今日も月は愚者を照らしている
「……お前も、月になりたいのか?」
「…………、どういうことですか?」
彼女は俺の言葉の真意を測りかねたようだ。
「……第二の月だ」
「えっ?」
ふと空を見上げれば、星の衛星である白い半月と、それの何周りも大きい第二の月が浮かんでいた。
「お前は、第三の月になりたいのか?」
彼女は驚いたような顔をしている。
「まさか…………」
「ある昔話をしてやろう。ある男とその知人の話だ。男と男の知人は愚かにも8=3の謎を追い続けた。しかし、その儚い夢はある……ある奴らに阻まれ、そして負けた。男の知人は男を庇い、そして第二の月になったとさ。めでたし、めでたし」
「…………」
「ちなみに、その話には後日談がある。ある日、男の元に8=3の謎を解き明かしたいという後輩が現れた。男はそいつと8=3について調べ、めでたく第三と第四の月が出来たそうだ。お前も気をつけた方がいいぞ」
わざとらしく言い放って、再三彼女に背を向ける。
月は、色々な象徴を当てはめられる。まあ、ウサギやら、鏡やら、こじつければ月もスッポンの象徴となるだろう。俺には全く関係のない話だが、その中には「死」や「魂の中継点」と考える奴がいるらしい。だから、「死」とユウを結びつけた奴はジョークのセンスが有るのだろう。
溜息をこぼし、全てを思考の上から消し去るようにドアを強引に開いた。
「……その知人は助けてあげないんですか?」
「さあ、なんのことやら」
俺は白を切った。これ以上この話を続けたくなかった。俺は話を逸らすため、折れた。
「まあ、どうしてもというなら弟子にはしよう。これならお前の望みも半分は叶っただろ。……8=3の謎は、もうごめんだ」
ドアを開けながら言う。
「明日の午前四時にここに来い。あとそれと、菓子折り持ってこい。千疋屋のゼリー、一六個入りのやつな」
ドアを閉める。
「え、私、家を追い出されて住むところがないんですけど……」
「は?」
思わずドアを開けた。
「で、どうしてそうなった」
家にひとつだけのテーブルに向かい合って座り、目の前にゼリーとコーヒーを置いて彼女……十橋霞というらしい、に話を聞く。霞は手に持ったコーヒーカップを眺めながら喋りだす。
「伯父母の家に住んでいたんです。今となってはもう過去のことですけど。私が軍に入ると言うと、猛反対されて……。その反対を押し切って無理矢理入ったら、少しのお金を渡されて勘当されちゃったんですぅ……」
そう言うに連れ、どんどん霞が小さくなっていく。
「まったく、バカなのか、お前は」
「ふぇぇ…………。それより、この家のものって全て二人用なんですね」
霞は強引に話題転換をした。確かに、椅子やベッドを始めこの家のものはほぼ全て二人用だ。もちろん、一つで済むものは一つしかないが。
「……まあ、な」
「ユウさんと、同居していたんですか」
「…………」
沈黙で肯定する。何もかも二年前と変わっていない。
昔に想いをはせながらスプーンでゼリーを口に運ぶ。
この家唯一の照明を消し、ベッドに飛び乗る。隣のベッドでは、霞が眠っている。お世辞にも寝相がいいとは言えない。そのくせ、「ベッドが硬い」だの「ベッドどうしの間隔が狭すぎる」だのとほざくものだから、「じゃあ、外で草に包まれて寝ろ」と言ったらおとなしくベッドに入った。窓の外では、二つの月が俺達を照らす。……ユウが俺だったなら、霞と8=3の謎を解き明かそうとするのだろうか。
頭を振って、そんな考えを追い出す。
大きな月は、俺達を見守るように浮かんでいる。
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