【前編】シンデレラ症候群の僕とお姫様な先輩
初投稿です。温かい目で読んでいただければ幸いです。
新しい出会いには友情だけなく恋愛の感情も混ざってくる。
4月。
春の訪れを感じさせる桜の開花とともに人は何を思うのだろう。
入学式や新しいクラスメイトとの出会い。
進級したことへの安堵とともに今年こそは真面目に頑張るぞ!と意気込んでいる人もいると思う。
中にはこんなことを思う人もいるんじゃないか?
「〇〇くんかっこよくない?」
「〇〇さん綺麗だ」
世の中には惚れやすい体質の人もいるし、僕の友人にもいる。
僕も出会った時間は関係ないとは思う、
でも勢いだけで告白するのはされた方が困ってしまう気もする。
あ、勘違いしないで欲しい。決して、非モテだから妬んでいるわけではない。
こう言ってはなんだけど、僕はある特定層からはモテる。
だから問題なんだ。
僕の恋愛の特徴、それはメンヘラ要素を含んだ女性ばかりが周りに集まってくるというもの。
強制同棲生活、刺されるかも事件、浮気と、
「恋愛なんてもうこりごりだ!」と心に決めさせた大学生時代から時が経って、
社会人一年目の春。
ここから僕と先輩の物語が始まる。
これはメンヘラホイホイの僕と小悪魔な先輩が付き合うまでのお話。
☆
「君、サイコパスでしょ」
待ちにまった入社式!社会人デビューだ!と思っていた矢先、
前触れもなくその先輩は僕の目の前に現れた。
「頭が真っ白」とはまさに今の状況だろう。何を言われているのかよくわからなかった。
初対面の女性にいきなりサイコパスと言われたら誰でもそうなる。
「え、サイコパスじゃないと思いますけど?」
動揺している姿を見せると相手の思う壺。表情を崩さないように答えた。
特技に「表情筋が動かない」があって本当に良かった。
それにしてもこの先輩と思わしき人はかなりヤバい。
初対面でいきなり「サイコパス」とか言うか?
そんな思いを込めて相手の女性に伝えると、
ニヤっとしながら、わざとらしく高い声で理由を伝えてきた。
「だって入社式でいきなり意気込みをプレゼンする人がどんな人かと思って
見てみたら、死んだ魚のような目をしているんだもん。
サイコパスは言いすぎたかもだけど不思議な子なのは事実だよ?」
…死んだ魚の目。そうか、また僕は感情が動いていなかったのか。
「そうなんですね、入社式でも感情は動かないのか…」
新しい門出の日だというのにワクワクしていないと思うと少し悲しい。
今度は表情に出ていたのか女性は「あたふた」と慌て出して慰めの言葉をくれた。
「ああ!あまり気にしないで!ただ私が君に興味を持っただけだから!」
「大丈夫ですよ、従姉妹にも死んだ魚の目って言われた時ありますから」
「いやいや!良くない!先輩として後輩くんを悲しい顔にさせたままなのは申し訳ない!」
あれ??
最初の一言で変な先輩かと思ったら、もしかしたら優しい人なのかもしれない。
「私は上野花奈。後輩くん、君の名前は?」
☆
あの最悪の初対面の日から先輩は僕に毎日話しかけてくるようになった。
表情が動くところが見たい!との話だが、正直楽しい。
意外なことに、話をしてみると先輩は聞き上手でもあった。
初対面の時の勢いのまま、マシンガントークしてくる人なのかもしれないと思っていたのだが良い意味でギャップだった。
入社したばかりで右も左もわからない新入社員の僕にとって先輩の存在はとてもありがたかった。
こうして先輩のおかげで僕は社会人人生を良いスタートきることができた。
☆
「先輩って友達いないんですか?」
入社からもうすぐ一月が経とうとし、GWが間近に迫ったある日の昼休み。
毎日の習慣になりつつある先輩とお昼ご飯を食べている際に放った僕の一言が原因で噴火が起きた。
「いるし!!」
食べていたものを勢いよく飲み込み、顔を赤らめながら全力で否定をしてきた。
そりゃそうか、誰でもボッチ疑惑を出されたら否定するよな。
ここは素直に謝ろう。たとえそれが事実だとしても。
「えっと、事実と異なることを言ってすみません?」
「絶対、見栄張っていると思ってるよね?!」
「いえいえ、そんなことはありませんとも」
プルプルと震えだす先輩を見て、からかいすぎたかと思った矢先。
先輩は勢いよくスマホを出していじり始めた。そして数分後、ドヤ〜って顔が似合う笑みを浮かべながら、陰キャには辛いコミュニケーションの場を提案してきた。
「今週の金曜日の夜、空けておいてね!飲み会をしよう!」
どんだけ負けず嫌いなんだ、この人は。
☆
迎えた金曜日。
前日に「お店予約したから」とLINEが入ったため逃げ場を失ったことが確定。
ド緊張しながら仕事をしていると、もしかして残業だったら
飲み会の時間短くなる?!
と思いつき最後の希望に縋り付いたが、「新卒はまだ残業するな」という
ホワイト企業バンザイの方針により打ち砕かれた。
そして地獄への道先案内人の先輩もきっちりと定時で終わらせていた。
なぜ分かるかって?
だって僕の後ろにいるから。ウキウキした表情を浮かべながらね。
「先輩、早いですね…」
「逃げないように捕まえておかないとなって」
「お店も予約してもらって逃げるとかないですよ」
もちろん拒否したい気持ちもあるが、準備を全て任せてしまって場を整えてくれているのにドタキャンすることはない。
本当なら先輩たちと関わる機会を作ってくれたことにお礼を言わないといけない。
だから忘れないうちに。
「先輩、ありがとうございます」
素直にお礼をいうと、目をぱっちりと開いて驚いているような様子を見せる先輩。
「え、いきなりどうしたの?」
「先輩が絡んでくれるから僕はこの会社にすぐ馴染めそうだなと思って」
「…そっか、余計なお世話って思われてたらどうしようと不安だったんだけど良かった」
本当に不安だったんだろう。
一つ息を吐いて呼吸を整えた先輩が次に見せた笑顔に、僕は思わず息を飲んで釘つけになってしまった。
だっていつもの元気100倍みたいな笑みではなく、
儚い桜のような表情で見つめてくるんだよ、ずるいよね。
それから他の先輩達は残業もある人もいるから先に行こうとなって、2人で歩いていたのだが、さっきの先輩の表情が頭から離れなくて改めて先輩のことをジッと見てしまった。
身長は155㎝に少し届かないくらいで170㎝の僕のちょうど肩くらい。
髪はミルクティベージュの色が入ったセミロング。そして年齢よりも幼く見えるのは目がぱっちり二重だからだろう。
正直に言います。とても可愛い女性です。
大学のサークルとかにいたら告白されまくっているか逆に手を出さない暗黙のルールがあるような気がします。
(良く考えるとこんな先輩と仲良くしてもらっている僕は恵まれているな〜)
ただ可愛いとは思うが、恋愛に対して恐怖心を抱いているためにそれ以上に思うことはない。
「というか、僕のこと好きになるわけないじゃん」
「ん、何か言った?」
「なんでもないですよ」
☆
社会人の飲み会を大人の雰囲気があると勝手に勘違いしていたことを僕は後悔した。
(社会人って学生とほぼ変わりないじゃん!!!)
雰囲気が変わったのは、飲み会が始まって程良く皆が酔ってきた時に、
ある先輩から出た言葉だった。
「かなちゃん、後輩くんのこと好きなんじゃないの?」
「「「「!???」」」」
「…。はい〜!!??何言っているの???」
ちなみに先輩とは席が離れている。
最初は隣にいたのだが、時間が進むに連れて打ち解けてきたので、席替えをして色んな人と交流をしていたからである。
人数は僕と先輩を合わせて7人の結構大所帯。
男性3人(僕合わせて)、女性4人(先輩合わせて)だから自然と男性と女性に分かれて話をするようになった。そっちの方が気まずくないしね。
話を聞くと皆さん、先輩と同期の方達でよく遊びに行ったりしているそうだ。
社会人のキラキラした思い出を聞いていると、ワクワクして深く話を聞いていると
突然、先ほどのやりとりが聞こえてきた。
バッと団体芸並のピッタシの動きで男性組全員、声のした方を向く。
「「(え、何、上野と後輩くんってそういう関係だったの?)」」
「(いやいや、違いますって!良くしてもらってるだけです!)」
ニヤ〜とした獲物を見つけたような目線で質問してくる男性の先輩を流しつつ、
先輩を見ると、めっちゃ顔を赤くして照れていた。
(めっちゃ茹でたこじゃん)
「そんな一生懸命に否定をするともっと怪しくなるな〜」
「そうだよ〜、お昼の付き合いが悪くなったからどうしたのかな〜と思ったら
後輩くんのところに足繁く通っているんだもんね〜」
「違うよ!!それは後輩くんが会社に慣れていないからで…!」
「「「本当かな〜??」」」
「もう〜!!」
あの先輩がやり込められてる。小悪魔でいつも人をおもちゃのようにからかってくる先輩がいじられている。
珍しい光景にまじまじと見ていたら女性の先輩がこちらに目を向けた。
あ、やばい。合ってはいけない人と目があった。
…僕もターゲットにされたなと即諦めたら案の定、捕まった。酔っ払い怖い。
「ねえ、後輩くん、かなちゃんのことどう思っているの?」
「ん〜とても優しい先輩だと思っています」
うん、本当に先輩はとても優しい。
なんだかんだでいつも周りを見ているから急な飲み会なのに、これだけ同期の方が集まってくれてるんだと思う。
それに僕が孤立をしないようにいつも気にかけて話しかけてくれる。
こんな思いを込めて伝えると、なぜか先輩達は僕の顔を見て少し驚いたような顔して、でも次にはかわいそうな目線を先輩に送っていた。
「なるほど、かなちゃんはこのギャップにやられたんだね」
「無表情からの優しい笑み、しかも自分だけ向けられたらね〜」
「上野ちゃん大変だね」
「いやいや!何も大変じゃないから!先輩としてとても良い評価だと思うけど!?」
女性陣は皆、先輩を見て自愛の表情を浮かべながら「分かってるよ」と言いたげに頷いている。
「も〜!!本当にそんなんじゃないんだから〜!!!」
いじられ続けていることに憤慨している先輩を置いて、女性陣が僕に寄ってきて不思議そうに質問してきた。
「ねね、後輩くんは彼女いないの?」
「…!??」
先輩が聞き耳を立てたような気がする。
彼女ね〜、う〜む。
「いないですよ?」
「あら、意外。いたことはあるよね?」
「それはありますね〜、でもあまり良い思い出はないですね」
苦い過去だからこそ僕は表情を顰める。
「それは聞いても良いこと?」
「大丈夫ですよ、ちなみに僕の大学時代のあだ名はメンヘラホイホイです」
全員が全てを悟ったように笑い出すのを我慢している。あ、一人吹いた。
そうだろうそうだろう、メンヘラホイホイこの一言だけでなんとなく僕の恋愛遍歴がわかるよね。
そこから僕は過去の話をし始めた。
ヤンデレになりかけた彼女との身の危険を感じながらの生活。
そして浮気をされて寝取られたこと。
話を進めるにつれて先輩達の表情が引き攣っていく人とネタとして笑い始める人の2パターンに分かれていった。
「え、それは」
「後輩くん…」
「…」
「やばい!本当にネタじゃん!」
「同情するけど笑いが…」
まあ女性陣と男性陣に分かれただけだけどね。
話し終えると先輩達が今日のお会計は気にするな!と先ほど以上に優しくなった。
さすが、僕の鉄板ネタ。初耳の人には絶対に受けるね!
そんなこんなで終電の時間も近くなってきたので、
お会計を済ませ外に出て駅に向かって歩きだすと、先輩が隣にきて他の人に聞こえないぐらいの小さな声で囁いた。
「この後時間ある?」
「終電までなら大丈夫ですよ」
「ありがと!じゃあ抜け出しちゃおっか!」
というと先輩は近くにあったコンビニに入っていった。
入り口付近で手を振っているのは、他人事ではなく僕にも入れとの合図だろう。
「あ!アイスがある!デザートに食べよう!ね!」
「はいはい」
無邪気だな、と思いつつ2人でアイスを買って通りにあるベンチに座りながら食べ始める。
「で、何かあったんですか?」
「え、何が?」
「何もなかったら抜け出さないでしょう」
「あはは〜」
ちょっと照れたような言いにくいような表情を浮かべながらアイスを食べていた先輩だがジーッと見つめると観念したように話し出した。
「今日全然話してなかったなと思って」
「え、」
「それと最後の話を聞いて伝えたいなことがあって」
「ん?」
「私、君の笑った顔が見たいな。というか絶対に見るから!」
「はい?」
いきなりなんだ???
いつも笑っているよな僕?え、笑っていない?頭に?マークが大量発生して思考停止になっている僕に対して、先輩はいつもの無邪気な笑顔ではなく、自信満々の輝いた笑顔を向けていた。
「後輩くん!これからもよろしくね!」
何がなんだがわからないけど、この人と一緒にいたら楽しいだろうなってことは理解した。
☆
おかしい。この数日間、先輩が以前に増して構ってくれるようになった気がする。
前もお昼を一緒に食べたりしていたが、毎日ではなかった。
他の人と食べる時は別だったし前もって連絡をしてくれていた。
…まあ、よく考えてみると付き合ってもいないのに事前連絡というのもおかしいけど。
飲み会後はなぜか他の先輩と食べるという時も僕を連行するようになった。
そして絶対に隣に座るのだ。「後輩くんの隣座るね!」って。
その姿はまさに忠犬って感じ。
他の先輩方も同じように思っているのか毎回毎回、笑いを堪えている。
「かなちゃんってこんなわかりやすくなるんだ」という女性陣の談。
ということで僕は先輩になぜか懐かれてしまったらしい。
ただ今日のお昼は2人だけなのでいつものように雑談をしていると、
先輩が5月のカレンダーを見せながらズイズイっと僕の方へ迫ってきた。
「後輩くん、GWはおひま?」
「溜めてたアニメを観るぐらいですね」
「じゃあひまだよね?お出かけしよう!」
「唐突ですね」
「いや〜、よく考えたら後輩くんとずっと一緒にいるのに休日はいなかったなと思って」
「いやいや、休日まで一緒にいる理由はないでしょ」
「い〜のい〜の!どうせひまなら一緒に楽しもうよ!」
「まあいいですけど」
「はい!じゃあ今週末の土曜日の11時に〇〇駅に集合ね!」
「いいですけど、どこに行くかは決めなくていいんですか?」
素朴な疑問としてせっかく遊びに行くのであれば、メインイベントは決めておくとグダグダにならずに良いのかな〜って思い聞いてみると、
人差し指を口元に寄せて、いたずらっ子のような笑みを先輩は浮かべた。
「内緒!」
ウキウキしたテンションでそう言われたら僕は何も言えない。
だから聞き出すのではなくこちらも笑顔を意識しながらこのように伝えるのが正解だと思った。
「楽しみにしていますね、先輩っ!」
「はいっ!お姉さんに任せなさい!」
☆
初デートなのかな?
と考えながら夜あまり寝れない生活を過ごし迎えた土曜日。
「ヤバい、めっちゃ寝起きが良い」
緊張と楽しみの気持ちから平日と同じ時間に起きてしまって二度寝ができなかった僕は、
普段は考えもしない私服を選び、ヘアセットにも時間をかけて入念に行った。
それでも時間に余裕ができてしまったので持ち物チェックや鏡チェックをしていたのだが落ち着かない。
『あ〜あ』
突然、熱くなっていく気持ちに冷水をかけられるかのように嫌な記憶が流れてくる。
『もっと楽しいと思っていたのに…』
『〇〇と遊びに行ったんだけどこの時に〜』
(なんで今思い出すんだよ…!先輩は違う、僕もあの時とは違うんだ!)
頭をぐしゃぐしゃにしたくなった気持ちを抑え込んで思考を切り替えて先輩のことを思い出す。
(うん、やっぱり先輩のことを考えると大丈夫だ)
まだ嫌な汗は引かないけど大丈夫!
(だって、こんなにワクワクしているのに勿体無いじゃん!)
う〜ん。でもまだ時間に余裕があるな。
まあ早いに越したことはないとも思うし、集合場所近くにあるカフェで読書をしながら先輩を待っていることにした。
一応着いていることを連絡したらかなり驚かれてしまった。
『え〜!早い!まだ30分も前だよ??笑』
『もう少し待っててね!』
『もうすぐ着くよ〜』
近くまで来ている連絡を受けたので駅の改札口で待っていると、まだ集合時間の10分前であることに気づく。
(先輩も楽しみだったのかな?)
そうだったら嬉しいなと思いつつ改札口から人が出てきた。
多分、この電車で来ているだろうと思ったから人混みの中から先輩の姿を探してもどこにもいない。
(あれ?いない?)
頭の中に???マークが溢れながら視線をキョロキョロしていると、
僕の方へまっすぐ歩いてくる見覚えのあるような綺麗な女性が目に入った。
先輩と似た身長や髪の色だけど、雰囲気が違う気がする。
その女性は僕の目の前までくるとニコッとしながら挨拶をしてきた。
「おはよう、後輩くん」
「・・・」
「あれ、どうしたの?なんか驚いているような顔をしているけど」
「かなりびっくりしてます」
いやいやいや!え、いつもと雰囲気が違いすぎるでしょ!?
会社の時はナチュラルメイクに髪はストレートでパンツルック。
可愛い印象が強い中にパンツルックで仕事のできるオーラを纏っていた先輩と目の前にいる姿が全く違う。
化粧はプライベートだからか幼さを残しながらも大人の綺麗さを出していて、
いつもよりも大人っぽい印象を与えるし、
服装もワンピースに肩にカーディガンを羽織っているために育ちの良いお嬢様というイメージがぴったりハマる。
全体的に言葉が出ないくらい可愛い。
「私が可愛すぎてびっくりしているんでしょう?」
先輩はいつもように僕をからかってくるが、今の僕はかなり素直だった。
「はい、本当に可愛いです」
素直な感情を伝えると先輩は急に顔を逸らして、私照れています!というのが
わかりやすい態度を出してきた。
「あ、ありがとう」
そんな姿も可愛いと思ってしまった僕はだいぶ先輩に毒されて来てしまっているんだろう。
『君の気持ちがわからない!本当に思っているならちゃんと伝えてよ!!』
今日、二度目だ。感情が高まってくると臆病な僕が思い出せ!とばかりに
トラウマを見せてくる。
「どうせお前はまた裏切られる」と言わんとばかりに。
☆
ようやく先輩が僕の顔を見れるようになり、今日の本題に移る為に先輩の案内で電車に乗ることになった。
「ところで先輩、今日は何をするんですか?」
「着いてからのお楽しみだよ!後輩くんはなんだと思う?」
「質問に質問で返すのずるいですよ」
「いいからいいから!あと20分ぐらい揺られるんだからのんびり行こ~」
恋人同士でも待っている時間に会話がなくなる経験は多いってよく聞く。
例えば某ネズミの国とか。列に長時間並んでいて会話がなくなると、
些細なことから喧嘩をすることから「行ったら別れる」という変なジンクスがあったりもする。
ちなみに大学生の頃に行った某ネズミの国は、夢の国ではなく悪夢の国だったけど。
間話休題。
でも先輩と話をしていて飽きることがないのだ。
真面目な話をすることも時々あるけど、基本的にたわいもない話をしている。
「風景を見ながらあの遊びってしたことある?」とか「あの広告にある本読んだんだけど〜」と周囲から話を広げていく。
普通だったら友人と雑談をしている時って、飽きてきて自然にスマホをいじり始めることが多かったりする。
でも先輩といる時間にそんなことが起きることはなかった。
ずっとお互いのことを知る機会。パーソナルスペースを探り合って少しずつ近づいている感じ。
この感覚が暖かく居心地が良いと思っていた。
☆
「着いたよ!」
あれから電車に揺られて降りた駅は県の中心から少し外れた場所だった。
「行きたいところって自然公園ですね」
「え、よくわかったね?」
「だってあそこに看板が大きくありましたから」
「そうなの!ネモフィラが見たくて」
「ネモフィラ?」
「青色の綺麗な花で毎年見たい!って思っていたんだけど見れてなくて…」
「そうだったんですね」
「私の趣味に付き合わせる形になってごめんね」
「全然!逆に青い花って珍しいから見てみたいって思いましたよ?」
本心だ。でもそれ以上に目を輝かしながらネモフィラについて語っている先輩の目がキラキラと輝いていて、実物を目にした時にはどんな表情をするのか気になったの方が強い。
(表情がコロコロと変わって可愛いな〜)
駅からは10分ほど歩くようで、
それまではさっきの話から派生して先輩が意外に、花が好きだということを中心にしていたら意外な事実が判明した。
普段の様子から勝手にガサツなイメージがあったのだが、
まさかの毎週、部屋の掃除をしていて、お花も飾っているらしい。
(部屋にお花を飾るとかどこのお嬢様だよ)
ちなみにガサツなイメージがあったと伝えたら、肩を落としてやっぱりかと落ち込んでいた。
「色んな人に言われるんだよ〜部屋汚いでしょって」
「多分皆さん、先輩が良いところばかりだから弱点もあって欲しいと思っているだけですよ」
よくわからないフォローをしながら歩いていると、目の前に入り口が見えてきた。
入口といっても発券所と簡単な受付だけの作りで、
入り口付近で咲き誇っている赤や黄色の花々が一足早く歓迎をしてくれている。
自然公園とあるだけあって広そうだな〜、と考えていたら横にいた先輩が駆け出して僕の数メートル前に出て後ろを振り返った。
「後輩くん!早く行こっ!」
テンションの高い先輩を見て、
ああ、これは明日は筋肉痛だなと覚悟をして先輩の後を追いかけた。
☆
「おお…!青だ」
入り口に入ってすぐに見える赤、黄色のチューリップの歓迎を受けながら、
緩やかな丘を登り、頂上に上がると世界が変わった。丘一面だけでなく、
あたり一面を埋め尽くす青!青!青!
青い花のネモフィラが咲き誇っている。
観光地ということもあり、人も多くいるが全く気にならない。それほど圧倒的な
存在感がある。
「本当にすごい」
ちょっとこれは言葉にならない。
花にあまり興味ない僕からしてもこの風景は感動してしまう。
「すごいね…」
隣にいる先輩も先程までのテンションとは違い、風景に魅入っている様子で
言葉少なげにお花畑を見渡している。
ただずっと立ち止まっているわけにもいかないので、感動したまま2人でネモフィラのお花畑を歩き出す。
いつものようにおふざけをするような気持ちはなく、ただこの風景を今、目に焼き付けていたいと本気で思っていた。
☆
「あ、写真撮り忘れてる」
丘を下り切って、平野みたいな場所を歩いていると先輩がふと思い出した感を出してスマホを取り出す。
「気持ちわかります、この風景は感動しちゃいますよね」
「ね〜!せっかくだから後輩くん一緒に撮ろ!」
「良いですよ」
先輩からのせっかくのお誘いだからと思い、気軽な気持ちでOKしたら身体がくっつくほど近づいてくる。
(顔近い)
「後輩くんもっとこっちきてくれないとフレームに入らない」
「いやいや、めっちゃ近いですよ!」
照れてしまってやんわり拒否をしたら、ブス〜っと不機嫌な表情を見せた。かと思ったら今度は小悪魔な笑顔を見せて、
「私と後輩くんの仲じゃん!気にしない気にしない」
先輩自ら顔を近づけてシャッターを切った。
「後輩くん変な顔~」
「そりゃあ、いきなりシャッターを押すからですよ!」
「じゃあ今日は変な顔をしないようにたくさん写真撮ろうね?」
「はあ〜、いいですよ」
ネモフィラの感動もあってテンションが爆上がりをしていた僕たちはそこから色んな体験をした。
釣り堀を見つけて魚を釣った。
どちらも釣ったあと魚に触れることができなくて悪銭苦悩した。
でも自分たちで釣った魚を塩焼きにして食べたらとても美味しかった。
魚を食べたら本格的にお腹が減ったので園内にあるレストランでご飯を食べた。
いつものお昼とは違う雰囲気に変な感じがして2人で笑った。
食後はゆっくりしたい気持ちと動きたい気分だったから、
運動広場のような場所で休憩しつつ売店で買ったフリスビーで遊んだ。
先輩が意外に下手くそでめちゃくちゃ悔しがっていた。今度リベンジするんだって意気込んいる姿は和む。
それからはまたお花を見ながらお散歩をしていた。
話していたのはお互いの幼少期のこと。
小さい頃にお花の冠を作っていたこと。笹舟を作って競争をしたこと。
ザリガニ釣りやアスレチックで遊んだことなど共通の話題やご当地のことで知らないことなど話題は尽きなかった。
☆
「後輩くん、今日はありがとう」
「こちらこそ!めちゃくちゃ楽しかったです!」
「私もだよ!また遊ぼうね?」
「もちろんです!先輩からのお誘いだったら絶対に行きます」
帰りの電車に乗りながら今日のことを振り返っていると、先輩からメールが届いたので、開けてみると一枚の画像。
照れて笑顔がうまく作れていない僕と綺麗な笑顔の先輩。
自然と口元が緩んでしまった。
(やっぱり僕は先輩のことが…)
段々と誤魔化せなくなっている自分の気持ちに苦笑をしてしまう。
「僕って単純だな〜、この写真も気持ち溢れてんじゃん」
少しでも先輩と一緒にいられたら良いなと願いながら、思い出の写真をソッと保存した。
☆
GWはそれから先輩と出かけることはなかった。
その代わりと言ってはなんだが、電話をするようになっていた。
お互いに好意があるんじゃないかと思っているからこそできることだよな〜と思いながら充実した連休を過ごすことができた。
(先輩も多分僕のこと好きだよな、たぶん)
(でも告白するにはまだ自信がない)
(それに付き合うにもまだ自信がない)
この浮かれてしまって油断した心が後の辛い日々を引き起こすことになる。
ほんの些細な出来事だったんだと思う。
今思い返しても、なぜあの時コミュニケーションをしっかりしなかったのか?と
反省をしている。そうでなければ1ヶ月以上も冷戦なんかしなかったのに。
その時は僕からしたら突然、先輩からしたら偶然やってきた。
☆
その日は午前休をもらって午後からの出勤のため、家で家事をしていたんだけど、
やることがなくなったので、昼休憩が終わる頃に会社に着いた。
そしたら偶然、先輩と同期の女性の方々が話していたのを目撃したので挨拶をしようと思い、いつものように声をかけた結果、事が起きた。
「ごめん、あっち行ってくれる」
冷たい言葉だった。
今まで見たことがない本気で怒ったような不機嫌さを隠さない声と態度で拒絶された。
パリンッと心が折れる音がした。今まで築いてきたと思ってきたものが根本から揺らされ崩された気がした。
元々心が弱いというのもあるせいか僕はこの時の出来事だけで先輩に近づくのをやめた。
また拒否をされるのが怖かったから。
その日の夜に先輩から「ごめんね」とメールがあった。でもなぜあんな態度だったのかは書かれてなくてモヤモヤした気持ちを持て余してしまった。
次の日から先輩はまたいつものように話しかけてきた。昨日のことはなかったかのように。
だからこそ僕の中で生まれたのは喜びよりも猜疑心。
(なんでいつも通りなの?この人は)
(どうせ拒否をするなら近づかなければいいのに)
でもどうしても嬉しい気持ちは出てきてしまう僕は出来る限り笑顔を作って話をした。
ただ一回ではなく、
毎回同じような作り笑顔を見せられたら流石に先輩も違和感を持つ。
「何かあった?」
「大丈夫?」
「困ったことがあったら言ってね」
優しい言葉を優しい表情で届けてくれる。
しかし、一度持った不信感を僕は取り除くことができなかった。
先輩も僕の態度から何か感じることがあったのだろう。
徐々に僕に近づいてくる回数も減って1ヶ月後には僕らは言葉を交わさないようになってしまった。
(まただ。同じことの繰り返し)
過去にも同じようなことがあった。
女性関係で裏切りをされた際に、当事者の女性と距離を置いた。
メンヘラ彼女の約束破り、幼馴染彼女の浮気という裏切り、裏で悪口を言われていた裏切り。
(ああ、恋愛という感情があるから裏切られるんだ)
だから僕は女性と2人で遊ぶこと、一緒の空間にいることを避けるように学生生活をしてきた。
僕の弱い小さな心を守るために女性と恋愛を遠ざけてきた。
でも今はあの時とは違う。裏切られたわけではない。
気持ちを確認しあったわけではないのに、勝手に自分で先輩の気持ちを決め付けている。
結局、自分の弱い心が向き合うことを拒否したから今の状況ができてしまっている。
分かってる…勇気を出して話をすればいい、ということは。
でも、もしまた拒否をされてしまったらと考えると足が動かなくなる。
だから僕はまた自分の殻に籠ることを選んだ。
☆
仕事をしている時は気持ちが楽になった。
いきなり変わったからか上司や同期から「大丈夫?家で休んでる?」と心配をされてしまって申し訳ない気持ちになったが、健康には問題なかったので「仕事に目覚めました!」と答えていた。
何かに夢中になっているふりをして考えないようにすることしか僕にはできなかったから。
それは突然の話だった。
今日もしっかり仕事しよっと思っていたら朝のミーティングで上司から
関西支社での採用活動を本格化させるために人事採用担当を1人送り出すという話があると話があった。
でもまあ入社約3ヶ月の僕には関係ないなと思って記憶の片隅程度にしか興味はなく選ばれた人は大変だな〜程度に感じていた。
しかし、
「今から代表のところに行くよ」
その日の午後、上司に呼ばれた僕は目が点になった。「なぜ僕なんだ?」と思った。
ただなんとなく察してしまって、でも認めたくなくて縋るような気持ちで上司に問いかけた。
「関西じゃないですよね…?」
「行ってみたらわかるよ」
優しげな視線を送られた。ほぼ間違いない。
なんで僕が!?という気持ちとまだ決まってないという僅かな希望に縋りつきながら
代表の部屋まで連行された。
「失礼します」
「…失礼します」
中に入ると初老に入ろうかというぐらいの男性がいた。
僕自身は最終面接の際や入社式の際にしかお会いしたことないがやっぱり禿げてる。
うん、なんかもう大丈夫そうだ。ここまできたら緊張もあったもんでない。
なるようにしかならん思考が逆に冷静にさせてくれた。
「突然すまなかったね、呼び出した理由なんだが…」
うわ〜やっぱりこの禿げも経営者だ。タイムイズマネーを路で行くからすぐ内容に入ってきた。
「関西支社の採用を君に任せようかと考えている」
「私から代表に推薦したんだ、最近の頑張りと仕事の範囲の広げ方を見てね」
「そうだったんですか」
なるほど、上司が推薦したのか。拒否をしたい気持ちはあるが、純粋に僕の仕事ぶりを評価されているのは素直に嬉しい。
「ただまだ決定事項ではない、君の人となりを知らないからね。だから今日は話をしよう」
それから30分ほど僕は代表と上司を含めて話をした。
話といっても会社の目指す方向性、採用の方針などを代表から質問をされて自分の考えを伝えるものだった。
入社間もない僕が知っていることなど、たかが知れているので、これで話が流れたらラッキーぐらいの気持ちで素直に意見を伝え終わった。
「もし辞令が出たとしたら8月の後半にはあっちに行ってもらうことになる」と最後に伝えられ、部屋を後にし自分のデスクに戻ると、
「ねえねえ!やっぱり関西だった?」
「決まり?」
野次馬根性を隠す気のないの先輩たちに聞かれた。
「ただ代表と話しただけですよ」と適当にあしらっていたのだが、やはりみんな気になる内容なんだなと思いながら仕事の続きを行っていた。
☆
その日の仕事終わり。
仕事が終わり帰宅しようと会社を出ると後ろから懐かしい声に呼び止められた。
「後輩くん」
「…先輩」
振り返ると、両手を体の前で握りしめ気まずそうな表情を浮かべている先輩がいた。
(ああ、先輩の部署にも噂は流れてるんだな)
先輩が声をかけてきた理由を察したが、なぜ直接声をかけてきたのかまではわからない。
「あ、あのね」
「…」
「関西に行くって聞いたんだけどほんとう…?」
ああ、もう理由なんかどうでもいいや…。
僕のこと興味ないだろ!って逆流してくる感情は今でもある。
でもそれ以上に目の前にいる先輩の姿を見て何もしないわけにはいかない。
話しかけるのにどんなに怖かっただろう、勇気がいっただろう。
声や手が震えている様子から僕は向き合いたいと思った。
「先輩、この後時間ありますか?」
「え?…うん、あるよ」
「じゃあ、ご飯食べに行きません?」
僕が普通に話したことが意外だったのか、言われた言葉を理解するまでに時間がかかった、そんな感じの反応だった。
でも誘われたことに少し笑みを浮かべ、「…うん」と答えてくれた。
以前、先輩たちとご飯を食べた居酒屋さんの個室。
前に来た時は大勢で来たために知らなかったが2〜4人ぐらいだと個室で
静かに飲み食いできる席が用意されていると、先輩から聞いて即決した。
周りの視線がかなり気になるからね。
お互いに飲み物を頼んでからお互いにお見合いをしている無言の時間を過ぎて、
注文したものが届いた頃。
今度は僕が勇気を出す番だと少ない勇気のかけらを振り絞り言葉を出した。
「先輩、本当に久しぶりですね」
「うん、本当にね」
言葉が続かない。先輩と話をしていて気まずいと思うのは初めてかもしれない。
距離を置いていた時は僕から壁を作っていたようなものだし。
でも今のやりとりを見て思った。
僕はここから始めないといけない。
「冷たい態度をとってしまってごめんなさい」
「…」
「過去のことがあるからというのは言い訳にしかならないので使わないです」
「あの時、勝手に裏切られた気持ちになって先輩を見ようとしていませんでした」
「距離を置かないようにしてくれたのに壁を作ってすみません」
「1番は先輩の気持ちを考えようとしなくてごめんなさい」
今の僕にできることは誠心誠意を込めて謝ること。
僕を大切に思ってくれた先輩に対して裏切ったことへの謝罪。
言葉と態度を見ずに先輩の気持ちに傷を作り続けたことへの謝罪。
まずここから始めない限り前に進めないと思った。
僕が言葉を出すと先輩の顔が見る見るうちにクシャクシャになっていく。
涙が涙袋に収まり切らずに頬を伝っていく。
表情だけではなく、言葉でも感情が溢れ出そうとしていた。
「寂しかった」
「壁を作られて距離を置かれて話もすることができなくなったこの1ヶ月本当に辛かった」
「後輩くんと一緒に過ごす毎日が大切だって改めて思った」
「だから後輩くんにとっては断ち切れる程度の繋がりだったのかなと思って悲しくなった」
矢継ぎ早に紡がれる言葉。先輩がこの1ヶ月僕に伝えたくても伝えられなかった言葉たち。届かなかった言葉が濁流のように僕の心に流れてくる。
言葉だけではない。
先輩の目には涙が流れている。しかも悲しい涙。
この表情を見るだけで僕がしてきたことが本当に馬鹿だったと気付かされる。
「でもね、私も同じように後輩くんを傷つけた」
「本当はまだ自分に自信がなかっただけなのに後輩くんに当たってしまった」
「タイミングが悪かったんじゃない、私が自分の気持ちに嘘をついた」
「自分にも嘘をついたら最悪なことが起こちゃった」
「誰よりも大切な人に傷をつけてしまった、後輩くん私の方こそごめんなさい」
先輩もこの1ヶ月悩んだろう。
人一倍周りのことを見て行動できる人だからこそ、自分のせいで傷をつけたことに苦しんだんだろう。
だからもう、ここで自傷するのをお互いにやめにしないといけない。
自分の事を罰してきたからこそ、僕が終わらせないといけない。
「先輩、仲直りをしましょう」
「うん」
「僕は先輩のことを許します。だからこれからも一緒にいてください」
「私も後輩くんのことを許すよ。嫌だって言われてもずっと一緒にいるからね!」
「ずっと、は凄いですね」
「何?いやなの?」
「いえ、嬉しいです」
ああ、こうやって一緒に笑えることが嬉しいな。
話し合わないといけないことはある。特に僕の関西支社のこと。
でも今話すことではない。
今は一緒にいられなかった時間を埋めることが先なのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
続きは来週、投稿予定です。。
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