骨抑止力
あれから俺は戦力の増強に努めた。
マイホームの入口には、4匹の骨熊を中心に何匹もの骨猪、骨角鹿、骨蛇、骨犬が、ぐるりと取り囲み、数人程度の冒険者パーティーでは近付く気すらおきないぐらいの戦力を、これ見よがしに見せつけていた。
上空には骨鳥が定期的に飛び、偵察活動も行わせている。
これは骨による争いの抑止。骨抑止力だ。
この戦力のおかげでマイホームへの侵略者を、防ぐ事ができているわけだ。
そのせいで、冒険者ギルドへの討伐系クエストの達成報告は、ほとんどできなくなった。
倒した魔物のほぼすべてを下僕に変えているからである。
マイホーム周辺以外の場所では、下僕達と冒険者達の小競り合いが度々発生し、少なからぬ損害も発生していた。
戦力の補強のために、下僕の補充は不可欠だった。
一方で、収集系クエストはまた捗り始めた。
森の奥地の薬草群生地は、俺の下僕達による貸切状態に戻っており、いくらでも集める事が出来るのだ。
ピアに依頼された遺跡掘り進め作業も、問題なく進んでいた。
街で買ったピッケルを装備したスケルトン達が、24時間不眠不休で一心不乱に掘り続けているからである。
そしてついに掘り進め作業が終了する日が来た。
相当長い距離を掘り進んだ先に、巨大な地下空洞が現れたのだ。
掘り抜いた場所は、地下空洞の天井付近の側面側だった。
空洞の底からここまでの間には、ビル10階分ぐらいの高さがあった。
空洞の底には、前世での古代神殿のような建造物が建っていた。
行って内部を探索したい気もするが、ここからどうやって降りて、そして戻ってくればいいのか……
ものすごく長いロープを垂らして、登り降り?
無理だ、絶対俺の運動神経じゃ途中で落下して死んじゃいそう。
下僕達に下への階段を掘らせるか。
だいぶ時間がかかりそうだが、ピッケル君にはもうちょっと頑張ってもらおう。
とにかく、これでピアからの依頼は達成出来たわけだが、俺からピアへ連絡する方法がなにも無い。
電話もネットもないし、郵便ポストすらない。
向こうが会いに来るまで待つしかないなあ、ネットが無い世界の不便さよ。
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いつものように、収集品の薬草を抱えて冒険者ギルドへ。
「こんなご時世でもあんたは薬草を大量に持ってきてくれるから、道具屋の主人が喜んでたよ」
え、そうですか?
「あんたは本当に良くできた子だねえ、若い頃の旦那にそっくりさ」
なんて世間話を受付のおばちゃんとやっていると、ギルドのドアが勢いよく音を立てて開かれ、数人の部下を引き連れて大男が入ってきた。
その剣呑な雰囲気に、ギルド内の全員が大男の方を向いた。
「冒険者ギルド、ゴールドランクのクラークである。
この度の緊急事態の対処の為、ギルド憲章第14条に基づき、全ブロンズならびにシルバーメンバーは私の指揮下に入ってもらう」
ギルド憲章?何ですかそれ。
受付のおばちゃんがそっと耳打ちする。
「そういう決まりがあるんだよ。長ったらしいから誰もそんなもん読みゃしないけどね」
そういう事は契約するときに全部説明しなきゃいけない義務が……って、この世界だと無いかも知れんなあ。
って、緊急事態というのは、もしかして。
「かの邪教徒めらと戦う為、ミラージ駐留軍から300名の兵士が派遣されることとなった。
さらにミラージ魔術ギルドより、高名な魔術師殿も数名、加勢してくれるとの事である」
やっぱりそうか……
で、俺の家、軍隊が攻めてくんの?
いったい何が始まるというんです?
「兵士の到着は近日中である。
その後、邪教徒らに全軍を上げて総攻撃を行う。
もちろん諸君らにも攻撃に参加してもらう。
各自、準備を怠らぬように!邪教徒どもの侵略からこの地を守ろうぞ!」
両手持ちの大剣を掲げながらクラークが吠える。
ギルドのメンバー達も拳を突き上げ「おおーっ!」と雄叫びを上げた。
俺も釣られて上げた。
「ミラージから魔術師様が来るほどとは、こりゃ本当に大事だね。
あ、あんたは隠れなきゃいけないのかい?
ミラージから逃げて来たんだろ?」
俺はミラージとかいう所とは、なんの関係もないんですよ。
なんかもう、そういう事にされちゃってますけど。
なんていう会話を続けていると、
「かあさん、薬草を受け取りに来ました」
裏口の方から、若い女の子の声がした。
かあさん、ということは、おばちゃんの娘さんかな?
裏口からギルドのカウンターの中へ女の子が入ってきた。
歳は俺の外見年齢より少し下ぐらい。
赤みがかった金色の髪をお下げに編んで、顔にはちょっとそばかすが浮かんでいる。
典型的田舎の純朴な女の子ちゃん。うんうん、可愛いなあ。
「娘のアリアだ。今は道具屋の手伝いをやってる。
アリア、こちらは前に話してた魔術師のエイジ君」
「アリアです。母からよくお話しを聞いてます。
いつも薬草を納品してくれて、ありがとう」
ペコリ、と頭を下げられちゃった。
お礼を言ってもらえるなんて嬉しい。
また集めて持ってくるからね。
「アリア、エイジ君は魔術師で良いとこのお坊っちゃんだからね。
今のうちに唾付けとくんだよ?」
「もう、かあさんったら、やめてよー」
………。
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日は落ちて、もう外は月明かりだ。
冒険者ギルドを出てマイホームへ帰る事にする。
帰り際にアリアの姿を見れて眼福であったが、問題は山積みだ。
軍隊がマイホームまで攻め込んで来るらしい。
今の俺の下僕達は全部で40匹ぐらいだ。
相手は兵士300人+冒険者全部+高レベル魔術師数人、とても勝てるとは思えない。
それにガチで殺りあったら人間側にも多数の死者が出るだろう。
いっそ逃げてやろうか。
小部屋にある全財産をナップサックに詰めて、マイホームを放棄。下僕達も全部放棄。
しばらくほとぼりが覚めるまで、街の宿屋に停まるか、よその街まで逃げるのだ。
その場合、ピアからの依頼が破棄される事になってしまうかなあ、ううむ。
だが、元々俺は悪い事など何もしておらんのだ。
にもかかわらず、家を攻撃され奪われるというのもシャクな話だ。
かなわぬまでも、防衛戦をやって一矢報いてやるべきかも。
などと考えていると、
「エイジ君、久しぶりだね」
声をかけられ振り返ると、頭巾付きローブの姿が3人。
真ん中の人が頭巾を取って、顔を晒した。
褐色の肌に流れるような銀髪ショートヘアの少女。
ピア・ネファラムだ。
月明かりに照らされるその銀髪の美しさに、思わず少し見とれてしまった。
……お久しぶりです。
ああ、例の依頼、もう終わってますよ。
なんか神殿みたいな所に繋がってました。
「うん、そろそろだろうと思って今日は仲間を連れてきたんだ」
残りのローブ姿の片方が頭巾を脱いだ。
ピアと同じ様な褐色の肌と銀髪。
外見年齢もピアと同じぐらいの、ちょっと生意気そうな少年。
「ピア姉の弟、テリー・ネファラムだ。
あの周りにいるの全部お前の下僕なんだって?
どんだけ魔力持ってんだよ」
テリーか。
ワンダーランドかな?それともアメリカ超人か。
最後の1人が頭巾を脱ごうとする。
ん?あの頭巾にはなんか突起物が2つ付いてるな、これはまさか、
「ミーア・リリーよ。見ての通りの獣人。よろしくね」
白い肌に滑らかな黒髪ストレート、そして頭に付いたネコミミ。
でた、ファンタジー世界お約束のネコミミ獣人娘だ。
ミスラだ、ミコッテだ、アイルーだ。
最後のはちょっと違うか。
獣人なのに、語尾にニャとか付かないんですね。
「え?ニャ?……なにそれ」
ミーアは心底解らないという風に首を傾げた。
黒猫を上品に擬人化すると、この娘みたいになるかな。
「それではエイジ君、例の神殿まで案内してくれるかい?」
良いですとも。
下僕には3人を攻撃しないよう命じておきます。
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道すがら、今のマイホームを取り巻く情勢についてピア達に説明した。
近日中に俺のマイホームは、軍隊によって蹂躙されるらしいです。
「駐留軍に加えて、ミラージの魔術師どもまで来るのか。
エイジ君、いくら君でも家を守りきれないんじゃないかな」
ピアも俺と同じ見解のようだ。
やっぱり、優しさだけじゃ家は守りきれないよね。
「てか、お前の隠れ家目立ちすぎなんだよ。
あれじゃ攻撃してくださいと、言ってるようなもんだろ?」
と、テリーが指摘する。
うーん。骨抑止力はダメか。
小国が大国相手に軍拡競争やっても勝てるわけ無いよな。
どこか他の国と同盟でも結ぶしかない。
「だが、まずは通路の完成に礼を言っておこう」
ピアはそう言い。
「実際、ゴブリンなんかに頼むより、ずっと早く終わっているさ」
それは24時間不眠不休で働く下僕達のおかげですよ。
で、その下僕達の元の姿がゴブリンだというのも、皮肉な話だが。
やはり良いゴブリンは死んだゴブリンだけか。
言い得て妙だな。
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マイホームに到着し、例の神殿のある地下空洞まで3人を案内した。
「高すぎるぜ、もっと下に出れなかったのか?」
早速テリーが文句を言う。
掘り進めた先の状況が解んないんだから、仕方ないでしょ。
「浮遊の魔術は、使えないのですか?」
と、ミーアが聞いてきたが、そいつは風属性の魔術に属するもので、俺には使えない。
「ルナを連れてこれればな……」
「ああ、だが彼女をここまで連れてくるのは無理だった」
と、ピア&テリー姉弟。
ルナというのは俺の知らない誰かかな。
ピッケル君には下り階段を掘らせているが、まだ完成にはほど遠い。
その前にマイホームへの総攻撃が始まってしまうだろう。
「下まで降りるのには、準備にちょっと時間をかけねばならないようだ。
ザイルやらロープやら色々装備の調達も必要。
街で買えばいいが、私とテリーでは街に入るのは無理だ。
ミーアなら行けない事はないが……」
ダークエルフは無理。
獣人のミーアもまずいのか?
「ミラージに近いこの辺りは人族第一主義者の奴らが多くてな、獣人が行けば面倒なことに巻き込まれるかもしれない」
そういえば街でも人間以外の種族は見たことが無い。
まあ、そういうことなら俺が調達してきますよ。
「よろしく頼むよ」
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降りるための準備には数日を要するようで、俺も街への買い出しなどでそれを支援した。
マイホーム周辺での下僕達と冒険者の小競り合いはその頻度を増し、こちらの戦力を少しでも削っておこうと、あのゴールドランクのクラークとかいう大男が活動しているのが解った。
おかげで俺も気が付かれずにマイホームへ戻るのが難しくなってしまった。
街には駐留軍とやらの先遣隊が続々と到着し、物々しい雰囲気が漂い始めた。
戦争が始まる日は近い。
誰の目にもそれは明らかだった。




