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心の声音  作者: のなめ
第一章 虚偽の音
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第1話   『自覚』

――何か音が鳴った。低く、それでいて長く響いている音だ。例えて言うなら、重低音のよう。そしてその音が鳴ったことで微妙にダメージを負っている自分に気が付く。

そう――その正体は自分の腹の音である。


「コンビニでも行こうかな」


時計を見ると平日午後一時。朝起きてから何も食べておらず、ずっと自分のパソコンでおすすめに上がってきた動画を適当に眺めていた。本来今日は学校があるのだが、訳があって休んでいる。いじめや、嫌がらせをされているからではない。


彼――野嶋裕太は、どうしても『あの日』が忘れられずにいる。更に言えば、『あの日』は彼の中では思い出したくもない最も心に深く傷を残した後悔だが、『あの日』以降の、負の連鎖とでもいうか、連続で降りかかった数々の不幸な出来事。今も彼の心を蝕み続け、足枷となっているもの。それらも目の前に立ちふさがり、なかなか前に進めないでいる。特に最近ではそういったものが何度も夢に現れ、過去の自分の経験を追体験し、当時の忘れられないリアルな心境に日々苛まれ続けていた。


もしその場面を後悔の無いようにやり直す事が出来るとしたらどれだけ良いだろうか。今の自分も少しは明るくなれるんだろうか。そんな願っても叶わないことを日々考えていたりもする。


「あ……これもうこんなに使ったんだ」


彼は中に睡眠薬が入っている袋を見て、日に日に使用量が増していることに気が付く。眠れないのだから仕方がない。強力な睡眠薬と聞いたが、少し使ったくらいじゃ夢を見てすぐに目が覚める。その繰り返しだ。だから夢を見ないように、より深い睡眠にするため、過剰に摂取していた。おそらく不登校という括りで見るなら、ここまで深刻な症状の者はそう多くはいないだろう。


彼は椅子から立ち上がるとラフな服装に着替え、食べ物を買いに家を出た。


「うわ、結構寒いな……」


時期は十月、そして外は曇っていたため余計に寒い。近頃は秋晴れが続いていて外はひんやりと気持ちがよかったが、今日はそれとは真逆でかなりの寒さである。風が吹いていなかったことが不幸中の幸いといったところか。彼は家の向かいの道路から十字路に続く道を渡り、そのままコンビニまで歩いて行った。


「これと、これ」


彼はカップ麺とペットボトル水を持ってレジに並んだ。そんな彼の目の前には二人組の中年の女性が並んでおり、何やら深刻そうな顔で話をしている。


「――それでね、あの子ったら、私が将来のため、自分のために取り敢えず学校の勉強だけは嫌でもしときなさいって何度言っても、全くこれっぽっちもしないのよ。だから成績なんて下がる一方。それどころか最近は夜遅くに帰ってきて、どこに行ってたのか聞くと無視してすぐ自分の部屋に行っちゃうの」


「あら、でもうちの子もそんな感じよ。だからうちは子供に好きなことをやらせることにしたの。勉強がそれほど嫌いなら、多分嫌々机に向かってやっても実らないだろうし、かわいそうだもの」


「うーん、私が干渉しすぎてるのかしらねぇ……。でも大事だと思わない?」


どうやら子供の教育の話らしい。教育関連で言えば、彼は物心つく前に親が離婚し母親に引き取られている。だがその母親も彼が中学へ上がった頃に病気で亡くなり、最終的に残されたのはこの家と母親が彼に残した遺品。そして最低限の生活ができる祖母からの仕送りだった。だから教育という教育は小学生までで終わってしまっていた。


とは言っても、そもそも母親は毎夜どこかに勤めに行ってしまい、朝に帰ってくるのがほとんどで彼とはまず会わなかった。そのため、食事も自分で作ったり買ったりして済ませるのが基本であり、特段教育と言えるものは受けていなかったとも言えるのだが。


そしてそんな母親と運良く会話が出来たと思えば、大半は事務的な連絡だけで、楽しく世間話をした記憶はほとんどない。


彼は少し羨ましい気持ちになっていた。こうやって真剣に子供のことを考えてくれる親が自分にもいたら、今頃どうなっていたのか、と。


「ん、雨か」


会計が終わり外に出ると、彼の足元に小さな雫が落ちてきた。上を見上げると真っ黒な雨雲が広がっており、大雨の前兆のような雰囲気を醸し出している。


「傘持って来ればよかったなぁ……。まあでも今から買いに戻るのも面倒だし、急いで帰るしかないか」


そう思い道路を渡って元来た道を戻っていると、ちょうど曲がり角に高校生らしき二人組の姿が見えた。


「――つかお前、この前の模試どうだった?」


男子が女子に何か言っているようだ。これが同性同士であったならまだ良かったが、異性同士で楽しそうに話をしている青春のような光景はあまり気分の良いものではない。


「いや〜、今回結構簡単じゃなかった?なんか自信ありすぎて逆に不安なんだよね」


「あーやっぱりそう思う?え、数学のさ――」


おそらくこの二人は着ている制服と会話からして、私立の進学校にでも通っているのだろう。彼は心なしか早歩きでその場を通り過ぎた。


模試と言えば確かに彼自身、決して勉強をしてきた方とは言えないが、それでも懸命に励みそれと向き合ったことなら何度もあった。しかしどれだけ頑張ろうと大して成績は伸びず、それどころか周りの人間は次々と自分を追い越していく始末。


「ああいうのが人生勝ち組っていうんだろうな……」


勉強も出来る、コミュニケーション能力もある、おまけに顔も良く家庭環境にも恵まれている。このような人間を見てるとつくづく人間社会は不平等に作られていると思う。生まれ持ったスペックで全てが決まると言っても過言ではないだろう。どんなに努力しても無理なものは無理。逆に少し努力しただけで人並以上に出来てしまう人間もいる。


何故才能というものが存在するのか。それによって敷かれたレールの上に乗りたくても乗れない人間もいるだろう。これを理不尽だと訴えて何かが変わるわけでもない。


特に才能もなくまともな家庭環境で育ってこなかった彼には、この社会が酷く残酷に思えた。

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