第五打 チャンスは皆に与えられる
俺の目の前で涙を流す女性の瞳は、まるで世界の終わりかのように、光りを全て失っていた。
俺は、何を間違えたのだろうか?
ただただ、〝ダブルペリア方式〟について説明しただけだったんだが!?
この始まりは、車さんがレッスン開始と同時に、俺にある質問をしてきた事だった。
「それでは、今日もよろしくお願いいたします。早速、今日は昨日の続きで〝構え〟をやっていきましょう」
「その前に一つ、私のゴルフにおける目標を聞いてもらっても良いですか?」
「えぇ、もちろん。目標をお聞きすると、今後の方針も分かりやすくてよいですね」
おぉ、何だか普通の会話になってる! いいよいいよ! こんな感じで、このままで!
「今日から数えて九十九日後に、神々が集うゴルフコンペがあります。そこで、是非とも優勝したいのです」
昨日の時点では、ちょうど百日後にコンペっていう感じだったのね。ネタかな?
「それじゃぁ、あと三ヶ月ちょっとってところですね。ちなみにそのコンペは何人ぐらいの規模なんですか?」
「私を含めて、十八柱です。会場は、シルバーウォルフゴルフ倶楽部と聞いております」
「シルバーウォルフゴルフ倶楽部ですか、ここから近いところですね。僕もシーズン中は、よく生徒さんを連れて、ラウンドレッスンに行ってますよ」
「ラウンドレッスンとは、何でしょうか?」
「ここでは中々出来ないバンカーショットのレッスンや、パッティングのレッスンをラウンドのスタート前に一時間程かけて行います。ラウンドをスタートした後は、実際のコースで方向性のチェックや、コースマネジメントなどをレッスンします」
「なるほど。私もすぐに、ラウンドレッスンをお願いは出来るのですか?」
「出来ますが、お勧めはしませんね。コースでは、基本的に〝練習場〟と〝コース〟でのスイングの違いの把握も大きな目的ですので、先ずはしっかり練習場でのスイングを見てからで、良いと思いますね」
「そうですか……そのプランで九十九日後の〝管理世界争奪ガチでゴルフで神が異動しちゃうドキドキ神コンペ〟で、私は確実に優勝出来ますか?」
何、その流行らなさそうなテレビの番組みたいなコンペの名前。俺の親世代の上司が、真面目に若者に受けると思って考えましたみたいなんだが。説明口調なのにも関わらず、まったくどんなコンペか想像出来なくて、怖いよ。
「コンペで確実に優勝ですか……一応の確認ですが、ダブルペリアですよね?」
「えぇ、そう言われました」
「なら、確実に優勝となると、相当難しいですね。ダブルペリアの順位は、ある程度〝運〟で決まりますから」
「……はい?」
何言ってんだコイツ、みたいな目を俺に向けないでほしい。そっちの新しい扉を、俺はまだ開くつもりはないのだから。
「これまで、どんなコンペでも良いのですが、参加したことはありますか?」
「一応、年に一回行われる〝神同士でいがみ合うなんて無駄無駄無駄だからゴルフで健康的にコミュニケーションとろうねコンペ〟には、参加しています」
会社のコンペだよね? やばくない? ブラックとかそう言う方向とかではなく、斜め上方向にやばくない? それとも、そのタイトルを考えている人だけがやばいの?
「あぁ……はい、参加はしているのですね。それなら、成績表に〝グロス〟と〝ネット〟の二種類のスコアが書いてありますよね? 大体、日本でゴルフコンペってなれば、ダブルペリアを使うのが普通ですから」
おぉ、腕を組んで何か思い出そうとしている姿は、相当出来る秘書ってオーラが半端ないな。
「興味なさすぎて、覚えてないですね」
まぁ、アレだよね。特にゴルフが好きってわけでなさそうだし、そうだよね……
「今度のコンペの時にでも、見てみると良いですよ。コンペの順位というのは、二つあるスコアの内、〝ネット〟のスコアで決めますから」
「それが、何故順位が〝運〟まかせと言うことになるんですか?」
「完全に運というわけでは、勿論ないですが、優勝となると大概は〝運〟が大事になってきます。そもそもですけど、ゴルフの〝ハンディキャップ〟は、知っていますか?」
あ、分かってない顔だな。かわいいな、チクショウ。
「簡単に言えば、初心者も上級者も一緒に楽しめるように、という感じなのですが。例えば、スコアがいつも七十二打でラウンドするAさんと、いつも八十二打でラウンドするBさんが勝負をしたら、どっちが勝ちます?」
「Aさんに決まってます」
「そうですね、当たり前です。十打も違いますから、勝負にならないですね。それって、お互い楽しいですか?」
「Aさんは、毎回勝てますから楽しいのでは?」
当たり前のように、人生勝ち組の思考をしてきたな、こんチクショウ。
「Bさんは、毎回絶対勝てない勝負ばかりじゃ、嫌になっちゃいます。それに、毎回楽勝だったら、Aさんも飽きちゃうでしょうから、もっと勝負を楽しくしたいじゃないですか」
「そう?」
負けないよ、俺は。
「ということで、Bさんのスコアを十打良くすれば、良い勝負になりますよね。そしたら、良い勝負ってことになるから、レベルの違いがあっても勝負を楽しめるってことですね」
「その実力差分をスコアを良くするってのが、ハンディキャップという事は、理解しました。それが、〝運〟まかせということと、どんな関係が?」
「問題は、すべてのゴルファーが、公式のハンディキャップを取得していないということですね。だから、皆んなが集まってコンペをする時に、ハンディキャップを使って、皆んなにチャンスがある様にするってのが、難しいんですよ」
「確かに……でも、さっきの話だとこれまで私が参加したコンペもハンディキャップが、決められていたということでしょう?」
「はい、しっかりそれぞれにちゃんとハンディキャップがついていますよ。それは、そのコンペ限定で、スコアをもとに後付けでハンディキャップを決めるからです」
うんうん、わからないよね。一応説明はしているけど、俺も分かりづらいと思うもん。
「分かりづらいんですが、簡単に言うと、十八ホールの内、十二ホールのパー以上だった数、パーが四打のホールを五打でホールアウトしたら、オーバーパーの数は一と言うことですが、十二ホール分のオーバーパーの合計に、1.2掛けした数を、その日のハンディキャップとする方式です」
おぉ、眉間に皺を寄せながら考えてるけど、俺をガン見しながらはやめてくれないかな。めっちゃ、怖い。
「と言うことは、その十二ホールのスコアが悪ければ悪いほど、ハンディキャップが増えて、有利になると言うことですよね?」
お、顔が明るい表情になったな。初心者にもちゃんとチャンスがある方式だから、その気持ちはわかる。分かるんだけど……
「そうですね。その十二ホールが、何番ホールか初めから分かってたら、わざと大叩きすれば、優勝に近づきます。が、それじゃあ、みんながスコアを悪くするなんていいうゴルフとしては、何やってんだと言うことになるので、その十二ホールは〝シークレット〟となります」
「シークレット?」
「はい、コンペ参加者は、どこがハンディキャップ算出ホールかは、終わるまでは明かされないと言うことです」
「……と言うことことは?」
「大叩きしたホールが、ハンディキャップ算出ホールなら〝上手くハマった〟となりますし、そうでなければ、ただただスコアが悪いというだけになりますので」
「……ので?」
「優勝に関しては、〝運まかせ〟と言うことになりますね」
「……嘘……でしょ……」
「はぇ? え? ちょ!? どうしたんですか!?」
光が失われた瞳から涙を流す彼女を見て、俺は思う。
俺は、何を間違えたのだろうか? と。
そして、本日の〝構え〟のレッスンは、未だ始まらない……