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第二打 ちゃんと聞いてはいます

「〝アルヴァルキュロ〟を管理する十八柱の神々の一人、シャフレアと申します。この世界においては、(くるま) 由利亜(ゆりあ)と名乗っております。主神ドゥーガミの薦めにより、マスターバーディーのゴルフレッスンを受けに来ました」


「あ、はい。ちゃんと聞こえましたので、大丈夫ですよ」


 おそらく一字一句変えることなく、同じ台詞を口にする美女を目の前にして、俺はレッスン受付のパイプ椅子に座ったまま、営業スマイルで対応する。


 中二的な何かは、当然聞こえているが、それはそれとしてお客様として対応するのがプロであるからだ。


 それに、黒髪だがハーフのような顔立ちであるわけだし、もしかしたら実は日本語がそこまで得意ではなく、変な感じに日本語変換しているだけの可能性もある。と、信じたい。


 ドゥーガミというのは、きっと銅賀美さんのことだろう。俺のことを、古鳥を小鳥と捩って〝バーディー先生やな〟と時々いじってくるのは、今のところあの人だけだし。


「銅賀美さんの紹介だと思いますが、おそらくは僕がその〝マスターバーディー〟であってると思いますよ。レッスンのご希望ということですが、初めての生徒さんには必ずご説明することがあります。それは、私のレッスンは所謂ワンポイントレッスンではなく、必ず基礎からフォームを作るタイプのレッスンであると言うこ……」


「主神ドゥーガミの薦めなのですから、どのような指導であろうとも、私に異論はありません」


 食い気味に来られる上に、真っ直ぐ俺の目を射抜くように瞳を向けられると、流石に引きそうになるが、そこは俺も十年の経験がある。


 これまでも、色んな生徒さんがいた訳で。その中には、中二病美女だって、これまでの千人を超える生徒の中にいる訳ないだろ。


「……ご理解ありがとうございます。今日は、このままレッスンをご希望ですか? それとも、予約をされて行きますか? 今この時間は空いていますので、どちらでも大丈夫ですよ。ただ、今からレッスンをご希望されるなら、靴だけは……」


「すぐにお願いします。靴とクラブを車に取ってきます」


「あ、はい。お願いします」


 高いハイヒールでカツカツとリズミカルに音を鳴らしながら、(くるま)さんは駐車場へと向かって行った。そして俺は、天を仰いだ。


「ふぅううぅ……よし、頑張ろう」


 そして靴をゴルフシューズに変えてきた(くるま)さんが、再び受付の机の前にやって来た為、空いている打席へと案内し、申し込み用紙に住所氏名を書き込んでもらった。


「……あぁ、うん。はい、大丈夫です」


 全然大丈夫じゃなかった。


 氏名は問題なかったが、住所の記入欄には、はっきり〝アルヴァルキュロ、神界、シャフレの領域内〟と書かれていたのだから。


「レッスン料は、三十分二千円で現金のみとなりますが、よろしいでしょうか?」


「先に払った方が良いですか?」


「そうですねぇ……いや、どちらでも大丈夫です」


 先に貰いたい衝動に強く駆られるものの、他の生徒さんに対して同じ対応をとる。そして、それを聞いた(くるま)さんが、バッグに財布をとるために伸ばしていた手を引っ込めたのを見て、若干残念に思ったのは仕方がないと思う。


「それでは、今からレッスンを行いますが……(くるま)さんは、ラウンドは年に数回は行っているということなので、経験者ということですね。僕のレッスンは現在のスイングをベースにせず、どのレベルの方でも一からフォームをつくることを指導方針としてますが、よろしいでしょうか?」


「主神ドゥーガミからも、マスターバーディーに全てを委ねよと言われておりますので、マスターバーディーの指導方針に従います」


「……色々こだわりはあるのでしょうが、僕のことは自分で言うのも何ですが、名前で呼んでもらえませんか」


「分かりました。マスターバーディー、ご指導の程よろしくお願いします」


 全く分かってないよね?


 〝プロ〟や〝コーチ〟の亜種の呼び方だと思うことにしよう。きっと彼方の世界に生きる方々に取っては、一般的な呼び方なのだろう。知らんけど。


「それでは初回のレッスンを始めさせていただきます。先ず今日の内容としては、〝構え〟を作って行きましょう。先ずは、今の状態をチェックしたいので、実際にそのボールに対して、打つつもりで〝構え〟だけ作ってもらってよいですか」


「はい」


 (くるま)さんが作る〝構え〟は、典型的な我流の構えといったところか。でもそれは、どの基本的にほとんどの生徒さんに言えることだから、問題なし。


「チェックし終わりましたので、〝構え〟をといて楽にしてもらって良いですよ」


 (くるま)さんが〝構え〟をやめるのを待って、千回以上述べてきた説明をし始めた。


「ゴルフのスイングについて、少し説明をしますね。ゴルフのスイングというのは、色んなスイングの型があり、その為〝構え〟もまた其々のスイングに対応した専用の〝構え〟が存在します。よって、どんなスイングにも対応するような一つの基本の〝構え〟があり、そこから色んなスイングが派生している、なんてことはありません。」


「例えて言うならば、精霊術と召喚術、そして魔術、さらには武技といった物を発動するのに、〝詠唱〟が必要という共通の認識ですが、詠唱の中身としてはそれぞれ全く術式が異なるのと、同じという理解で良いでしょうか、マスターバーディー」


「あぁ、うん? え?」


 ゴルフの話に、ファンタジー用語で喩えられたとして、どうしたら? 流石に、こんな生徒さんはいなかったよ? 肯定していいの? 俺の言ったことが伝わったから、それが俺に伝わるように、かぶせで喩えてくれたんだよね? 


「〝魔法〟という言語としての意味は同じでも、光魔法と闇魔法では根本的な術式展開が異なるという事と同義ということでしょうか、マスターバーディー」


 わかる、分かるよ。生徒さんが俺が言った例えに対して手応えがない表情をした時に、言い方を変えて、もう一度チャレンジするやつ。


 いや、本当に分からん。


「所謂、そういう事ですね」


 どういう事なんだろうね。


「なるほど、理解しました」


「……何でも聞くんですが、これまで他のレッスンなど受けたことや、知り合いにゴルフを教えてもらったことありますか?」


「いえ、レッスン自体が始めてです。そして、周りで私にゴルフの助言をしてくれる者はおりません。今回は、主神ドゥーガミの薦めでしたので、受けてみることにしたのです」


「……そうなんですね。それでは、ほとんど独学で練習して来たんですね。でも、周りでゴルフしている方とかから、教えられたりとかしませんでした?」


 下世話な話、これだけ美人なら頼んでなくても、何か言ってくる奴はいそうだけどな。


「他の管理神達は、ライバルである私には何も助言はしてこないか、してきても騙そうとしてくるのは目に見えている為、聞く耳持たぬようにしております」


 きっと、結構ギスギスした感じの職場なんだなぁ。流石に、職場でコレじゃないよな? だとしたら、練習場で見かけても俺が同僚だったら、絶対に声をかけないよ?


「それは、大変ですね。それではレッスンの続きといきましょうか。先程もご説明したように、これから作る〝構え〟は、僕らがこれから作り上げたい理論の為の、専用の構えとなります」


「はい」


「ですので、今の〝構え〟を随分と変えられるでしょうけども、それはこれまでの〝構え〟が決して間違っているのでなく、それはそれ、これはこれという感じで、どっちも正しいのだけれども、作りたいフォームが異なるから〝構え〟も異なると言うことなので。違うことやってたわぁ、なんて凹まなくても大丈夫ですからね」


 生徒さんは、〝正しいスイング〟や〝正しい構え〟を一つだと思っていることも多く、レッスンで直される箇所が多いほど、ショックを受けることもある。しかし、ゴルフのスイングなんてものは、あたって前に飛べば良いわけで、それまでのやって来たことは、それはそれとして一つの型として、認めてあげとけば良いのだ。


「例えるなら、今まで平泳ぎしていた方が、新しくクロールに泳ぎ方を変えるだけなので、それまでの泳ぎ方を否定する必要はないと言うことですよ」


「それは、刀神が伝える剣技と剣神が伝える剣技は、どちらも〝斬る〟という行為は同じだけれども、その方法は異なり、しかしながらそれらはどちらも〝斬る〟ということに対してどちらも正しく、どちらが間違っているということでもないということですね?」


 あぁああああああああ!? ずっと続くのコレぇえええええ!? 例えに例えで被せられた上に、それがあってるかの確認が来るけど、理解できないよぉおおおお!?


 心の叫びを表情に出さない俺を、誰か褒めてぇえええ!

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