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心の声音  作者: のなめ
第二章 真実の音
3/12

第3話   『闇から垣間見えた想い』

――――――――何か音が聞こえる。沢山の人の声のような、とにかく尋常ではない耳鳴りだ。その音は自分の心を抉るような、不快感に満ちた音だった。彼はその音から逃れたいあまり、思わず体を動かす。


「――」


一応動かしてはみたものの、それは実際に体が動いたのか、それとも脳が想像して勝手に動いた気になっているだけなのか、その区別が付かない。それに瞼も重く開かないので、自分が今どんな状況にいるのか、そもそも生きているかすら曖昧だ。そんな状況から考えると、どうやら全身の感覚が酷く鈍っていることが分かる。しかし心なしか暖かくも感じる。もしやこれがあの世なのだろうか。いやそれとも病院のベッドの上だろうか。


そんな事をしばらく考えていると耳鳴りは次第に消えていき、心地の良い落ち着いた感覚すら芽生えてくるようになった。彼はその心地良い感覚に従って、再び意識を手放しかけた、その時だった。


「――いやいやいや寝ちゃダメだって!!」


声が聞こえた。中性的な声だ。なにか焦っているみたいだが、それとは裏腹にどこか聞き心地良さも感じる。


「ほら起きて!裕太がここに来た理由を思い出してよ!」


この声の主は一体何を言っているのだ。彼は自分の手で無理やり体を起こし、さっきよりは幾分マシになったと思える重い瞼を開き、周囲を見渡した。


「――ぇ」


――するとそこは、おとぎの国のような、ファンタジーに出てきてもおかしくないような、まさにそんな場所だった。


彼はこの状況があまりに非現実的に思えたため、てっきりまた幻覚でも見ているのではないかという気になっていた。


「お!ようやく目が覚めたみたいだね!あ~その様子だと何も覚えてない感じかな」


中性的な声音の人物はその場で浅く腰を折り、呆けた顔をして座っている彼を見下ろしながらそう言った。


「……えっと、確か僕はあの時飛び降りて死んだはず……なのに何で今こうして生きてるの?というかここはどこ?あと君は......」


疑問が溢れ出て止まらない。第一、自分はあの時自ら命を絶ったのだ。それはしっかりと覚えている。


彼はあらためて、落ち着いて周囲を確認した。上を見上げるとどこまで続いているのか不明の天井が見えない状態となっていて、一見すると何かの塔の内部のように見える。そして全体が正八角形になるように壁が配置されていて、それらの面に程よい大きさの鏡が取り付けられている。中心には噴水のようなものがあり、周りに水らしきものが溜まっている。


何かの施設だろうか。研究所、実験場、それとも宗教関係か他の類か。何にせよあまり良い印象は抱けないという事。そしてここがどこであるかは相変わらず分からないままだ。


周囲をある程度観察したところで今度は自分の身体を確認してみる。


「――は」


思わず声が漏れた。それも当然だろう。本来あの高さから飛び降りればバラバラになっていても何ら不思議は無く、運が良くても血まみれで内蔵が見え隠れしているものだろうと思っていたのだが、実際身体には傷らしきものが一つも付いていなかったのだから。


「――」


これは一体どういう事だろう。彼はこの非現実的な状況に思考が停止し、暫し呆然としていた。


「本当にどうなってるんだこれ……」


あの高さから飛び降りて自分が無傷で生還したとは到底思えないが、かと言って死後の世界にしては想像と大分かけ離れている上に自分の実体がある以上、確信を持って死んだとも思えない。


「ねぇ裕太!そろそろ思い出した?」


「いやいや思い出せないって!ていうか君は誰!?あと何で僕の名前知ってるの!?もう何が何だか……」


さっきから謎が多すぎて頭の整理が追い付かない。


「じゃあさ、キミは死ぬ時に何を考えていたの?」


「え?いや……そもそも何でそんなの君に言わないといけないんだよ」


「別に言わなくてもいいけど、それを思い出さないと始まらないと思うよ」


そんな声の主を改めてよく見ると、声だけじゃなく顔も中性的だった。身にまとっているのは祭服だろうか。頭にはミトラのような帽子を被っている。一見すると中世の聖職者のように見えるが、一体誰なのだろうか。


「ほら、どうだい?」


沈黙を続ける彼に、再び聞いてくる。


「......あー何だっけ...なんとなく、そう、生きてて楽しくないし良いこともない、むしろ辛いことばっかりで、そんな暗いことを考えてた気がする」


そんな日常にとうとう耐え切れなくなって、マンションの屋上まで登り、飛び降りたのだ。思えばこうやって自己分析するのも辛いだけのような気もするが、確かにこの人物が言うように何も状況が分からない今はこうするほうが良いのかもしれない。


「本当にそれだけ?だったらキミはそもそもこんなところに来てないでしょ」


――その言葉を聞いた瞬間彼は、もはや消えかかっていた一つの感情に気が付いた。


「――ぁ、そうだ……!そうだよ、後悔したんだ……何もかも嫌になって、もう終わらせようと思って飛び降りた瞬間、後悔してたんだよ。それは自殺を決心したことじゃなくて、あの時ああしていればもっと僕の人生は違っていたのかもしれない、みたいな……」


「出来ることなら、人生をやり直したい……って思ったんじゃない?」


「ああ、そうだよ!そんなの無理だと分かってたけど、あの瞬間は確かにそう思ってた。でも――所詮そんなのは夢物語でしかないんだ」


そう、裕太は確かにあの時思っていたのだ。彼にとっては『あの日』以来の日常はあまりにも辛く苦しいものだった。生きたいという欲求、希望、渇望、それらがそんな日を繰り返していくうちにいつの間にか自分の中で消えていることに気が付いた。もう生きていても意味がない。そう思い死を選んだ。唯一、この人生をやり直せたらどんなに嬉しいか、そんな儚い希望をかすかに思い浮かべながら。そして目が覚めたら、ここにいた――。


「やっと思い出したみたいだね。じゃあここで問題です。キミのその記憶を踏まえたうえで、この場所は一体何をする場所だと思う?」


記憶を踏まえたうえ――確かにあの時、彼は紛れもなく死を望んだわけだが、それと同時に僅かながら希望も抱いていた。それらと一緒に、屋上から飛び降りた。そして起きたらこの場所、目の前のよく分からない人物。肉体も傷一つなく存在し、頭も働く。ここまでで、普通ではない、何かしら特別なことが自分に起きているという事は明らかだ。そして何気なくピンポイントで当ててきた自分の願望――それらから考えるならば、導き出される答えはただ一つ。


「――もう一度やり直せる......ってこと?」


馬鹿げた話なのは分かっている。しかしそれ以外の考えが思い浮かばない。ここはもしや、本当に過去をやり直せる場所なのだろうか。あの世ではなく、死んではいないという事か。またもや疑問があふれ出て止まらなくなる。だが、仮にここがそのやり直せる場所だというのなら、もしかして自分は神様か何かにその機会を与えられたという事なのか。それも人生をまたやり直せるような夢みたいな機会を。しかしそんなことあり得るのだろうか。死んだら何もかも終わるのが当たり前で、殆どの人間がそう認識しているはず。だがもし仮に自分の目の前にいる人物が神様だとしたら、こちらの名前を知ってるのも納得出来る上、この場所もなんとなく説明がつく。


「ふむふむ、まあ何か色々考えてる様子だけど、答え合わせをすれば多分キミの考えてることはほとんど間違っていて、唯一合ってるとすれば、それはやり直しの機会、みたいなところかな」


彼はその言葉に唖然とした。


やり直しの機会――。


思い返せば、自分は今までに一体どれだけの後悔を残してきただろうか。そして何度、やり直したいと思ったことか。『あの日』だけではない。沢山のやり直したい後悔が彼の人生にはあった。しかし、当たり前に諦めていた。過去に戻ることは出来ないから。起きてしまった事は覆せない。だがここは、そんな後悔を晴らし、過去を変えることが出来る、願ってもないような場所。


彼はそう思った途端、自分の中に熱く燃えあがったような感情が湧いていることに気が付いた。こんなにも希望に満ちたような感情が芽生えるはいつぶりだろうか。だからこれ以上黙っていることは出来なかった。


「あ、あの神様!どうすればやり直せるんですか!?」


彼は立ち上がって食い気味に目の前の神様に尋ねた。もはややり直せるなら何でもいい。二度と同じ過ちはしない。その機会が与えられたのならそれを全力で生かそう。今度こそ絶対に後悔しないようにする。そう思えるくらい、さっきとはまるで別人みたく希望に生きる少年のような気持ちになっていた。それもそうだろう。不可能だと思っていたかすかな希望、自分でそんな思いを抱いていたことすら、言われるまでは思い出しもしなかった。それくらい強烈な負の感情に呑まれ消えかけていた、唯一の希望。いや夢。それがまさに思わぬ形で今、叶ったのだから。


「あぁ、それは簡単だよ。ほら、あの噴水が見えるでしょ?そこに行けばキミはやり直したい過去に飛べるよ」


「なるほど、あれが……」


彼はその噴水を確認し、そこへ向かっていった。


「ええと、これのぞき込んでも何もならないんですけど……」


そこには自分の顔が水に反射して写っているだけで、特にこれといって何も起きない。


「そりゃそうだよ。そこで自分がやり直したいと思ってる過去を強く思い浮かべないと」


確かに言われてみればそうである。そもそも想像すらしてないのだから、何かが起きるわけもない。


「あと、ボクは神様じゃないよ」


「――え?いやでも、過去に戻れるなんてそんな事到底人間がなせる技とは思えないし、神様じゃないとしたら、宇宙人とか......?」


「うーむ、まあ今は何を言っても伝わらないだろうね。まずはキミのやり直したい過去のうちの一つ、それを達成してから、だね。ちなみにここでは、本当にやり直したいと思ってる過去ならいくつでも何度でもやり直せるよ」


「そうなんですね。なんか、本当に、何て言ったらいいか......。ありがとうございます。僕にもう一度チャンスをくれて。この機会は無駄にはしません。絶対に――」


そうだ。もう二度とあのような人生は送りたくない。少なくとも後悔だけはしたくなかった。その、思い出したくもない記憶。しかし、それと向き合わなければ何回やり直したところで何も変わらない。自分の願いが叶ったのかは分からないが、これはもうこの先ない奇跡のようなチャンスだろう。第一、自分以外にこうやってやり直せる人間がどれだけいるのだろうか。おそらくどれだけ願ったところで過去なんてやり直せないのが普通であり、常識だ。


何にせよ、この機会を利用する以外に選択肢は思い浮かばない。仮にそれがどれだけ大変なことであったとしても、彼にはそれをやる覚悟があったのだ。

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