プロローグ 始まりの始まり、 あるいは終わりの始まり part.2
「あのっ……、私を弟子にして下さい!」
そう言って彼女は頭を下げた。
「嫌だ」
「ふぇぇ、なんでですかぁ?」
商売はwin-winの関係が基本だ、と答えて家に入る。
「あ、だからちょっと待ってくださいってば!じゃないと、貴方を撃ちます!」
ドアを閉める直前、そんな物騒な発言が聞こえた。
「あのな、お前は少しは頭を冷やせ。教えてもらおうとする相手を殺そうとするなよ。あと、生憎弟子は受け付けてない」
そう返し、ドアを閉め、鍵を閉めた。外からまだくぐもった声が聞こえて来るが、無視してテレビを点ける。テレビが午後五時を伝える時報を鳴らした。
「お前、まだいたのか」
翌日、朝起きて散歩をしようとしたら、ドアの前で昨日の女性が寝転んでいた。彼女は目を擦り、ゆっくりと起き上がった。
「ふぁぁ、ここは何処ですか......?」
「馬鹿、昨日からずっとここに居座ってたのか?」
「ふぁい、そうでぇす......。おやすみなさ、い……」
そう言い切ると、二度寝をしだした。
「おい、起きないと蹴飛ばすぞ」
そう言うと、彼女はまたゆっくりと起き上がった。
「ふぇっ、酷い!」
「はあ、お前はとっとと家に帰れ。俺は弟子を取る気は無い。だいたい、俺じゃなくてももっと適任な奴がいるだろうが」
俺はそう言う。彼女はいきりたって反駁した。
「いいえ、貴方じゃないといけないんです!」
「なんでだ」
「............私の母は、8=3位階なんです」
そう、彼女は絞り出すように言った。俺は無意識のうちに目を細める。
位階、とは俺の属する軍......世界平和創造軍の中での位を表す指標だ。0=0位階から始まり、1=10、2=9、3=8、4=7、5=6、6=5、7=4位階まである。位階は胸に付けたバッチによって確認出来、俺は5=6で弟子志望の彼女は0=0、つまり新入りだ。
先程、7=4位階まであると言ったが、本当は8=3から10=1まである。……いや、あるはずなのだ。というのも、8=3位階にはなるには文字通り身体を捨て、精神のみで生きる必要があるのだ。しかし、そんな人間がいる訳もなく、8=3以上の人間がいる訳もない。いないはずなのだ。
「はあ、そんな奴いる訳が無いだろう?寝言は寝てから言え」
「いいえ、本当です!何より、貴方も8=3について調べていたじゃないですか!」
「いや、調べたが8=3がいないのは確認済みだ。もういいから、とっとと家に帰れ。全てを、失いたくなければ」
そうして、背を向け散歩を再開しようとした。8=3は、手を伸ばそうとすれば伸ばそうとするほど何かを失う。そして俺は人を見捨てるのは趣味じゃない。だから、俺ははっきりと、自分でも驚くぐらい底冷えした声で言った。
それでも、彼女は言う。
「貴方が使っていた銃は、貴方と共に8=3の謎について調べていた7=4の天城ユウさんのものでしょう?」
「さあ、見間違いだろう」
「ユウさんは、二年前に行方不明になっています。その原因が8=3であっても何の問題も無いでしょう」
「その推理には穴があり過ぎる。いや、推理というよりただの予想だ」
首を振って否定する。
「予想でも何でもいいんです。……とにかく、急がないと世界が崩壊してしまいます!8=3に至るために必要な法の書が、世界を崩壊に導くんです!」
(「世界崩壊」、か)
あまりに懐かしい言葉たちにふと笑みがこぼれる。
「そんなことがあるわけ無いだろう?」
「本当なんです!早く8=3の謎を解き明かすために、貴方が必要なんです!」
俺の話を聞く気はなさそうだ。
「…………。お前も、月になりたいのか?」