プロローグ
プロローグ
6月6日深夜 弥生町 弥生公園
そこでは儀式が行われようとしていた。
「離れていてくださいお嬢様。返り血が付着してしまいます」
そう主張するのは、白袴という公共の場である公園にはあまりに似合わない格好をした妙齢の女性。
女性は目をつぶり、袴が土で汚れるにも関わらず、ゆっくりとした動作でそのまま公園の地面に正座する。
「甲野、本当にいいの?私が殺しても、いいんだよ?」
そんな家来の様子を見つめながら『お嬢様』と呼ばれた主人は一歩引きながらわずかに震えた声で尋ねた。
「私、まだ人、殺していいよ。甲野なら、殺せるよ」
訥々とはしているが、しかしどこか強い意思を感じさせる口調で物騒なことを言う主人。
その相貌はまだ幼く、背丈は150センチほど。服装もどこかの高校指定のセーラー服だ。
主人は何とかこれから家来がしようとしていることを止めようと、家来の気を引けそうな美辞麗句を捲し立て続ける。
しかし、
「おやめください、お嬢様」
それを家来が強引に遮った。
それは普通の主従関係ではありえない背反的な行為で、
最も家来にとって致命的な、主人の怒りを買ってしまう行為。
けれども主人はそれを咎めず、十秒ほど考え込むように沈黙し、そしてむしろその家来の行動に対して恐縮するような表情を見せた。
「……ごめん、私が悪かった」
そのまま潔く一度頭を下げる主人。しかし、その潔さとは裏腹に握りこんだ拳はプルプルと震えている。その様子を、家来の甲野は何も言わずにただじっと見据えていた。
「でも、これだけは覚えておいて」
何かしらの覚悟を決めたのか、顔を上げ、家来に真剣な眼差しを送る主人。
そして、噛んで含めるようにゆっくりと口を開き、言葉を紡いでいった。
「愛しているわ。甲野」
「はい、立花お嬢様」
立花がそう言った直後、甲野は、笑った。
そして、
懐から短刀を取り出し、自分の首から上を切断した。
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