第十二打 すれ違う認識
〝普通のプロコーチ〟
そんな古鳥の言葉を、シャフレは全く信じていなかった。
普通のゴルフのコーチが、主神ドゥーガミのみならず、他にも自身が所属する世界以外の神からも加護を受けていることは、一目でわかっていた。
それほどまでに、神の眼で視る小鳥の存在感は、異常であった。しかし、周りの様子を見る限り、この世界においての彼の存在というのは、突出しているとは言い難い。
「そのように股関節あたりに当たっているゴルフクラブを、後方へとしっかり押し込むことで、ゴルフをするにあたり重要な〝前傾姿勢〟が、腰に負担がかかりにくい形で作ることが出来上がります」
肩の高さまで、ゴルフクラブの両端を持って上げていた両腕を、シャフレは古鳥の指示通りにゆっくりと下ろし、言われるがままに、クラブが当たった股関節を後方へ押し込んだ。
「そのまま、膝を少し緩めてください。この姿勢の時に、腰に張りなど辛い感じがなければ成功です。そして立っている場所が水平の時の重心は、足の裏でいえば、爪先や踵に寄らず、均等にお願いします」
指示通りに姿勢を作るシャフレだったが、わかりやすく嘆息を一つ吐いた。
「はぁ……ねぇ、私を女神と知りながら馬鹿にしてるの?」
「え? どう言う意味ですか? 決して、車さんを馬鹿になんてしてませんよ!?」
至って普通に、そしていつも通りに〝ゴルフの構え〟のレッスンを行なっている古鳥は、あからさまに動揺した表情を、彼女に向けていた。
彼も十年に及び千人を超える生徒達を指導してきたが、流石にこの時点でこのような反応を見せられた事はなかった。
「だって、この姿勢なんて完全に神獣召喚の儀からの上位派生〝神龍降臨の儀〟の姿勢じゃない。まさかだけど、ここからさらに、肩甲骨をやや狭めて、腕を肩の下にだらりと垂らした姿勢なんてしようものなら、最上位召喚陣〝女神降臨の儀〟となるわ」
「……はい? いえいえ、その肩甲骨と腕を楽に下ろした姿勢が、ゴルフの〝構え……」
「女神に女神を降臨させようとするなんて、正直スベってるわよ?」
シャフレは気づかない。古鳥の額に青筋が立っていることを。
耐える古鳥と、煽るシャフレの構図だが、シャフレの言動があまりにも本気すぎて、基本的に中二的な発言は、全て流そうと決めている古鳥は、その怒りを心の海に沈めるのであった。
実際として、これまで所謂普通に生活してきた古鳥が、シャフレの言動をどう感じるかなどは、火を見るよりも明らかであった。しかし、シャフレはそれを理解出来ない。
何故なら、二人の間には決定的に〝前提〟が異なっていたからであった。
古鳥は、正真正銘ただの人間であり、すでに中二病は完治している常識ある三十代の男である。そして、プロ意識を持ち、とにかく生徒が楽しくゴルフを出来るように、真摯にレッスンに取り組むプロコーチである。
だからこそ、今もシャフレを前にして、彼は一生懸命にゴルフをしようとしているのである。
対してシャフレは、どうなのか?
彼女は、真実〝異世界の女神〟である。そして、古鳥が他の複数の神々から〝加護〟を受けていることも、主神ドゥーガミから知らされており、彼がその様な人物であると認識した上で、此処に居る。
その為、当然の事として、古鳥が異世界の事柄について、全く知らない上に、その様な話を全て虚言であると判断しているとは、文字通りに夢にも思っていなかった。
彼女も主神ドゥーガミから、中立の世界に異世界の複数の神から、同時に加護を得ている者がいると言われても、正直その目で確かめるまでは、全てを信じていなかった。
それほどまでに、あり得ないことだったのだ。
しかし、彼女が敢えて使用した異なる世界の言葉を古鳥は、自然に聞き取り、理解していたことから、彼が普通の人間ではないことを確信したのだった。
かくして、普通のプロコーチのつもりで通常通りにレッスンを進めようとする男と、至って真面目に世界を救うべく奮闘する女神という、奇妙な組み合わせが出来上がったのであった。
だからこそ、彼らの想いはすれ違う。
「……丁度上手いことに、その、〝女神降臨の儀〟の姿勢のままで、肩の真下にある手をパチンとその場で叩いてください。それが、グリップを作る場所となります」
「……発動させたいの?」
「これは、ゴルフの〝構え〟ですので、絶対に発動しませんから、安心して手を肩の真下で叩いてください」
シャフレに悪気はない。全くない。古鳥をおちょくろうとしている訳では、決してない。
本気で、そう思ってるのだ。
「まぁ、確かにそうね。術式をこの地に刻んでいない状況下では、単なる真似事としかなり得ないわね。逆に考えれば、ゴルフという存在が、神という存在に密接にリンクしているとも言えるわね……なるほど、だから神々がこぞってこの世界において、ゴルフに興じているのね」
当然、古鳥は思う。
〝逆とは?〟
本来なら、声を大にしてツッコミたい古鳥だが、既に彼は完全にシャフレが、その道のガチ勢だと認定している為、そこは喉元を自ら手により物理的に抑えて、思いとどまる。
「何やってるのよ」
「がはっ……いえ、ちょっと、少し込み上げてくるものがありまして。もう大丈夫です。レッスンを進めましょう」
三回目のレッスンも、残り時間があと五分ほどに迫り、はたして小鳥が望むレッスンを行うことが出来るのか。
この物語は、〝ゴルフを教えたい男〟と〝世界を護りたい女神〟が織りなす、ゴルフレッスンラブコメディーになるかもしれないお話である。




