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月日星麗華の心霊取材  作者: 植原翠/新刊・招き猫⑤巻
第二章・吊り橋の女
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5

 始発で先生のアパートの最寄り駅を訪ね、そこで先生と落ち合った。昨晩と同じファミレスに入り、僕は改めて、夜中の出来事を話す。


「とてもリアルな映画を見ている感覚でした。なんていうか、女の強い怨念が自分の中に流れ込んできて、女が見ていた風景がそのまま共有されてくるような」


 先生はホットコーヒーを飲みながら、真面目な顔で僕の話を聞いていた。

 最初は、胸に心霊スポットで感じた恐怖心そのまま心理に根付いてしまって、悪夢を見ただけだと思おうとした。スマホの音で霊がいなくなったのは、僕が夢から目覚めたからだ、と考えた。そうだと思いたかった。

 先生はテーブルに身を乗り出して、僕の首筋を観察した。


「これは想像以上の収穫だな」


 僕の首にはくっきりと、締められた痣があった。ここまできたらもう、気のせいや見間違えでは突き通せない。


「無理心中を図ったのは、この男女本人たちのみぞ知る。逃げた男自身が誰かに語ったのでない以上、その顛末は誰にも知り得ないはずだった」


 先生がコーヒーを啜る。


「しかし死んだ女は知っていた、と」


「まさか、幽霊本人から語られるとは思いませんでした」


 僕が項垂れると、先生はあははっと軽やかに笑った。


「面白いじゃないか。小鳩くん、次回作は幽霊がヒロインの切ないラブストーリーなんてどうだ?」


「茶化さないでくださいよ」


 僕らのテーブルへ、店員さんが皿を運んでくる。モーニングメニューのパンケーキである。先生は食べないようだが、僕はちゃっかり頼んだ。

 先生がコーヒーカップを唇につける。


「幽霊は幽霊とはいえ、元は生きていた人間だ。だから人間と同じように大きい音にびっくりするらしい。吊り橋の女もそんな感じで、スマホの音に驚いていなくなったのかもな」


「だとしたら、先生が酔っ払って電話してくれたおかげで、僕は命拾いしたわけですね」


「そうだな。感謝していいぞ」


「そもそも先生のせいで幽霊ついてきちゃったんですけど」


 僕はパンケーキに蜂蜜を垂らし、ナイフを手に取った。


「先生がご無事でなによりですけど、なんで先生はなんともなかったんだろう。同じ場所に行ったのに」


「私には見えなかったからじゃない?」


「なんで僕にばかり見えたんでしょうか」


「悪霊に好かれやすいからじゃない?」


 先生があっけらかんとして答える。

 いじめっ子は自分より強い相手はいじめないが、自分より弱そうで、反応が面白い者をターゲットにする。先生は幽霊より強そうだから、僕ばかりが狙われたのだ。元はと言えば先生が僕を連れ出したのに、踏んだり蹴ったりである。

 先生は自身の座るソファ席に置いた、大きな鞄に目をやった。昨晩のカメラを包んだカメラバッグである。


「このあと写真店が開く時間になったら、昨日の写真を現像しよう。君に見えていた女が写真に写っていれば、私もそのご尊顔を拝める」


「見ないほうがいいと思いますよ」


 僕は死にかけたというのに、先生はどうも危機感がない。

 僕は切り分けたパンケーキを口に運んだ。蜂蜜の甘さが口の中にじわりと広がる。


「僕、これからどうしたらいいんでしょうか。噂によれば、幽霊を見た人たちはそれぞれ不可解な死を遂げてるんですよね。僕もこのままじゃ死んでしまいます」


「昨晩は金縛りに遭って、首を絞められたんだったか。今回は助かったけど、まだ次がありそうだな」


 今思えば、山からの帰り道も、僕が騒いだせいで何度か交通事故になりかけた。先生が冷静だったおかげで無事に帰ってこられたが、運転者が僕だったら間違いなく惨事を起こして、最悪死んでいただろう。

 女の幽霊は今夜にでも、きっとまた僕を殺しにくる。


「お祓いしてくれる神社、調べてみよう。あれ? こういうのってお寺でしたっけ。それとも霊能者?」


 混乱する僕に、先生は真顔で待ったをかけた。


「だめだ。まだ祓っちゃいけない」


「なんでですか。僕まだ死にたくないです」


「なんでって、本物の幽霊が君に取り憑いてるんだぞ? 取材の絶好のチャンスじゃないか!」


 先生は真顔だったけれど、その目をおもちゃを貰った子供みたいにキラキラさせていた。僕は命の危機だというのに、この人ときたら。

 仏頂面でパンケーキを頬張る僕を面白そうに眺め、先生はコーヒーを楽しんでいる。


「結論から言うと、君は幽霊に殺されたりしない。なぜなら私が君を守るからだ」


 コーヒーの湯気が、先生の鼻先を掠める。


「今夜、うちに泊まりに来なさい。幽霊が現れるのは夜だ。その間、私は君を見張って、幽霊を待つ」


「は、はあ」


「お祓いは取材のあとだ。その手合いはどいつもこいつもインチキ臭くて信用ならんが、探せばたまにはまともな奴もいるだろ」


「最後のほう、だいぶ無責任な……」


 呆れた顔で言ったあと、僕は先生の言葉を振り返って今更ハッとした。


「泊まる!? 先生はひとり暮らしの女性ですよ? なに言ってるんですか?」


「なにか不都合があるのか? 他に幽霊と会う方法が思いつかないんだけど」


 動揺しているのは僕だけで、先生は平然としている。僕が男として見られていないのか、警戒に値しないと思われているのか、大人の余裕というやつか。そういえばこの人は普段から異様に無防備だし、そもそも貞操観念が緩い人なのかもしれない。

 僕のほうはそんなに開放的な性格ではないのだが、昨晩自分が死にかけたことを思うと、言っている場合ではないのかもしれない。これは命に関わる緊急事態なのだ。


「私は今日は午後からムクちゃんと打ち合わせだし、君にも都合があるだろう。日没前にうちで合流だ」


 先生は僕の返事を待たずに約束を取りつけ、機嫌良さげにコーヒーを味わっていた。

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