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流れ星を見にいこう

作者: さんこ

***

 入力、現在の気象状況


 天候、曇り

 気温、マイナス1.3度

 湿度、78%

 降水確率、40%

 風速、2メートル、北西の風


 降雪するかに思われたが、降雪せず。

 風の流れや気圧配置から、空模様は暫く停滞か。

 ……記録終了。


***



 雪に覆われた小高い丘の上に建つ(いか)めしい研究塔。

 無垢な雪に(まみ)れながらも、その威容は損なわれる事なく、却って目立つように屹立している。

 外側はその様に立派に装われていたが、内部はといえば、いつもひっそりと静まり返っているためか、妙に寒々しく寂しい気配を漂わせていた。


 この塔の最上階にある研究室には西向きに大きな窓があり、そこから外を眺める男の姿があった。

 時が止まったような、この冷え切った空間の中で、男もその辺に雑多に転がるガラクタのように、(まばた)きもせずに、ただじっと窓の外を眺めていた。




 それもそのはず。

 この男は、男性の姿を模したロボットであったのだから。



 四角く切り取られた窓からは、どんよりとした曇り空が、風に流される事なく留まっているのがよく見える。その灰色の雲から、ほろりと雪片(せっぺん)が一欠けら零れ落ち、それがひらひらと舞い落ちてきた時、男の背後から控えめなノックと共に扉が少しだけ開かれる音がした。


 男は静物である事を感じさせない動きで、ゆっくりと振り向いた。



 少しだけ開かれた扉から、顔だけをちょこんと覗かせて、厚着をして着膨れした幼い子供が部屋の中を窺っている。

 子供は室内にいた男の姿に目を留めると、それはそれは嬉しそうに破顔(はがん)した。

 男の姿形の面影が、この子供にはあったのだ。


 似通う一人と一体とが見つめ合う。この奇妙な邂逅(かいこう)を経て、子供は度々男のもと訪れるようになった。

 別に何をするでもない。男の業務に子供の世話は含まれてはいなかったが、侵入者を排除せよという命令も残されていなかったので、そのままにしておいた。それだけの事であった。



 少しばかり時が過ぎ、幼い子供は少女へと姿を変えた。

 やはり厚着をして着膨れした少女は、男の業務や動きを興味深く観察するようになった。

 観察するだけでは飽き足らず、子供の頃よりも口数が多くなった少女は身振り手振りを交えて男に言葉をかけたが、男はロボットだったので少女の言葉の意味など全く分からなかった。

 少女が落胆する横で、男は業務を坦々とこなした。



 また少しばかり時が過ぎた。

 相も変わらず、厚着をして着膨れしていたが少女は大人の女性へと身を変じさせていた。

 この頃になると、賢さを身につけた彼女は男との意思疎通に絵を用いるようになった。

 どこかから紙とペンとを引っ張り出してきて、(つたな)いながらも流れ星の絵を描いてみせた彼女は、一緒に見に行こうと男を誘った。

 意図は分かったが男はロボットだったので、それを無視して命令に忠実に業務を坦々とこなした。

 彼女は落胆する姿をみせたが、それでも名残惜しげに流れ星の絵を、男の目に付くであろう位置に画鋲でしっかりと貼り付けて満足そうに笑った。

 何か大きな変化があったわけではない。

 ただ気紛れに描かれる彼女の作品が、研究室に飾られていくのを、男は止めることはなかった。



 また少しばかり時が過ぎた。

 中年の域に達した彼女はふっくらと丸みを帯び、いつもの如く厚着をして着膨れをしていた。

 この頃の彼女はといえば、窓や床を拭いたり細々としたものを整理整頓する事に精を出している。

 発端は、男が雪で濡れた階段で滑り落ち、暫く機能不全に陥ったからであった。

 それが彼女の目の前で起こったものだから。

 驚き叫んだ彼女は男のもとへとすぐさま駆けつけ、男に問題がないかを丁寧に調べた。

 目立った損傷がない事に一度は安堵したが、動かない男を不安そうに見つめることしか出来ない。

 彼女の不安に揺れる瞳から涙が零れ、頬を濡らすのを男もまた動かない体でただ見つめ続けていた。

 幸いにして、内部にも大した影響は無く簡単な確認の後に再起動と機能回復を果たした男を、彼女は泣き笑いで抱きしめた。

 それからである。彼女が塔内の掃除と整備を余念無く行なうようになったのは。



 また少しばかり時が過ぎた。

 髪全体を白髪が占め、水分が抜けて棒切れのようになった彼女は、すっかり老婆となっていた。

 しっかり何枚にも重ねて着込み、今まで以上に厳重に着膨れをして、今日も彼女は塔を訪れる。

 塔の最上階にある研究室へと続く階段は、老婆の身には長く険しいものであったが、彼女はそれを一切感じさせずに登りきる。

 研究室の扉をノックもなしに遠慮なく開けて、そこに男がいるのを確認すると、老婆はそれはそれは嬉しそうに破顔(はがん)した。

 その表情は幼い子供の頃の、あの時と全く変わらないものであった。



 そして、ぽつりぽつりと老婆が塔を訪れる頻度が減り、それがいつしか完全に途絶えた。



 そこからどれくらいの時が経ったのか。

 時が止まり、冷え切った寒々しい研究室の中で、男は窓からじっと外を眺めていた。

 彼女がもうここに来られない事は、随分前に調べたから把握していた。

 ……把握していたが、彼女が来て帰っていく方角を男は眺めるようになっていた。


 突然、静かな室内にカサリという音が響いた。

 時を経て、老朽化したロボットである男はぎこちなく振り返ると音源を確かめる。

 そこには、在りし日の彼女が描いて、一番最初に飾った流れ星の絵が落ちていた。

 絵を見た瞬間、彼女との記憶が滂沱(ぼうだ)のように男の中で再生された。

 「流れ星を、見にいこう」

 何度も何度も再生したため学習したのか、それとも男の回路に故障でもあったのか、言語として認識されなかったはずの彼女の言葉を、いつの間にか男は認識できるようになっていた。

 「流れ星を、見にいこう」

 男の中の彼女の記憶が、流れ星の絵を指しながら告げる。



 男はぎこちない動作で床に落ちた絵を拾い上げ机に置くと、ふらりと塔を出て行った。




***

 入力、現在の気象状況


 天候、晴れ

 気温、マイナス8.0度

 湿度、68%

 降水確率、10%

 風速、1メートル、南西の風


 目立った雲のない、これ以上ない快晴。

 このまま観測を続ける。

 ……機能終了。


***


 男は一面の銀世界の上で空を見上げていた。

 太陽の淡く優しい光が、雪に反射してキラキラと温かく眩く光る。

 厳しい冬の寒さも峠を越えようという、じんわりとした春の気配が今か今かと押し迫る中、男はただじっと、流れ星を見るために大空を眺め続けた。

おやすみセカイ

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― 新着の感想 ―
[一言] 心は通じていたのでしょうか。 そう思いたいです。
2023/04/24 19:20 退会済み
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