第十一打 想いは同じでした
「ちなみに力を入れる指や、強さは意識していますか? その……〝魔法の杖〟を振る時とかですが」
俺のメンタルよ、もってくれ!
「そうねぇ、特に意識したことはないかしら」
「ゴルフクラブを握る場合は、左手は小指、薬指、中指の三本。右手は中指、薬指と左手の親指を押さえている親指の付け根あたりに力を入れるようにしてください。握る強さとしては、握力を十段階で分けたとして、四から五程度が理想ですね」
打ちっぱなし場のマットの上や、ゴルフコースで綺麗に刈り込んである場所であれば、これで良い。だけれども、芝生が長い場所やバンカーといった場所へと球が行ってしまった場合は、その限りではないのだけれどもね。
「なるほど……だいたい獣人族の尻尾を、気分を害さない程度に握る程度の強さということかしら」
何それ、ちょっと握ってみたい。だけども、全く例えが分からん。
「所謂、強過ぎず弱過ぎずという表現であったり、握手する強さ、または手を引いて歩いてあげるぐらいですかね」
コーチと生徒が、お互いに共感できる例えを使いたいんです。
「手の平に創り上げた魔力球を、破裂しない程度の強さということね。うん、こっちの方がしっくりくるわ」
まったくしっくりこないよ、どうしよう。
まぁ、それでも良しさ。取り上げず、グリップに関する必要最低限の事は、レッスンできたのだから!
「次は〝姿勢〟を作っていきましょう。一度グリップを崩してもらって、ゴルフクラブの両端を掴んでもらったら、そのまま肩の高さまで上げてください。そして背筋をまっすぐに整えてください」
「神獣召喚陣を発動する型になれって事? この世界においては、私は魔力も神力も封印されているから、そんなこと出来ないわよ」
打ちっぱなし練習場に、何を喚ぼうとしてるんですか?
今、貴方はゴルフのレッスンを受けてるんだよね? 俺って、今ゴルフレッスンをしてるよね?
「特に敵がいる訳でもありませんし、神獣は呼ばなくても大丈夫ですよ。それでは、そのまま腕を下ろしていくと、丁度クラブが股関節辺りに……」
「甘いわね。確かにこの中立の世界においては、異世界の神々だとて力を発揮することは禁じられているわ。基本的に、そもそもそんなこと出来ない筈だもの。だけど……神同士の争いだけでなく、〝神殺し〟だって確かに世界には存在するの」
そんな遠い目をされても、困るんですが? 確かに、俺が少し乗っかっちゃったのが悪いと思うよ。でもね、ほんの少しだけじゃん?
ちょっとスムーズにレッスンが進んだからといって、油断した俺が悪いんでしょうね!
「それでは、今上げている腕を下ろしていくと、クラブが股関節の辺りに当たりましたら、そこから……」
「待って、マスターバーディー。このまま腕を下ろしても、神獣は召喚されないわ」
何で、そんな勉強できない子を見るような残念な目を、俺に向けるのかな? むしろ、俺がそんな目を決して貴方に向けないことを、誰かに褒めて欲しい。
「ゴルフの前傾姿勢を作るだけなので、大丈夫です」
何が〝大丈夫〟なんだろうね?
「何が、大丈夫なの?」
なんでそこ、引っかかっちゃうのぉ……
「やっていただきたい動作は、ゴルフの前傾姿勢を作る為であって、ソレをアレしたいわけではないのですから」
「確かに、ゴルフのレッスンを行なっているのは、分かっているわ」
分かってたの!?
「問題は、どうして神獣召喚の儀の姿勢を、貴方が知っていたと言うことよ」
「いえ、全く知りませんでした」
「やけに、力強くはっきりと答えるわね」
既成事実を積み重ねられたら、たまったものじゃないから!
「偶然にも、〝構え〟の前傾姿勢を覚える方法が、車さんの仰るソレと同じだったという事かと思いますよ」
さぁ、もう次に行きますよの笑顔ですよ、これは。見てください、最高の営業スマイルを!
「神獣召喚の儀の型と、ゴルフの姿勢が同じだなんて偶然、本当にあると思ってるの?」
思っています。
「この偶然こそ、神の導きと言えるのではないでしょうか」
何、言ってるんだろうね、俺。
「神の導き……主神ドゥーガミは、この事を知っていて、まさか私にマスターバーディーを薦めた?」
まぁ、銅賀美さんにも同じ内容のレッスンしてるから、知ってるわな。
「なるほど、そう言うことね」
どう言うことかは、別に聞かないよ? それより、早く前傾姿勢の作り方に進みたいから。
「万が一、私が優勝を逃した時は、マスターバーディーの力を持って、世界を救うと言うことね」
「何がどうして、そうなりました?」
聞いちゃうよ。聞くしかないでしょうがよ!? 許されるなら、大声でツッコミ入れたかったよ! 抑え込み過ぎて、声が震えているけど、仕方ないよね!
「神たる者は、先の先の事態をも予見し、行動しなければならないわ」
ゴルフクラブの両端を両手で持って、それを肩の高さまで上げ、背筋を真っ直ぐにしている姿勢をキープしながら、ドヤ顔してるから、割と真剣にレッスンを受けている感じに見えるだろうね。
他の人は、この人の言葉を聞いていないからさぁああ!
「それでは、その腕を下げて頂いたくと、丁度股関節辺りにゴルフクラブが当たるはずなので、そしたらぐいっとそのまま後方へとクラブを押し込んでください。そうすると、このように綺麗な前傾姿勢を作ることができます」
「優勝を逃し、世界を変えられたり、ワンオンコンテストで罰金がわりに魔王を降臨させられたりしたら、速やかにマスターバーディーの力を使い、速やかに対処しろとのことと言うことよ」
中二を無視してレッスンを進めたら、レッスンを無視して中二を進め返されただと!?
「……このように、ぐいっと股関節を引くことで……引くことで……僕は、一介のゴルフのプロコーチですから、魔王に対しては無力だと思いますよ」
負けた……そんな真っ直ぐの瞳で、こっちを見られたら、こっちが乗っかるしかないじゃないか……
「マスターバーディーは、異世界から戻ってきた口?」
そんな口が、何処にあるというのか。
「普通のプロコーチですよ。ということで、今の僕にできる事を先ずすることが、きっと世界の平和に繋がる筈でしたよね」
「その通りよ。だからこそ、早くレッスンを進めたいのよ」
おかしいなぁああああ! その想いは、一致してるはずなのになぁああ! 結果が、違うの何でだろうなぁあああああ!




