氷の神殿4
「ザイン……お前、捕まっていたのか」
簀巻きに猿轡状態の青ローブの姿を見て、アルフィスが呻いた。
防寒着も無しに冷たい地面に放り出された青ローブことザインは、猿轡を嵌められた口から苦悶の唸り声を上げた。
「エイジ君を、こちらへ引き渡して貰おう。早くしないと、このエルフ凍死するぞ」
と、ピア。
「ザイン……おのれ……渡した所で、貴様らはどうせ我らを……」
石板の宝珠に手を掛けながらアルフィスが言った。
「エイジ君を返してくれれば、命だけは助けてやろう……こう言えば満足か?」
「信用できんな。安全な場所まで我らを運べ、解放してやるのはそれからだ」
睨み合うピアとアルフィス。
と、そこへ。
「……まどろっこしいのう、お主ら。月棲獣、とっととその女を始末しろ」
ニャル導師が命令を下し、月棲獣が一斉にアルフィスへ向けて突進を開始した。
「く、くそっ!」
アルフィスは石板から宝珠を引っこ抜いた、ガーディアンモンスターのクラーケンが動き出す……かと思いきや、ピクリともせず石像のままだった。
「な……二つ抜かなければ、ダメなのか!」
だがそれよりも早く、大勢の月棲獣がアルフィスの周りを取り囲み始めた。
アルフィスは剣を構え、三又の大槍を振り回す月棲獣と剣激を繰り広げたが、多勢に無勢で防戦一方だった。
ひたすら押しまくられて、後退して行ったが、やがて壁際へと追い詰められる。
逃げ場を失ったアルフィスの脇腹に、捌き損なった三又の大槍が深々と突き刺さった。
「ぐわ、あああっ……!」
激痛に体勢が崩されると、あっという間だった。
何本もの大槍が次々とアルフィスの身体に突き立てられていく。
「わ、私には……まだ…やるべき、ことが……」
止めろ!殺すな!
だが俺の叫びも虚しく、アルフィスの身体に殺到した月棲獣達は、その鍛え上げられて引き締まった身体に次々と触手を打ち込んだ。
「いや、やめ……こんな……死に方、いや……だ」
体液を吸い上げられ、アルフィスの身体がみるみるうちに干からびていく。
縛り上げられていた青ローブのザインにも月棲獣は殺到した。
必死にもがくザインの身体に触手を打ち込み、旨そうに体液をすすり飲む。
ザインの身体もアルフィスの様に干からびていった。
「アルフィス!ザイン!……みんな…死んで……うわあ、ああああ」
半狂乱になったソフィアは、走って逃げ出そうとした。
が、お食事を終えた月棲獣は、次の獲物を捕らえようと、ソフィアへ群がっていく。
もういい、もういいだろ!
魔術を行使しようとしたが、手錠のせいで発動出来ない。
ソフィアは部屋の角に追い詰められ、周りを月棲獣に囲まれていた。
何本もの伸びた触手がソフィアを襲おうとする……が、そのわずか手前で触手は停止した。
ん、なぜだ?
「エイジ君、大丈夫かい?」
呼び掛けられてハッとした。
防寒着を着込んだピアが、すぐ横に立っていた。
「魔術封じの手錠か……それに全身をこんなもので縛られて……」
これは俺が召喚した触手ですよ。
寒さ凌ぎで巻き付けてるんです。
あ、そうか。
この触手を月棲獣達は酷く恐れていた。
同じ物がソフィアにも巻き付けられている。
それであいつらも躊躇しているのだ。
ソフィアは恐怖のあまりに失神していた。
その周りにはいまだ月棲獣が取り囲んだままだ。
「敵を打ち破り、宝珠も手に入った。我らの完全勝利じゃ」
嬉しそうな顔でニャル導師が歩いてきた。
「どれ、あの女も触手を裂いて、月棲獣のおやつにしてやろうかの」
待って下さいニャル導師、あれは連れて帰ります。
「むう?」
もう戦いは終わりました、これ以上の殺戮は必要ない。
「そういえば、お主はネファラム城に新しくハーレムを築いたそうじゃのう……あのハーフエルフも加えたくなったか」
「そうなのかい?エイジ君……」
俺をジト目で見るピア。
いや、その……
「まあ、君に色目を使ったあのハーフエルフを、ネファラム城で散々なぶってやるのも面白いかもな……但し、ハーレムに入れるなら側室以下の性奴扱いにするから、これは決定事項だぞエイジ君」
そういうわけでは……
だがこの極寒の地に置き去りにしたら、凍死か餓死は免れないだろう。
そうなるよりは、捕虜の方がまだましだ。
ーー
連絡挺の中に、気絶したままのソフィアを横たえた。
「この者、かなり強い光属性を持っておるが……『光』では無いようじゃ。しかし……何かが引っ掛かる」
と、ニャル導師。
「光」?
なんですか、それ。
「彼女は今世の『光』ではないよ、ニャル。『光』は別にいるからね」
振り返ってみると、白いフォーマルコートを着た男の子がそこに立っていた。
耳の形状からするとハイエルフだろうか。
まだ少年といって良い年齢に見えるが、この極寒の地で防寒着ではなくフォーマルコート姿でいられるという事は、ただの子供ではないだろう。なんか急に現れたし。
「初めまして、ボクはウリエル。そこのニャル風に言うのなら『光の導師』と呼ばれるべき存在かな」
光の導師?
聖教会の人間か?
「ニャルはまだ宝珠なんか集めてるんだね。そんなに封じられた外なる神を解放したいのかい?」
「黙れ、今世こそは闇が勝利するのじゃ」
ニャル導師は手をかざし、月棲獣をウリエルにけしかけた、が。
「聖光」
ウリエルの手から発せられた光が、月棲獣を一撃で塵に変えた。
こいつ、杖も無しに……。
ウリエルは、部屋の片隅にまとめて打ち捨てられていた、元人間だった皮袋のところへ歩いて行き、
「復活」
皮袋のうち、青ローブのザインが徐々に肉体を取り戻し、生き返ってゆく。
「女の子の方はダメだね。かわいそうに」
ウリエルは軽く首を振った後、俺の方を見て、
「『闇』君はまーた蛇にそそのかされているんだね。でも良いよ、それぐらいの波乱万丈が無いと、今世もつまらなくなっちゃうからね」
ええ?そそのかされてるって?
「そやつの言うことに耳を貸すな。どうせ負けそうだから、虚勢を張っておるのじゃ」
と、ニャル導師。
「負けそう?ボクが?……そう言うことは、一度でもボクに勝ってから言ってよ」
やれやれ、といったゼスチャーをするウリエル。
「だいたいボクが、なんの準備も無しに、ここへ乗り込んでくるとでも、思っているのかい?」
「……貴様、まさか白鯨を」
白鯨?ハーマン・メルヴィルの小説ですか?
「急いで撤収するのじゃ、奴が来る!」
ニャル導師が叫んだ。
ピアが残りの一個の宝珠を台座から外そうとすると、
「おっと、理力」
ウリエルの手から放たれた衝撃波が、ピアを弾き飛ばした。
「うあっ……」
ピア!
慌てて駆け寄り、ピアを助け起こす。
「ありがとう、エイジ君……しかし、奴め……」
「ここにある宝珠は二つ、君らも頑張ったから一個ずつの半分半分にしよう」
そりゃまた、ずいぶんと余裕な態度なんだな。
「こんな宝珠、大して意味なんか無いんだよ?」
じゃあ二つともくれよ。
「あはは、簡単に五つ揃っちゃったら、面白く無いだろう?」
……。
「急げ、早く脱出するぞ!」
ーー
ニャル導師に促され、俺とピアは連絡挺に乗り込んだ。
生き残りの月棲獣も乗せ終わると、連絡挺は浮き上がり、ガレー船へと戻っていく。
その様子を、ウリエルとかいう少年は、何もせずただ見守っているだけだった。
全員ラ・レアルに戻ると、ニャル導師は直ちに出航を開始した。
あれ、ルナはどこだ?
てっきり船に残っていると、思っていたのに。
「エイジ君すまない、ルナはまだ、安否が分からないんだ……」
何だって、じゃあ撤収は中止だ。
ルナをほっといて帰れるわけ無いでしょ。
「私もそうしたい……そうしたいんだ……」
「来たぞ、白鯨じゃ!」
ニャル導師が指差した先に、そいつは浮かんでいた。
でけぇ。
第一印象はまさにそれだ。
全長四百メートルクラスの白いクジラ。
なるほど、白鯨だ。
大きさが前世アメリカの原子力空母ぐらいあるけど。
長さだけでも俺の骨龍の四倍以上の大きさだ。
攻撃を仕掛けてやろうかとも思ったが、魔術封じの手錠か掛かったままで操れない。
今は小型制御オーブで基本的な行動しか命令出来ないのだ。
白鯨は、でかいくせにガレー船以上の速度が出せるようだった。
かわそうとするガレー船に、白鯨が体当たりをして何隻か破壊された。
木っ端微塵になって墜落していくガレー船とは対照的に、白鯨の方は全くの無傷だった。
畜生、エイハブ船長の気持ちが分かるぜ。
「……エイジ、すまぬが撤退するしかない。このままでは艦隊は全滅するし、このラ・レアルも……」
ニャル導師の声。
すぐ隣にいるのだが、まるで遠くから聞こえてくるかのようだった。
分かった、分かったよ……。
ガレー船艦隊が逃走に移ると、白鯨は追撃もせずにその場に留まり続けた。
ーー
俺はラ・レアルの甲板に残り、遠くなっていく氷の神殿を見つめ続けた。
遠く離れ、やがて雲に隠れ、その姿が見えなくなってもその方角を見つめ続けた。
ともすれば操舵室に乗り込んでいって、今すぐ引き返せと叫びたくなる自分と、戻っても無駄死にするだけだと分かってる自分とが、せめぎあっていた。
「エイジ君、もう船内に戻れ。今の君には休息が必要だ。身体にも、心にも、な」
ああ、そうするよ、ピア。
船内に戻ると、拘束され猿轡を嵌められたソフィアが横たわっていた。
その泣き腫らした目と目が合った。
俺はルナを失ったが、彼女も仲間を何人も失った。
俺は何も言わず自室へ戻った。
鍵が見つからず、手錠はまだ外せないままだった。
しばらくすると自室へピアがやって来た。
ルナを失ったのは俺だけでは無い。
ピアもルナを失ったのだ。
その日は、二人で抱き合って眠りについた。




