氷の神殿2
どれぐらい時間がたったのか……
凄まじい寒さで俺は目を覚ました。
防寒着は俺が生やした触手でズタズタになっていた。
あまりにも寒いので、新たに触手を召喚し直し、目鼻口だけ開けてぐるぐると身体にまとわりつかせた。
見た目は最悪だが、なんとか寒さは凌げそうだ。
痛む頭を振りながら、なんとか立ち上がった。
幸いにも出血も骨折もしていない。
ピアとルナは無事だろうか。
黒玉石を取り出し、通信を試みるが応答が無い。
ニャル導師にもつながらない。
くそっ、頼む……無事でいてくれ……
黒ローブはまだ機能していて、暗視の効果で周りが確認出来た。
かなり大規模な崩落で、広間の大半は埋まっていた。
俺が今いる場所は広間の奥の方だ。
つまり入口への道は完全に塞がれて、閉じ込められてしまっている。
他に生存者はいるのだろうか?
歩き出そうとした俺の耳に、少女の声が聞こえた。
「助けて……」
声のする方へ歩いていくと、あのツインテールの赤ローブが倒れていた。
大丈夫か、と声をかけて初めて気がついた。
彼女の下半身は完全に落盤の下敷きになって潰されていた。
これでは、損傷転移を掛けても、もう助かるまい。
「お兄…ちゃん……」
それが彼女の最後の言葉だった。
がくりと身体が突っ伏し、動かなくなった。
こいつの放った火球のせいで起きた崩壊。
自業自得と言えばそれまでだが、命を散らすにはあまりにも幼すぎる死だった。
もう俺が彼女に出来ることは何もない。
先へ進み、生存者を探した。
ーー
崩落箇所を端から端まで歩いたが、抜けられそうな場所はない。
押し潰された遺体や、完全に破壊されたスケルトンは何体か見つけたが、生存者はいなかった。
俺が気絶したせいで、外にいた千九百体ほどのスケルトンは全部野良に戻ったはずだ。
ニャル導師は無事だろうか。連絡はいまだにつかない。
どこか遠くの方で、ガラガラと何かが崩れる音が響き渡った。
小規模な崩落は、まだ続いているようだった。
これからどうするべきだろう。
このままここに留まり、救助を待つか?
ここは極寒の極東地域だ。人が滅多に来る場所じゃない。
聖教会が救援を送ってくる可能性はあるが、それは新たな敵の出現を意味する事でもある。
ネファラム城に連絡を取り、テリーとかに来てもらおうか?
ピアにもニャル導師にも連絡がつかない状態だ、ネファラム城に状況を説明しておいた方が良いかも知れない。
が、ネファラム城にも連絡はつかなかった。
どうなってるんだ。
衝撃で黒玉石が壊れちゃったのか?
それとも電波障害か。
とにかく。
黙って座っていても、誰も助けになんか来てくれないし、
命乞いをしたら許してもらえるほど、聖教会は甘っちょろい連中ではないだろう。
自力でなんとかするしか無い。
俺は遺跡の奥へと進んだ。
ーー
ややあって、俺は魔力の流れを感じた。
誰かが魔術を行使している。
これは……光属性?
と、いうことは……
魔力の流れを辿って進んで行くと……やっぱりいた。
白ローブのソフィアと、女騎士の二人だった。
かなりの重傷を負って、地面に座り込んでいる女騎士に、ソフィアが治療魔術を掛けていたのだ。
「誰だ!」
女騎士が右腕で剣を構えた。
「……触手の怪物か」
うーん、ある意味当たりかもな。
俺だよ、俺。
俺は頭部を覆っていた触手をどかし、顔を露にした。
「お前、エイジか?……無惨な姿だな、ついに身体も闇に染まり始めたか」
寒すぎるから、触手を身に纏って凌いでるだけですよ。
あんな狭い所で暴風やら火球やら撃ちやがって、地下神殿が崩壊寸前だよ。
「お前を倒せば、全てのアンデッドは機能を停止する。その為には多少のリスクは仕方なかろう」
やっぱりそう思い込んでいたか……
誰からそう教わった?
緑ローブのサイアか?
「……。」
答えないか。
だが、サイアがリークしたと見て間違いないだろう。
さて、相手は重傷の女騎士と、大技の魔術スクロールで魔力を大量消費させ、治療魔術も細々としか使えない白ローブの二人だ。
今なら二対一でも勝てるかも知れない……
向こうも自分達の不利を悟っているようだ。
片手で持った剣を俺に向けて構えてはいるが、その切っ先はぶるぶると震えている。
傷が深く、上手く支えることが出来ないのだろう。
……たぶん勝てる。
だが、俺が勝利するということは、敗北した彼女らはこの極寒の地で……
……。
お互いに閉じ込められた身で、これから何が起こるかも分からない。
ここは一つ、脱出できるまで休戦にしないか?
「休戦だと?」
ああ。
入口側は完全に埋もれてしまっている、この奥に外へ出られる場所があるかどうかは分からないけど、進む以外に道は無い。
二人はしばし考えていたが、
「私はあなたを信じます、エイジ」
と、白ローブのソフィア。
「本気か、ソフィア。こいつは外にいた調査隊を皆殺しにしたんだぞ。もう……君の知っているエイジでは、無いのかもしれぬぞ」
女騎士が俺の顔を睨み付けながら、そう言い返す。
「いえ、エイジは約束を守ってくれます……きっと」
そんな純粋な眼で見られると照れるが……休戦に応じてくれるのなら攻撃はしないよ。
「……分かった、ソフィアがそう言うのなら」
女騎士は剣を鞘へ納めた。
ーー
俺の魔力をソフィアに貸してやり、女騎士への応急措置を済ませた。
女騎士は不承不承ながらも礼を述べた。
そっちは随分軽装だけど、寒さ対策のマジックアイテムでも使っているのか?
「ええ。でもあの崩落でアルフィスのは壊れてしまって、私の分一つしかありません」
アルフィスというのは女騎士の名前か。
ソフィアは俺に赤い宝石のはまった指輪を見せた。
それが防寒のマジックアイテムらしい。
命綱とも言えるその指輪に、二人は寄り添って立っているが、このままでは敵に襲われたときに困るだろう。
この先には何が潜んでいるか、分からない。
その指輪は、えーと……アルフィスさんに持たせておいた方が良いでしょう。
ソフィアさんには、俺の触手を貸してあげます。
「ええー、その……触手は……」
露骨に嫌そうな顔をするソフィア。うーむ。
気持ちは分かるけど、そんなにくっついたままだと、上手く剣を使えないでしょ。
見た目はアレだけど、この触手暖かいし防御力もあるから。
渋々ソフィアはアルフィスに指輪を渡した。
それじゃいきますよ。
俺は触手を召喚し、ソフィアの身体ににゅるにゅると巻き付けていく。
「あ……あはっ……」
そんな変な声を出さなくても……
「だってこれ、生暖かくて……あっ…」
やがて触手を巻き付け終わった。
「確かに、これ、暖かいです。動きが遅くなるけど、なんとか杖も使えます」
と、ソフィア。
そうでしょう。結構便利なんですよ、触手って。
そして俺はソフィアの身体を手中に納めた事になる。
もし二人が裏切ってきても、ソフィアの方はすぐに拘束して押さえ込める。
アルフィスは複雑な表情でそれを見ていたが、
「……では、奥へ向かおう」
とだけ言った。
ーー
前衛をアルフィスに任せて、その後ろに俺とソフィアが続く。
アルフィスはまだ完全には回復しきっていないようで、やや身体を引きずる様に歩いていた。
「あの、この触手……」
と、ソフィア。
うん?
「あまり、動かさないで下さい……なんだか脈打ってて…」
なぜか顔を赤らめながら言う、ソフィア。
そりゃ生きてるんだから、仕方ないですよ。
防寒着がわりだから、我慢して。
「むーっ……」
それからしばらくは三人とも無言だったが、
「他に、生存者はいましたか?」
と、ソフィアが聞いてきた。
いや、崩落に巻き込まれて死んだ人しか見てないよ。
あの赤ローブの女の子も、死んでいました。
「……っ!フレイアが……」
ソフィアは驚愕の眼で俺を見て、
「そうですか……あの兄妹は、二人とも戦死してしまったのですね……」
悲しげな声でそう言った。
ーー
気まずい沈黙が続く中、ふと、アルフィスが足を止めた。
「前方に何かいる、気を付けろ」
そう言いながら剣を構えている。
俺とソフィアも杖を掲げて臨戦態勢を取った。
やがて遺跡の奥から足音もなく一頭の猛獣が現れた。
鋭く長い牙を持つ、大型の虎。
サーベルタイガーだった。
遺跡に閉じ込められた仲間同士ではあるが、サーベルちゃんはお友達になる気は無さそうだった。
低い唸り声を上げながら、低姿勢でこちらへ攻撃するチャンスを伺っている。
あの鋭い牙で噛み付かれたら、腕の一本ぐらい軽く引き千切られそうだ。
俺は前へ進んで、アルフィスのすぐ後ろに付いた。
「あまり近づくな、剣を振るのに邪魔だ」
闇属性魔術で援護してあげますよ。
左手でアルフィスの肩を掴み、右手の杖をサーベルタイガーへ掲げ、
損傷転移。
「……っ!」
アルフィスが軽く呻き、サーベルタイガーは大きく姿勢を崩した。
アルフィスが負っていた傷は、全てサーベルタイガーに擦り付けられた。
「……身体が…軽い……!」
歓喜の声を上げるアルフィスへ、サーベルタイガーが最後の力を振り絞って跳躍し、襲いかかってきた。
「遅い、遅い!」
俺から見たら瞬時の出来事だが……
アルフィスは素早く反応し、一歩前へ踏み込むと、縦の一振りでサーベルタイガーの頭を叩き割った。
俺は無様にも横に転がって、突っ込んでくる死骸から身をかわした。
「お前の魔術を受けるのはこれで二度目だな、あの時の呪い、しばらく身体にまとわり付いて離れなかったよ」
どこか嬉しそうな声。
巣穴前での戦いの時の話ですか……もう、随分前のような気がします。
「あの時、もっと真剣にミラージに残るよう説得すべきだったのです。そうすれば……こんな、事には……」
ソフィアが静かにそう言った。
どうかな、俺はピアから離れる気は無かったし……
ーー
前衛のアルフィスが力を取り戻すと、それからしばらくは順調に探索が進んだ。
タンク、DPS、ヒーラーの組み合わせは、三人パーティでは最適解だ。
極寒の極東地域では、生物の個体数自体が少ないのも幸いした。
エンカウントする敵の数も少なかった。
まるで冒険者ギルドでパーティを組んだ仲間同士のように、俺たちは上手く連携を取りながら先へ進んだ。
ソフィアも嬉しそうだった。
俺の隣で支援魔術を放つ様は的確で、まるで過去に何度もそうしてきたかのように息が合っていた。
そうだ、こういう未来もあったのかもしれない。
俺があの時、ピアの手を握らなかった未来には。
敵を倒し、罠を回避し、時に行き止まりで引き返し……
そして、ある意味楽しいこの時間にも終わりが近付いて来た。
通路の先に大広間が見えてきた。
宝珠のある最深部へ、たどり着いたのだ。




