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心の声音  作者: のなめ
第二章 真実の音
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第5話   『揺れた先に見えるもの』

しばらく歩き目的の場所まで近づくと、その奥から複数人の声が聞こえてきた。4人ほどだろうか。


彼は気づかれないようにその声のする方へ向かい、物陰から様子をうかがう。


「はぁ……本当は様子なんか見なくても、どういう状況かはわかってるんだ」


だがそれを目の前にするとどうしても一歩が踏み出せない。相対したくない。


あの日――偶然通りかかったこの場所で、見てしまったのだ。


高校に入学して最初の友達であり、唯一の親友でもある――白崎歩(しろさきあゆむ)という人間が、同級生3人に()()()()()()()()ところを。


裕太はその時、いじめを止めたいと思った。出来ることなら、彼をいじめたその3人を殴り倒してやりたかった。しかし、その思いとは裏腹に足はすくんで動けず、ついに見て見ぬふりをしてしまった。


その後昼休みが終わり授業が始まってしばらくたった頃、彼は戻ってきた。ただその姿はあまりに見るに堪えないもので、顔には絆創膏が沢山張られており、足も何かでひっかかれたような傷が無数にあった。


授業が終わり休み時間となったため、裕太は彼に声をかけようと思ったが、それも出来なかった。そんな資格は自分にはないと思ったからだ。


しかし下校時刻になり、このまま声をかけなければ本当に取り返しがつかなくなると考えた裕太は、もうほとんどの生徒が帰った教室から出ようとしている彼に、意を決して声をかけた。だが――結局何を言えばいいのか思いつかず黙っていた裕太に、しばしの沈黙のあと物悲しげに微笑むと、そのまま教室を後にした。


それが、お互いの最後のやりとりだった。次の日から彼は学校に来なくなり、転校したと知ったのはその1ヶ月後だった。おそらく彼は全て分かっていたのかもしれない。


そんな当時を思い返し、その余りにも弱く情けない自分に、もはや何度目かも分からない嫌気がさす。


「だからこそ、ここで怯えて諦めるようなことはしたくない」


自分のやりたいことはなんだ。なぜここに来た。


そうだ――もう自分はどうなってもいい。ただ、彼に助かってほしいだけなんだ。


「――おい、そこで何してんだよ」


「......あぁん?誰だお前。別に関係ねえだろ。どっかいけや」


3人はゆっくりとに裕太の方に振り向き、値踏みするように睨みつけながらリーダー格の男がそう言ってくる。


「くっ……」


今までに感じたことのない強烈な圧を真正面から受けたことで、これはまずいと本能が危機回避を訴えかけてくる。


いざ相対すると、その恐怖心は自分の想像をいとも簡単に上回っていた。こんなにも想像と現実で感情の程度に差があるものだろうか。さきほどまでの威勢はどこへいったのだ。何故吹き飛んだ。まるで直前までの気合が全くの嘘のようにも感じてしまう。


ふと視線を落とすと、自分の足が小さく震えていることに気が付いた。やはり無策で挑むべきではなかったのだ。何も考えずに衝動で動いてしまった自分の愚かさを心底呪いたくなる。せめて何か策があれば、ここまで想像と現実の感情に差は出なかっただろう。これではまるで、わざわざ返り討ちにあいに行くようなものではないか。確かにこんな調子では人生が上手くいかないわけだ。そんなことが頭の中を駆け巡り、より一層自己嫌悪が酷くなっていく。


しかし彼はそれでもなんとか前に進もうと、自分の中のありったけの勇気を振り絞り、震えを抑えながら言葉を吐いた。


「……ふざけるな。お前達3人がかりでその人をいじめてるじゃないか。そんなにイライラしてるんだったら彼じゃなくて僕を殴れ!!」


その言葉をどう受け止めたのか、しばしの沈黙のあと彼らはお互い顔を見合わせ思い切り爆笑した。


「な、何がおかしいんだ。こっちは本気だぞ!」


「ククク……ったく……なに格好付けてんだよお前。すげえダセェぞ?」


「なあ、こいつ先に沈めようぜ。サンドバックに丁度良さそうだ」


「さんせーい。じゃ俺は腕折る係で」


彼らはヘラヘラと笑いながら、確実に標的を裕太に切り替えていく。


いよいよ始まる――。


あと数秒したら一斉にこちらへ殴りかかってきて、瞬く間に意識が飛んでしまう未来があるかもしれないと思うと、動悸が激しくなり過呼吸に陥りそうになる。そんな不安から再び決意が揺らぎそうになった、その時だった――。


「の、野嶋……くん……逃げ……てっ……!」


「な……」


裕太は突然の彼の声に我を取り戻すと同時に、こんな状況でも自分ではなく裕太のことを心配している姿に、場違いにもどこか懐かしさを感じた。確かに白崎歩は、そういう人間だった。


彼は頭が良く顔も良いうえに、とんでもなく他人思いな性格をしていた。だからこそクラスの皆だけでなく先生からも好かれ、まさに模範的な優等生として知られていた。しかしそれに一部の不良連中が嫉妬し、彼に付きまとっていたのも事実。それが徐々にエスカレートし、こうなってしまったのだろう。


入学当初、クラスで孤立していた自分へ真っ先に声をかけてくれ、なじめるようにしてくれたこともあった。そんな彼とは話も合い、休日にはよくお互いの家に行きゲームをして遊んでいた。それは間違いなく人生で一番幸せな瞬間だった。


彼は荒んでいた自分の心に、光を与えてくれたのだ。そう、裕太は彼に救われていた。


そして――今度は自分が彼を救う番だ。


「――は」


声が漏れる。気付けば震えは収まり、今までにないくらいの落ち着きを取り戻していた。もう何度目か分からない感情の起伏。そんな自分がつくづく情けなく愚かで、自分でも呆れてしまう。先程までは物事を悲観的にしか見れていなかったのに、もうここまで前向きになっている。これほど他人に左右されてばかりで芯がない男はいないのではないか。


しかし何はともあれもう一度、この熱い気持ちが湧き上がってきたのだ。それもまた彼のおかげで。そんな彼を、こんなにもかけがえのない友達を自分は見捨てたというのか。しかもまた今も無意識に見捨てようとしていた。一体何度そうすれば気が済むのだ。だが、もう今度こそ迷わない。


終わらせよう――。後悔と執着を手放し、それに終止符を打つ時が来たのだ。


「……僕はもう、逃げないと決めたんだ!!!!」


彼――野嶋裕太は、この時自分の人生で初めて、確かなる負の感情に打ち勝ったのだ。

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