第十打 そんな偶然もあるものだね
「それでは、今日のレッスンを始めさせて頂きます。よろしくお願いいたします」
「よろしくね」
「それでは、三回目のレッスンですが、いつも通り〝構え〟からチェック、及び続きをやっていきましょう」
今日は、俺主導でレッスンを進めるのだ。
「球の位置は左側で、足の幅は私の思う肩幅からやや広めであってたわね?」
「……そうです。その通りです!」
普通に覚えていた事に、俺は驚いているのはない。普通に会話ができそうな事に、俺は驚いて……
「何を驚いた顔しているのよ。球の位置は、邪眼の位置だし、足の幅は多重詠唱の際の構えと同じだったから、覚えやすいのよね」
あぁ……俺の驚きを返してくれないか? だけど、俺は負けないよ。今日で〝構え〟を終わらせて、次のレッスンでは〝フィニッシュ〟をやるんだ。
「良いですね。自分なりの覚えやすいキーワードを作ることで、忘れにくくなりますからね」
そう、自分なりで良いの。他人にそれを話しさえしなければ!
「今日は、〝グリップ〟から始めましょう。ゴルフのグリップ、所謂握り方は特殊な形になっていて、中々分かりづらいので、しっかりやっていきますね」
「その前に、一つ良いかしら」
嫌です。
「どうぞ。何か、ご質問ですか?」
「確認なのだけれど、レッスンの進行が遅くない? こんなんで、間に合うの?」
いや、本当に。マジで、遅いんですよ。はい。よく中断しちゃってますからねぇええ!
「確かに、少し遅れ気味なので、今日でしっかり〝構え〟を終わらせましょう。ただ、レッスンが進んでいなくても、現時点で球の方はしっかり打ち込んでくださいね」
「何故? どうせなら、コーチがいる前で練習した方が効率よいでしょ? それに、まだ振り方だって教わっていないのだけれど?」
いやいや、そんな〝キッ〟みたいな効果音が聞こえてきそうな感じに、俺を睨みつけないでください。俺にとって、それはご褒美ではありません。シンプルに、怖いですよ?
「僕がレッスンをするのは、効率良く、怪我の少ないスイングを行う為の筋肉の動きを指導しますが、それだけでは当然ゴルフは上手くならないです。シンプルに〝球を打つ〟ということが必要です」
「綺麗なスイングを身につけてから、球を打ったら良いのではないの?」
「〝球を打つ〟ということは、〝当てる〟練習ですから、いくら綺麗なスイングを作ろうとしても、〝当てる〟練習をしないと当たりませんから。なので、現時点でも〝球を打つ〟ということをしていかないと、〝当てる〟ことは上手くなりません」
ゴルフはどんなスイングだろうと、プレーすることが出来る。打ちっぱなし練習場へと行けば、人の数だけフォームが存在するが、それは皆んな〝数打ちゃ当たる〟をしっかり実践しているから当たる様になるのだ。
逆に言えば、数打たないと当たらない。
机上の話で言えば、理論を理解し、筋肉を正しく動かせば、ちゃんと当たる。なんて事は、現実では空論と化すのだから。
「ちょっと待って!? ということは、レッスンを受けるだけで、勝手に上手くなるわけではないの?」
「勿論レッスンの際も、これから球を打ちますから、それだけでも上達はします」
「そ、そう。なら良かっ……」
「ただ、それだけだと、シャフレさんの目標とするコンペには間に合わないでしょうね」
「なん……ですって?」
うん、そのリアクションは予測出来た。一度は、その台詞を現実でも使ってみたいものね。ただ、気持ちが乗りすぎて、顔面蒼白になってるのは、その台詞を自分のものにし過ぎではないだろうか。
「完璧な理論を学べば、その通りにスイングが出来るのではないの!?」
「理屈で筋肉は動きませんから、理論だけでは球は当たりません」
「魔法陣に、術式を展開すれば、魔力をあとは注ぐだけみたいにならないの!?」
いや、知らんけど。
「ならないです」
「スキルの発動の様に、特定の動作と魔力の供給によって、自動的に身体が動くとかではないの!?」
何それ、怖い。
「ならないです」
「そん……な……それじゃぁ、何の為のレッスンなのよ……」
「自分の意志で筋肉を動かして、より効率的に安定的にゴルフボールを飛ばす為のレッスンですよ?」
「思っていたのと違う……」
むしろどうんな風に思っていたのか聞いていみたい。いや、やっぱり聞きたくない。
「いづれにせよ、目標達成のサポートをするために、僕はいるので、一緒に楽しみながらゴルフを知っていきましょう!」
ぐっと拳を握りしめるのは、生徒さんの心を支える決意を示すためである。ここまで極端ではなくとも、似たような考えを持っていた生徒さんもいないことはなかった。
頭で理解しても、身体は思うように動いてはくれない。
結局のところ、コツコツと筋肉に作りたいフォームを癖づけさせるしかないのだから。
「そう……ね。あのゴルフ狂いの主神が、自信満々に私に薦めた人物だもの。きっと、何とかしてくれるに決まってるわ」
決まってませんが、頑張ります。
「それでは、今日はグリップをレッスンしていきますね。先ずは、左手から作っていきましょう」
おぉ!? 素直に頷いたよ!? 今のうちに、出来るところまで畳み掛けなければ!
「先ず、左手の握り方ですが、ゴルフクラブを左手の小指の付け根から人差し指の第一関節に向かって、斜めに乗せます」
「斜めに? 握りにくいのだけれど」
「どんな握り方であろうが、数ミリ変えられただけでも気持ち悪いのがグリップです。これは、申し訳ないですが、違和感が強くても我慢してとしか言えないですね。五分から十分、我慢すれば慣れるので、それまで辛抱です」
「仕方ないわね」
「そのまま、先ずは親指以外の四本の指のみでクラブを、斜めに握りましょう。親指はそっと優しく、人差し指の横に乗せます。そうそう、いいですね。その感じです。そして親指は、人差し指の横にそっと指先を乗せてあげます」
「手のひらとグリップの間に空間が出来て、強く握れないわ」
「それでオッケーです。この様に指で握るグリップの事を〝フィンガーグリップ〟と言って、現代ではこの握り方が主流ですね。でも、覚えにくいですよね」
ゴルフのグリップには、他にも色々と種類がある。フィンガーグリップの他にも、パームグリップやベースボールグリップと言った具合だが、作り上げたいフォームに合わせて、グリップも選択したければならない。
ただ、これが他のスポーツのグリップと違って、多少なりとも複雑で分かりにくいのは否めないよなぁ。
「あ、これ、魔法の杖と同じ握り方ね。それなら、分かりやすいわね。ほら、これで良いんでしょ」
いやいやいや、魔法の杖て……
「綺麗に出来てる!? しかも、親指と人差し指で作るVの形が、しっかり右肩に向いている!?」
何なの!? 魔法の杖を使うときに、手首でも使うの!?
「身体の中心に構えて、この角度に手首を捻ると、手首を曲げやすくて、素早く魔力弾なんかを飛ばしやすいのよね。大体左手の拳骨が二個ほど見えるくらい捻るのよ。こうすると、腕から魔法の杖への魔力の流れがスムーズになって威力もあがるわ」
親指と人差し指で作るVの向きを、右肩に向けるように手首を捻ることで、手首を真っ直ぐ曲げることが可能なため、その角度の目安が左手の拳骨が二つほど見えるくらい捻ることなんだけど……
理由はともかく、ぴったり合ってるって嘘でしょ!?
「ちなみにその、所謂、魔法の杖を両手で握ることもあるのですか?」
あぁあああ!? 三十代で真面目に口にする〝魔法の杖〟のダメージが、想像以上にきついぃいいい!?
「あるわね。特に魔力を込めなければならないとかは、こんな感じに右手の中指と薬指を先ず引っ掛けて、左手の人差し指の横にくる様に握るわ。この時、右手の小指は、指先から魔力を放出しながら込める量を調節するために、杖は握らず左手の上に乗せておくか、あるいは魔力を循環して制御するために、左手の人差し指と絡めて握ったりするわね」
それ、〝オーバーラッピング〟と〝インターロッキング〟なんですけども!?
怖い怖い怖い!? 何なに? ファンタジー業界に、いつのまにやらゴルフが入り込んでるの?
「……右手の親指と人差し指は、どうされるんですか?」
「右手の親指は、時計で言うところの私から見て十一時方向にそっと乗せて、人差し指は鉤爪の形をつくるわ。ちなみに左手の親指は右手と逆で一時方向において、右手の手のひらの生命線のところでつつみこむわね。懐かしいわねぇ。そうそう、こんな感じからしら」
「……綺麗です」
「女神だし、当然ね」
「あ、すみません。グリップの方です。完璧に、綺麗なフィンガーグリップが出来てます! そのまま、〝魔法の杖を両手で握った形〟で、これからゴルフクラブを握りましょう!」
「そうなのね。それにしても大丈夫? 私は大丈夫だけど、マスターバーディーの場合は、そんな大声で興奮しながら〝魔法の杖〟とか言ってると、変な目で見られるわよ?」
あんたがそれ言うの!?
嘘だろぉおおお!?




