勝するには、百くらいまで良くしないといけないのでしょ」
「いきなり百を切るというのは、現状のスコアの状態ではハードルが高いので、先ずはすべてトリプルボギーであれば、トータル百二十六ですから。そこが現実的な目標です」
「そう……それじゃぁ、もう一つの方法は何なの?」
「んー、そっちは現状ではかなり困難ですが……ぶっちぎりで良いスコア、例えばワンオーバーからスリーオーバーくらいでラウンドしながら、隠しホールでボギーを叩いて、隠しホール以外でバーディーを一つ二つぐらいとれば、ネットのスコアがアンダーになりますから、割と高い確率で優勝が見えてきますね」
「そんなの……無理じゃない……」
「いづれにしても、隠しホールという事が関係しているので、運の要素が大切ですけどね。なので、先ずはしっかりスイングを作りながら、百を目指すというのが、現実的です。それでは、〝構え〟の続きを……」
話に一区切り付いたと判断した様子の古鳥が、まだ途中になっている〝構え〟のレッスンを始めようとする。
「隠しホールがどのホールに設定されるかは、事前に分からないの?」
「普通は、ゴルフ場が参加者には分からないようにしてますよ。誰かに教えてしまったら、公平性に欠きますからね。それでは車さん、〝構え〟を……」
「コンペを開催するゴルフ場の人間に取り入れば、それくらいの情報は得られる? いや、しかし、それが他の爺婆達にバレたら……それこそ終わりよね……いや、諦めちゃだよめ、何か他に手がある筈だわ」
顎に手をやり、真剣な表情で考え込み始めるシャフレを前に、古鳥は流石に違和感を感じていた。
普通、仕事関連だろうと地域のだろうと、初心者がコンペに参加する場合、何を恐れるか。それは〝迷惑をかけないでプレー〟する事であった。その為、シャフレがここまで〝優勝〟に強く拘りを見せる様子に、古鳥は内心疑念を抱く。
しかし、それを表情に出すことはせず、あくまでコミュニケーションのひとつとして、シャフレに問うことにした。
「何でも聞きますが、何故、そんなにそのコンペで優勝したいのですか?」
「それは、このコンペの順位の順に、次の千年の管理世界が決まるのよ」
「あぁ……うん、それはとっても大変ですね。それじゃぁ、優勝に向けて頑張るためにも、先ずは〝構え〟の続きを・・・」
「意味がわからないでしょう? 私が管理神として世界の調和を、必死で保つのに、どれだけ神経をつかってきたとおもってるのよ! 他の管理神達が、安易に異世界から勇者だなんだと召喚する傍で、しっかりとその世界の英雄達の力を付けさせ、バランスを保ちながら育成するという、基本に忠実な方法で頑張ってる私が愚かだと言うの!?」
芝居の様に右手は大きく広げ、左手で自分の胸を押さえるシャフレ。
「魔王なんて突然変異種は、必ず生まれてしまうのだから、それに対抗する〝勇者〟もまた、その世界に存在する者達が、脅威に立ち向かうことで、自然に現れる英雄なのよ! それを、英雄が生まれる環境を整えるのを飽きてしまって、結果として安易に異世界から適当に拉致してきた人間を使うだなんて、職務怠慢よ! 貴方も、プロとしてそう思うわよね!?」
古鳥は、額に汗をかき始めていた。まだ何も汗をかくようなことを、彼はしていないと言うのに。
「そぉおおですねぇえ……ゴルフのスイングもその場しのぎで、ミスの原因となる動きに、逆の動きを足してミスを帳消しにしたりすると、結果として怪我に繋がりますからね。本来であれば、ミスの根本原因から解決するほうが、時間や手間はかかったとしても、身体には優しいスイングになりますもんね」
「そういうことよ! やっぱり、世界を管理するプロとゴルフのプロは、同じ専門家として、見解も同じね! ん?」
自身の考えに同意したように見える古鳥の様子に、ご満悦な様子のシャフレは、ある事を思い出した。
「何も解決してないじゃないのぉおおお! いやぁあああ!」
「……これは夢かな?」
こうして二人とも、それぞれの理由で、現実から逃避する様に天を仰ぎ見るのであった。
そして、いまだレッスンは進まず。