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アマリリスの狂刀  作者: 唯花
3/13


「もう、なんであんなこと言っちゃうの」


 桟君が部室から去った後、わたしは楓の形のいいお尻を膝の上にのせていた。


「だって……むかついたんだもん……」


 リスみたいに頬を膨らませ、楓は唇を尖らせる。

わたしはそんな楓の頭をひたすらなでなでしていた。

 幼馴染であるわたしと楓の家族しか知らないことだが、楓は頭を誰かに撫でられるのが大好きだ。

そして、その中でも特にわたしのなでなでは楓史に残る最高の出来らしい。

 そのため、楓が怒ったり悲しんだり泣いたりしている時は、わたしがこうして楓の感情を和らげてあげるようにしている。

 

「桟君に千神さんの話はしちゃだめってあれほど言ったじゃない」

 

 わたしはうなじをわしゃわしゃしながら苦笑して言う。

 千神さんとは、2カ月ほど前にうちの高校に転校してきた桟君の同級生の女子生徒だ。

 そして、桟君はその千神さんをひどく苦手としているようで、彼女の話をされることをひどく嫌がっている。

 原因は分かっている。おそらく成績面についてだ。

 桟君はあんなミステリーオタクだが、実は勉強がとてもできる。

 事実、一年生の中では入学してから彼がずっとトップだった。

 そう、千神さんが転校してくるまでは。

 学年が違うのであまり詳しくは知らないのだが、それは派手な桟君の負けっぷりだったようだ。

最初はゴルフボールを二つ突っ込んだようにほっぺを膨らませて、ぶつぶつ桟君の愚痴を言っていた楓だったが、なでなでセラピーのおかげか、徐々にそれも収まってきた。


「もー!桟君が愛美だったらよかったのにー!」

 

 言葉こそ過激なものだが、口調はさっきまでと違ってそこはかとなく明るい。うんうん、やっぱり楓はこうでなくっちゃ。


「ハハ。それは流石に気持ち悪いでしょ」

「もしそうなったら今の二倍愛美をぺろぺろできるのに!」

「今までもされたことないよ⁉」

 

 わたしらしくないハイテンションで、わたしらしくない声音で、わたしらしくないツッコミを披露するわたし。完全にキャラが崩壊していた。


「じゃあ、これからするもん。えいっ」

「わっ⁉」

 

 わたしは朝一番、というかおそらくは今日一番になるであろうほどの大声を出す。

 我ながらみっともないと思うが、まぁ、だが、それも仕方がないことだと言わざるを得ない。

 なぜなら、それまで綺麗な茶髪ポニーテイルのてっぺんを私になでなでされていた楓が、突如、座ったまま体ごとわたしの方を振り向き、そのままわたしの唇を舌で舐めてきたのだから。


「こら、学校でそういうのは駄目って言ったでしょ」


 わたしは近づいてくる楓の頬を両手で挟んで遠くへと押しやる。


「えー、いいじゃん。ウチの家ではいつもやってるし。ほら、もっと愛を深めよう。愛を互いの唇で確かめ合おうよ!」

 

 口をすっぽんのように伸ばしてくる楓。あまりにも無茶な態勢で動いているので制服のスカートがはだけまくっている。こんなところ誰かに見られたら大騒ぎ、いや、それどころでは済まされまい。


「はぁ……もう、わかったよ。五分だけね」


 わたしは、これ以上抵抗すると楓が何をしでかすか分からないので、渋々楓のお願いを聞いてあげることにした。


「やったあ!愛美大好き!」


 零れて溢れ出さんばかりの笑顔を浮かべる楓。 

 そんな表情を見ているとわたしまで幸せな気分になるのだから不思議だ。


「じゃあ……えいっ!」

「んっ……」


 さっそく唇をわたしのそれへと当ててくる楓。

 いきなりフルスロットルである。

 やけに柔らかく生暖かい感触に、同級生に比べるとわずかに発達しているわたしの胸が少しばかり熱くなった。


「ねえ」

 

 わたしの体を抱き寄せながら楓が耳元で囁いてくる。

 

「ん?」

 

 わたしはこれから楓が何を言うのか分かっていながら、そんな素振りは一切見せることなくすっとぼけて、そう聞き返した。


「ウチのこと、好き?」

「うん、好きだよ」

 

わたしは楓の背中に回した腕にさらに力を込め、さらに強く抱きしめる。


「ずっとウチの味方?」

「うん、味方だよ」

 

 まるでそれが嘘ではないと楓に言い聞かせるように。

 そして、


「ウチのこと愛してる?」

「うん、もちろん。楓を世界で一番愛してるよ」

 

 それが嘘だとばれないように。


「やっぱり愛美大好き!」

 

 五分経過だ。

 楓は最後にそう言って、わたしの体を再度、これ以上ないくらいに激しく抱き寄せ、キスをした。

 わたしは楓の唇の感触を味わいながら思う。

 楓は確かにわたしの大切な人だ。

 絹糸みたいに繊細で光沢のある茶髪も、まだ中学生のように小柄な体躯も、そしてそれに比例するかのような童顔も。

 それら全てが愛らしい。 

 一生一緒にいてもいいと思う。

 けれど、それはおそらく叶うことはない。

 なぜなら、


「はい、おしまい。今日はこれまでね」

 

 わたしは微笑して、楓のほんのりと朱に染まった顔を見て言った。

「続きはまたいつか」

「うんっ!」


 わたしがそう言うと、楓は感情を顔で語るようにと微笑んだ。


「ふふ」

 

 その表情を見て、胸に僅かな疼痛を覚えながらも、わたしも微笑を僅かに深める。

 

 そう、わたしはそろそろ楓の傍にはいられなくなる。

 その理由。

 そう、なぜなら、

 わたしが八原桟を愛しているからだ。

 


御一読ありがとうございました。

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