第十五打 全力
「さてと、私も支度支度っと」
早朝レッスンの予約を取るために、古鳥に電話したシャフレアは、一息つくと、出かける準備を整え始めた。
自身の想像した世界に戻れば女神である彼女も、この世界においては人の身でもって生活している。その為、当然ながら疲れもするし、空腹も感じる。神が忘れた感情さえも、この世界においては体験することが可能である。
だからこそ、異世界の神々達の休息の地として、人気なのであった。
シャフレアも、すっかり今ではこの世界の身体にも慣れ、夜更かしなどお手のものとなっている。多少の眠気はあるものの、テキパキと身支度を進める。
「マスターバーディーは、完全に寝てたけど、ちゃんと時間に間に合うかしらね」
自分で叩き起こしておいて、全く悪びれない様子のシャフレアを古鳥が見たら、彼の額にはきっと青筋が浮かび上がるに違いない。
そんな想像を思い浮かべることなく、シャフレアが玄関の扉を開くと、彼女の顔に朝の気持ち良い少し冷えた空気が触れる。
神系企業が運営するMMORPG【アルバトロスワールドオンラインα】は、シャフレアがどハマりしているゲームであった。
ゴルフに対しては、参加しなくてはならない会社のコンペの為にやっている程度だったが、ことゲームに関して、特にアルバトロスオンラインに関しては別だった。
初めて地球に来た際に、文化を知る為に試しにと始めたアプリゲームに、彼女はどっぷりハマってしまっていた。
アルバトロスオンラインの運営会社自体が、同じようにゲームに嵌まったゲーム好きの異世界の神々が趣味で創った会社であるため、その事を事前に知っていた彼女は、安心してハマったのである。
更に運が良いことに、同じ時期にゲームを始めたという初心者プレイヤーと、偶然に同じクエストをした時にフレンドになったのだが、この時から相棒と言って良い程に一緒に遊ぶようになった。
シャフレは異世界の女神である為、特にこの世界においては仕事をしている訳ではない。
では、何をしているのか?
単にだらだらしながらゲームをしていた。本来の彼女のこの世界の過ごし方は、いたってシンプルに休息に来ている為だった。
その為、ゴルフなんてものは嫌で嫌で仕方がなかった。彼女の中でゴルフは、仕事になっていたからだ。
上司や先輩とのゴルフコンペなんてもの楽しい筈がなく、そんなことしているぐらいなら、今日のログインボーナスをもらいにデイリークエストをクリアした方が、よっぼど休日を満喫していることになるのだから。
そんな彼女が、上司に言われてゴルフレッスンを受けるということは、結局仕事なのであった。
「はぁ……頑張れ、私!」
自身の分身とも言える世界を護るためには、この理不尽極まりない試練を超えなければならない。その想いのみで、今日も彼女は古鳥のいる練習場へと向かうのであった。
「おはようございます」
「おはよう。今日も、しっかり頼むわね」
仕方なくする上に、好きでもないゴルフを〝ヒト〟から教わるということに対して、〝楽しい〟と思うことはない。
「それでは、今日も先ずは〝構え〟のチェックから行いますね。ボールをセットしたら、構えだけ作ったところで止まっておいて下さい」
古鳥とて、事情は分からなくともシャフレが嫌々ゴルフを習っていることなど分かっている。それは別に珍しいことではないからだった。
会社のコンペ、取引先のコンペ、上司に誘われて等、特に好きでもないゴルフをしなくてはならない社会人は、少なくない。それでも周りに迷惑をかけたくないと言う想いから、そのような者達が、自分のレッスンを受けにきていることも理解している。
だからこそ、古鳥は全力で生徒のゴルフを楽しくしようと尽くす。
例え仕事の為だったとしても、嫌いだったとしても、少しでも楽しいと思ってもらえるように。
「それでは今日は、構えの最後のポイントである〝方向性〟を合わせていきましょう。基本的には僕らが作ろうとしているスイングは、目標線に向かって真っ直ぐに飛び立たせることを目標にしますから、構えも目標線に向かって平行に立ちます。足、膝、腰、肩、目線、すべてです」
「これでいいのよね?」
「足、膝を揃えれば腰はずれることはないので、それで良いのですが、左肩が左にずれてますね」
「私は確実に貴方の言う通りにしたのだけれど? それでミスがでたということは……まさか……!?」
「謀ってませんからね!?」
どんな生徒だとしても、彼は全力を尽くすだけであった。




