第三打 ボールを置く位置はココ
お金を支払ってでも上達したいと思う人が、有料のゴルフレッスンを受けに来るわけで、だからこそ俺の言葉に皆さん真剣に耳を傾ける。
そして、ひと通りにスイングのことに関しての説明が終えるには、俺の場合は、合計で六回ほどレッスンを受けてもらう必要がある。
六回目のレッスンまでは、かなりこちらが喋ることが多く、かなりの時間を俺が喋りっぱなしになる場合が、ほとんどなのだ。
「多分、その例えで合っている、ような気がすると思います。はい」
「では、ファイヤーランスとヒートランスの違いということでも、同じですね。なるほど」
いや、もっと分からんくなった。
「と言う事で、車さんが得てきたゴルフの知識と、これから僕が話す内容が真逆だったとしても、どっちも正しいと言う事です。どんなフォームを作りたいかで、変わってしまうと言うことですので。それでは、先ずはボールの位置から……」
「確かに、魔法が中心の世界と科学が中心の世界は、どちらが正しい世界という事ではないですものね。私が任された世界は魔力という存在を世界の理に組み込むことで、生命体としての強さを、それぞれの種族にもたらすことに成功しましたが、この世界のように敢えて魔力の存在を組み込まないことで、星をも飛び出す程の科学力を手にした例もありますから。安易に情報に踊らされてはならないという事ですね」
俺よりむっちゃ喋る上に、とにかくファンタジー要素が多すぎるよぉおお! 話が進まないんですけども!
「マスターバーディー、顔を手で隠してどうしたのですか?」
顔を覆いたくなるよね、この状況だと。
「あ、いえ、すみません。ボールの置く位置から、始めましょう。先程、車さんは〝構え〟を作ったときに、広げた両足の丁度真ん中にボールをセットしましたが、これからは全てのクラブでセンターから左側にボールをセットするようにしてください」
「真ん中では……ない……!? そんな……まさか!?」
「そんなに驚く!?……っと、割と驚く方もいますよね」
あまりのリアクションのギャップに、思わず素がでちゃったじゃないか。
「ボールの置く場所から、全く異なるとは、正直油断していました……」
めっちゃショック受けてるけど、初対面の相手に中二なファンタジー言語恥ずかしげもなく使えるのに、ゴルフに関してのメンタル弱すぎではないだろうか。
「スイングを変えるということは、そういう事ですから。しつこく言いますが、これまでの〝構え〟を変えられたからといって、それはそれとして間違っていたわけではないですから」
「はい……」
見るからに肩を落として、ショックを受けた様子だけれども、ここまでへこむ人も珍しいな。ちょっと、情緒不安定で怖いけども。
「ちなみにドライバーは、左足踵の前に来る様に置いてください。これは固定値として確定で、その他のクラブは短いクラブ程真ん中に近くなり、長いクラブほど左へと寄って行きます。理由としては色々ありますが、僕らのスイングを作っていくと、その場所にスイングの最下点がくるということですね」
「全部同じ場所じゃ……ない!? あぁあぁあ!? なんて事!?」
「ちょ!? うぇ!? 声が大きいですから!? 落ち着いてください!?」
平日の午後だから、練習場のお客さんは割と少ないけど、それでもそんな大声だされたら、迷惑かかっちゃうのよ!
「流石に、ショック受けすぎじゃないですか? これまでも、動画とか本とかみて、勉強してきたという感じじゃなかったんですか? コーチによって指導理論は違いますから、もっと色々書いてあったり、言っていたりしていたでしょうに」
ゴルフは往々にして指導者によって、言うことが異なる。それは指導理論が異なるから当たり前の話だが、一般ゴルファーはそのことを把握していない場合が大多数であり、だからこそ、困惑することが多い。
「……神が、人から教えを請うなどあってはならぬ故に、昔に主神ドゥーガミに指導して頂いた時のことや、他の神々のスイングを参考にしたりしていました」
「……それなら、自分で言うのも変ですが、僕からレッスンを受けても、納得出来ないとはならないんですか?」
「主神ドゥーガミの加護を得ている英雄であり、主神ドゥーガミから全幅の信頼を得ている上に、主神ドゥーガミからも〝委ねよ〟と言われている為、マスターバーディーの言葉は、全て受けいれるつもりです」
事実だけを抽出して聞けば、車さんはとても良い生徒さんということになるだけども、言動がさ、言動がね、辛いのね!
過去の黒歴史を抉られるようで、メンタルへのダメージがね! 半端ないのね!
「マスターバーディー、胸を抑えてどうしたのですか? 特に体力値は減っているようには見えませんが、ん? 精神値が減少している? まさか、他の神達が遠距離精神攻撃を仕掛けて来たとでも!?」
そう! 目の前のアンタが、精神攻撃を俺に与えて来ているんだよ!? そんなキリッとした顔で、何処かのエージェントの如き立ち振る舞いで、俺を守ろうとしないで!? ほらほら、流石に常連さんとかが変な目で俺達を見出しているからぁああ!
「僕は大丈夫ですので、レッスンの続きを……」
「マスターバーディー! 私のゴルフの上達を阻止しようと、他の神が貴方に対して攻撃を仕掛けてくるとまでは、思いも寄りませんでした! マスターバーディーを守護する結界を、私の領域からこの世界においても展開させるには、申請やら何やら準備が必要ですので、一旦これにて失礼します!」
「は? え? んぅう!?」
「丁度三十分のレッスン時間も終わりましたので、頃合いも良いでしょう。それではまた、参りますので、これからよろしくお願いいたします」
「三十分経ったって!? うわ! マジか!? うぇえ!? ちょ!? 車さん!? 待って!?」
時計を確認し、流れるようにレッスン料金の二千円を俺に渡すと、颯爽とこの場を後にする車さんに、俺はもう困惑するばかりだった。
「……嘘でしょぉおお!? ボールの位置しか、レッスン出来てないんですけどぉおお!?」
何たる失態! 二千円もの代金を頂きながら、レッスン出来たのがボールの位置だけだと!? だって、なんだかファンタジーな世界にどっぷり浸かってらっしゃる方なんて、初めてだったんだものぉおお!
よしよし、オーケー、落ち着け、俺。伊達に、十年フリーでやってきていない。
いつも通りに受付の椅子に座り、缶コーヒーを飲む。
さぁ、整理しようか。何も慌てることはないじゃないか。新規の生徒さんが、一人増えて喜ばしいと言うだけだ。そうだ、事実だけを見れば、それだけだ。
ただちょっとだけ、幻想的な言い回しをして、レッスンが中々進まないだけ。
「また受けてくれるって、言ってたもんな……」
今の俺に必要なのは〝レッスンプラン〟だ。また次回も今回の様になってしまっては、俺が耐えられない!
「古鳥先生、お疲れさん。大変そうだったねぇ」
「あ、佐藤さん。お疲れ様です。ははは、いえいえ、新規の生徒さんだったもので。すみません、ちょっと声が大きくなってしまって」
佐藤さんは、練習場の常連であり、俺のレッスンも受けてくれているが、いつも俺を気にかけてくれる優しいお爺さんだ。
空いてる時間帯とはいえ、声が大きくなってしまった事で迷惑をかけてしまったのは、本当に申し訳なかった。
「いやいや、別に気になる程の声でもなかったよ。だいたい、何言ってるか分かんなかったし。古鳥先生は、レッスンしとったということは、会話できとったゆうことなんだろう?」
「んぅ、いやぁ、どうなんでしょうね。ははは」
まさに苦笑。これを苦笑と言わずして、何という。
こうして、車さんとの一回目のレッスンが終わったのだった。
そしてその日の夜、レッスンの問合せ用に公開しているメールに、車さんから次回のレッスン予約の問合せがあった。
それは今日と同じ、昼過ぎの時間だった。