第四打 コンペだし皆んなにチャンスがあった方が面白いっていうね
「今日と同じ時間で、レッスン可能と言うことね……よかった、断られなくて」
シャフレは、古鳥からのレッスン予約に対する返信を確認すると、部屋のソファーに寝転んだ。
女神シャフレ。彼女は正真正銘の〝女神〟である。ただし、このワンルームマンションのソファーに寝巻きを着て寝転んでいる彼女の肉体は、〝只の人間の女性〟であった。
美しさこそ〝女神〟そのものだが、肉体的な強さ、すなわち筋力は一般女性の域を超越する様なものではなく、彼女にとって異世界であるこの〝日本〟においては、危機的状況に陥らない限り、魔力も神気も扱うことは出来なかった。
「そもそも、何でゴルフなのよ!」
苛立つ彼女は、クッションを叩きながら悪態をつく。
「ゴルフコンペの優勝者に、管理する世界を決めさせるとか、アホじゃないのぉおお!」
主神ドゥーガミを含め、十八柱の神々は、其々が異なる世界を管理している。基本的にそれぞれの世界は不干渉となっており、各々が好きなように管理していた。
「遊び半分で魔王やら勇者やらを戦わせる様な奴や、国同士の戦争をゲーム感覚で引き起こすかのような神託をする奴だっているのに! これだから、神ってやつは!」
かつては神同士においても、いざこざが絶えなかったが、ここ最近ではそのような事は起きていなかった。
それは、中立の世界であるこの地球において、奇跡的にシャフレ以外の神々が〝ゴルフ〟にハマっていたからである。
この地球は、様々な異世界の神々にとって中立の場所となっており、かつて創造大神により神々の交流の場として作られた世界だった。神々が争えぬように、魔力の元となる魔素の存在は初めから無く、神気も神核に封印した状態でないと、この世界から強制的に弾き出される〝設計〟となっていた。
「気まぐれがすぎる! 折角、調和が崩壊しないように大事に育ててきた私の世界を、おもちゃにされるなんて、我慢が出来ないぃいいい!」
クッションを勢いよく何度もソファーに叩きつけながら、悪態をつくシャフレ。
彼女は、神として自身の世界を得てから九百年程であり、一千年ごとに行われる管理世界調整会議の参加は初めてであった。その会議では、管理神同士で世界の自身の世界の管理ついての進捗を報告し、必要であれば他の管理神の力を借りて、〝魔王〟を創造したり、〝勇者〟を誕生させたりしていた。
そして今回、ある神がこんな提案を行った。
〝何千年も同じ世界を管理していては、世界の発展の可能性を一方向に限定するやもしれぬ。世界の多様な進化の為に、管理する世界を一定期間交換してみてはどうだろうか〟
「年寄り共めぇえ! 自分の世界の発展がマンネリして、管理に飽きてきたからだろうがぁああ! ふざけんなぁああ!」
頭を抱えて長い髪を振り乱しながら、シャフレはじたばたと足でソファーを蹴っている。
「はぁはぁはぁ……それでも決まってしまったものは、もう覆せない……新米の神になんて、そもそも口を挟む力もないし……あぁ、もう泣きたい……」
一転して、ソファーに突っ伏しながら、弱音を吐くシャフレ。
管理する神が変わると言うことは、その世界の命運を左右することであり、住んでいる者達からすれば、ゴルフコンペなんてもので、決められたらたまったものではない。
真面目で、まだまだ神という存在に飽きていない女神シャフレにとって、何万年という時間を神として存在する者達の遊び心は、到底理解できるものではなく、そして理解したくなかった。
「道楽ジジイは、ゴルフに対しては呆れるほどに真摯だから、あのコーチを私に薦めたという事自体は、信用できるわ。ゴルフの事だけしか、素直に信用出来ないってのが情けないけど……」
管理世界をゴルフコンペで決めてしまうということに対して、流石にシャフレは額に汗を滲ませながら、意を決して口を開いた。
〝恐れながら、私はゴルフの腕前は皆様ほどではなく、神々の中でもゴルフの腕の差はございます。遊びとはいっても、世界の管理者を決める順番を順位でお決めになるのであれば、少々不公平がございます〟
このままゴルフの良し悪しで、管理世界が決まってはたまったものではないシャフレが、震える腕を何とか抑えながら意見を口にした。同じ神族とはいえ、明らかに位階の高い者達に対する意見は、本当の意味で命懸けなのであった。
〝案ずるな。コンペはダブルペリア方式で行うのだから、上級者が必ずしも順位が良いというものでない。まぁ、ハンディの上限は決まっておるから、あまりにもスコアが悪いとなれば、関係なく順位は低くなるがな〟
ダブルペリアとは、日本のゴルフコンペで採用される代表的なハンディキャップ算出方式である。実際の打数に対して、ある計算方式を用いることで、実際の打数から算出された数字、所謂ハンディキャップを引き算した後に順位をつける為、上級者だから勝てるというわけでなく、初心者にもチャンスがある方式である。
「そういうことを言ってるのと、違うわぁああああ!!!!」
シャフレは、会議の時の事を思い出すと、思わず立ち上がり叫んだ。そして、そのまま今度は絨毯の上に寝転がり、ゴロゴロと転がり出した。
「何としてでも、優勝しなければ……くっ!」
思う存分絨毯の端から端まで、何往復も転がった後、うつ伏せの状態で止まると、固く拳を握り締めたシャフレは、決意新たに瞳に闘志を燃やすのであった。
そして、次の日の午後、レッスン予約の時間に古鳥の元を訪れたシャフレは、絶望を味わうことになる。
「ダブルペリアの順位は、ある程度〝運〟で決まりますからねぇ」
「……はい?」
シャフレは、〝ダブルペリア方式〟を実はあまり理解していなかったのだった。